俺にしてくださいよ




「みょうじ先輩」

「あ、ひやしくんひさしぶり!」

それから数日、図書館に足を向けると最近全くここに姿を見せなかったみょうじ先輩がいたので声を掛けると、意外にも普通に挨拶されて調子が狂った。時間は既に放課後。たまたまオフになった事をいいことに読みきった本を返しに来たのだが偶然とは怖いものだ。俺が借りていた本を返し、そのひとの前を通りすぎて本棚に向かい新しく何を借りようかと本に目を向けていると、とことことみょうじ先輩がやってきた


「なんですか」

「しおり、使っててくれてるんだね!なまえちゃんは嬉しいよ!!」

「他に使えるしおりがないだけです」

「そっかそっか!」

いつもなら他にぐだぐだ言ってくるこのひとが、それだけを言って席に戻ろうとするからイライラした。本当に彼氏が出来たのだろうか。ならば今ここで、その彼氏を待っているのだろうか。そんな事を考えていたら思わずぎゅっと、帰ろうとする彼女の腕を強く掴んでしまった

「いたいよ、ひやしくん」

前と変わらない筈なのに、なんだか今俺は別人を見ている気がして更に腹が立った。明るく言い返せよ、前みたいに元気だせよとか笑えよとか言ってみろよ。俺がぱっと手を離すとみょうじ先輩は戻るのを止めたのか本棚にもたれかかった

「ねえ、日吉くん」

「…はい」

久しぶりに、ちゃんとした名前で呼ばれて心臓が煩く鳴った。嗚呼俺は駄目なんだ、完全に彼女に落とされたんだと惨めにも感じた

「自分の事を好きって言ってくれるひとを、大事にしなきゃダメだよ?」

それは俺に向けられた言葉なのか、彼女自身に向けられた言葉なのか、それとも彼女の交際相手に向けられた言葉なのだろうか。その答えを言うわけでも無く彼女は続けた

「自分だけを見てくれるひとを、大事にしなきゃダメだよ」

そう言いながら彼女は窓から見える校庭に目をやった。そこに彼女の交際相手と噂されるサッカー部の部長がマネージャーと2人帰っていく姿が見えて俺はどうしようもない気持ちになった。このどうしようもない気持ちを抑える方法を知らなくて、がむしゃらに目の前にいる先輩を強く抱き締めた。抱き締めた先輩の体は小さくて、壊れてしまいそうで、いつもの笑顔や行動がどこから沸いてくるのか不思議なくらいだった

「日吉くん?」

「俺にしてくださいよ…」

「え?」

「自分を好いてくれる人を大事にするなら、その大事にする相手、俺にして下さいよ…」

目を見開く彼女を抱き締める腕に力を込めると、苦しいという小さな声が聞こえて慌てて離した。そうして再び彼女に目をやると、





物凄くおかしそうに笑っていた






「うはーん!ひやしくんかっこういいいいい!」

なんだろうか。この、非常に腹が立つ感覚は。どこから来るのだろうか、この騙されていたような感覚は。その証拠に目の前にいる人間のクズは腹を抱えて笑っている。ダメだ、顔が熱い。今すぐこいつを殴ってここから消えたい。

「あんた…「ひやしくんひやしくん、あたしの事大事にしてくれるの?」

俺がキッと彼女を睨むと、相変わらずそれに怯まない彼女は俺の肩をぽんぽんと叩きながら首をかしげた。にっこりと、褒美を期待する子供のように純粋な笑顔で。

「なんでこんな人間の底辺みたいな事したのか教えてくれたら、考えます」

俺がそう一言、口にすると彼女は嬉しそうに頷きながら俺の胸に飛び込んできた。悔しい悔しい悔しい悔しい。でも嬉しい、と思ってしまう俺はもう手遅れなのだろうか。そんな事を頭の隅で考えながら小さな体を思いきり抱き締めた












「で、なんであんな事したんですか大体彼氏は」

「彼氏?ああ、千葉くんとのこと?あれはねー千葉くんがちょっと相談があるって言うから会ってたんだけどその時2人でいるのを見られちゃったらしいんだよね。まあ本当の事じゃないしほっとけばいつか消えると思ってたんだけどさー」

部活もない俺はその後みょうじ先輩と校舎を出た。俺が問いただすと、先輩はけらけらとおかしそうに笑うばかりで、それが俺の苛立ちを煽るということを、彼女はとっくに知っている。そして知っていてやっているんだから尚更腹が立つ。盛大なため息をつく俺を見た先輩はまたぽんぽんと俺の肩を叩いた。慰めのつもりか

「じゃあさっきの大事なひと…ってやつは」

「ん?ああ、それは千葉くんの話。彼本当に好きなひとがいるみたいなんだけど、ほら彼結構色んな噂があるじゃない?だからどうしたもんかっていうからさ。本当に自分を好いてくれるひとを大事にしたら?って言ったの。本当の自分を愛してくれるひとを。で、自好きなひとなら尚更。ってね。ま、要するに好きなひとを大事にしなさいって事よ」

長々と語った後、彼女がまとめた言葉はシンプルなものだった。ようするに、俺にでも彼女自身にでもなんでもない言葉を俺は勝手に勘違いして焦ってあんな事を言ったというわけなのか。考えれば考えるほど自分の愚かさにむなしくなる。


「じゃあ、なんでいつもみたいな調子で言わなかったんですか」

「それはー、跡部からの助言!跡部がね、ひやしくんはそういう押したり引いたりに弱いんだぞあはーんって言ってたから実行してみた!だってひやしくん、あたしといる時笑わないし冷たいしツンデレだし?あたしはひやしくんの色んな表情がみたいって言ったじゃないか!」

ふふ、っとまたおかしそうに笑うから。自分に恥ずかしくなって先ほどまでの自分の発言を撤回するように言葉を投げ掛けた。しかし彼女がでもね、と続けたせいでその言葉が喉を伝って出ることは無かった


「さっきのひやしくんは本当に、格好良かったよ!ひやしくんに大事にされるなら、嬉しいなあって思う!」

「なんですか、それ…」

「大事にしてくれるんでしょ?ひーやしくん!」


彼女が俺の手をとって歩き出す。俺より年上のくせに俺よりも年下に見える彼女は本当に俺を常に苛立たせる。

だけど、この苛立ちが心地よいと感じる俺は、まだまだ子供なのかもしれない




「俺はひやしじゃないです」

「知ってるよ?若くん!」

「でしょうね、なまえ先輩」










おわり


――――
思い付きなお題中編今回の餌食は日吉くんでした。なんとなく日吉くんのキノコ頭に感化されて書いたはなし。なんとなくクールで思い付いたのが彼でした。本当に意味がわからない。まったく節操がない。話が繋がらない。そのうち修正します。話がまとまらなくてすいませんでした。
そしてご閲覧ありがとうございました!





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