お呼び出しですか、幸村さん







ピーンポーンパーンポーン



その鐘の音は、相変わらず止まない雨のせいで中練をしていた部活中に突然響いた

《みょうじなまえさん、みょうじなまえさん。至急職員室前に来てください。繰り返します、みょうじなまえさん、至急職員室前まで来てください。》





……

………


「今の声絶対あいつだろおおおおおおおおっっ」


そしてあたしの叫び声は虚しく、我らが部長から行ってこいサインを送られ、始まって間もない部活に泣く泣く背を向け2階にある職員室へと足を向けた。職員室に設置されている呼び出し用の放送を使えるなんて、とんだ立場にいるもんだと半ば関心しながら既にテスト前の復習を兼ねて先生達に群がる生徒たちを押し退けてあたしを呼び出した張本人の元へ向かった。無論、当人はにこにこにこにこと笑みを浮かべながらそんなあたしを見ていたのだが。


「あ、やっと来た。遅いよ、それでもサッカー部?」

あたしが到着するや否や毒を吐きまくる幸村大先輩。言葉を失うあたしにおかまいなしであたしの手を引き職員室の横にある資料室へと入っていった。すいません、全く理解が追い付きません。資料室に入るや否やぱっとあたしの手を引いていた手を離しあたしに向き直る立海の王子様こと大魔王、幸村大先輩。全く良い予感は、しない。


「なんの用事でしょう幸村大先輩」

「よくぞ聞いてくれました」


いや、聞かなくても言ってたよね?そうだよね?という言葉はもちろん心の奥底にしまいこみ、幸村大先輩の後ろにちらついている大量のプリントの山を見て何をさせようというのか、あたしは一瞬で悟った。そして、逃げられないということも。

「拒否権は…「あると思う?」


ですよね。そうですよね。分かっています。分かっていますとも。ため息をついたあたしを見た幸村大先輩はそれこそ嬉しそうに微笑むとじゃ、とあたしを椅子に座るよう促した。もう諦めるしかないとあたしがゆっくり椅子に腰掛けると、それを見計らった幸村大先輩があたしの隣に腰を下ろした。

「俺も部活休んでるんだよ?」

「今日テニス部は臨時のオフってやなちんが言ってたよ」

「なんだ、知ってたのか」

ちっとつまらなそうに舌打ちし、幸村大先輩は少し大型のホチキスを取り出した。資料を見る限りこれは今度行われる定期の学校公開週間に併せた保護者宛のお知らせと資料である。普通なら先生、もしくは広報委員、どうあがいても生徒会辺りがしそうな仕事である筈なのに何故彼が引き受けたのだろう。疑問は尽きないわけだが、あたしが何を言ったところでこの作業を手伝わずに帰れるわけではない。あたしは幸村大先輩に習って資料を綴じ始めることにした。


パチッ

パチッ


無機質な、人工的な音が定期的に二人しかいない資料室に響く。幸村大先輩もあたしも、何話すわけでもなくただ作業を続ける。たまに幸村大先輩が雨うざいとか、疲れたとか言いながら。あたしもそれに確かに、とか早く終わらせて部活に戻ろう、とかそんな風に適当な相槌を打つだけで特に続くような会話をすることは無かった。

パチッ

パチッ


相変わらず響く無機質な音に段々嫌気が刺してきたあたしがふと隣で作業を続ける幸村大先輩に目をやると、以外にも熱心に作業を続ける姿が見えた。間近で彼をしっかり見る事もなかったあたしは、これ見よがしに横目のみで彼を見た。彼の何がこんなに美しいお姉さま方を魅了するのだろうか。ずっと疑問に思っていた事だ。

じい、


思わず作業を止めて、あたしは彼に魅入ってしまった

彼の睫毛はこんなに長かったのだろうか、こんなに瞳は大きかっただろうか、顎はシャープで、唇は薄くて、良い匂いがして、こんなにも優しい目をしていただろうか。そして、その目に、ほんの少しの弱さが、あったのだろうか



「なに?」

「…え?」



彼を見すぎていた。幸村大先輩の声で、あたしは我に返った。いけないいけない。かぶりを振って作業に集中しようと資料に目を戻すと、横から、激しい視線を感じて、その目線を彼に戻すと幸村大先輩はニコニコニコニコ。大失態だ、と思った時には既に遅かった






「なまえが俺にそんなに興味があっただなんて!」

全ての作業が終了した時、既に殆どの部活は練習を終えていた。勿論あたしの所属するサッカー部もそれは同じで、教室に置いてきた携帯には菊地から先に帰るとメールが入っていた。あたしと幸村大先輩は雨ということもあり殆ど生徒のいなくなった校舎を抜け、弱い雨の中校門を帰っているのだけれども、先程から幸村大先輩がキラキラキラキラとした異常な視線をあたしに向けてくる。失態だ。やらかした。あんなに見なきゃ良かった。しかし後悔先に立たず。

「いや、それはですね…御姉様方が何故あなたにそんなに群がるのか気になって…ですね、「そんな事言って、でも、なまえが俺に興味を持ってくれるなら大歓迎なんだけど?」

あたしが何を言おうがどう弁解しようがお構い無しに話を続ける幸村大先輩。しかも大歓迎ってなんだ。あたしなんかより他の素敵な御姉様方に興味を持たれる方がよっぽど嬉しいだろうに。手伝ったから感謝の気持ちかなんなのか?あたしが難しい顔をすると幸村大先輩はくすりとおかしそうに笑った


「な、なんすか」

「なまえって、可愛いよね」



は。
平然とそんな事を言う幸村大先輩をぽかんとした表情で見やると、彼はけらけらと楽しそうに笑いながら早足で先に行ってしまった。この雨なのに。あほか。なんて思いながらも、悪い気はしないよねやっぱり。あたしはばちゃばちゃと水音をたてながら濡れる靴下も気にせず後ろから幸村大先輩の背中を小突いた



「男のわりには、幸村大先輩はましな方ですよね!」


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