お願いだから止んで下さい






「はあああ…」

「じゃあ10分休憩ー」

「「ういーっす」」



進学し学校が変わった今年も変わらず、あたしの一番嫌いな季節が幕を開けた。じめじめじめぎめじめじめ。まるで美しい女性に嫉妬する性格ブスかの如く、しぶとくねちっこく続く、雨の季節。梅雨。それは特に外での活動を中心とする部活動には大打撃を与え、同時に激しい脱力感を与える。そしてそれは勿論、あたしの所属する部活も同じだった

一昨日も昨日も今日も雨。予報では明日も明後日もその次もずっとずっとずっと、雨。からのそれに合わせての中練。特に悲惨なのがあたしらサッカー部のように中に施設の無い部活。お陰で校内を走ったり階段を駆け上がったり、非常用の小さなラダーでステップの練習をしたりの繰り返し。頭がおかしくなってしまいそうだった。



「あーテニス部は羨ましいよね」

残り少なくなった休憩時間。マネージャー(勿論美人)の作ってくれたドリンクでがぶがぶと水分補給をしていると、同じ一年の菊地が声をあげた。なぜここでテニス部?


「何々なんで?」

「あ、そっかなまえ高校からうちにいるから知らないんだっけ?」

そして返事にはそんなお決まりの言葉。この学校のテニス部は一体なんなんだろうか。いっそ指揮っているのがテニス部なんじゃないかと思う。それとも単に、あたしの通っていた中学の男子テニス部がオタクみたいな眼鏡のきもきも野郎しかいなかった上にマイナーな部活だったからこんな過剰なイメージを抱くのだろうか。


「なになに?なんなわけよ?」

「テニス部はさ、雨降ると予約順で使える予備の体育館が優先的に使えるんだよね。しかも変なトレーニングマシーンが何台もあるし」

「はあ?」


なんにせよ、とりあえず分かった事はこの高校のテニス部はイカれているらしいということだ。やなちんも、幸村大先輩もおっさんも、皆恐ろしく良い環境で部活してんだな。ちくしょう羨ましいぜ。

そんな気持ちを抑えるためにコップに入っていたドリンクを飲み干し、再び部活に集中しようと部長に目を向けた時だった



「え、いや、それはちょっと…なあ…」


およよ?我らが頼れる部長が情けない声をあげながら困り果てている。何かあったのだろうか。菊地と一緒にバレないくらいの距離で耳を傾けてみる事にすると、何やらごにょごにょ。男性と話をしているようだった


「あ!噂をすれば!」

「うわさ?」

「あれ、テニス部の部長だよ!」

ええええええ。あの背が高いだけのぶっさいくが部長?でも部長ってことは、やっぱり強いひとなんだろうな。それこそ、やなちんとかおっさんとか。幸村大先輩なんかよりも。


「なんか、つよそーなひとだね」

思ったよりも棒読みになってしまった。いけないいけない。あたしが横で何かを興奮気味に話す菊地の言葉をぼーっと聞き流しながらそのテニス部の部長を眺めていると、はあ。と一際大きく息を吐く我らが部長の姿が見えた。

「わかったよ、はあ…面倒くせえなあ」

なんていう我らが部長の少し低音な男らしい声が聞こえた後、集合。と大きくお呼びが掛かった。そこで我に返ったあたしも菊地とばたばたと部長の元に集まるといかにも楽しくないですみたいな顔した部長が申し訳なさそうに口を開いた


「今日の中練は男子テニス部の申し立てにより不満と疑問は尽きないが合同で行うことにした。皆メニューに特に変更は無いけどちょっと男子増えるからそこんところ宜しく。」

そう部長が話終えた途端、待っていましたと言わんばかりに集まったのが噂の男子テニス部。しかし、なにか、雰囲気が違う。なんなんだろうかこの気持ちは

「なまえ!これ所謂準レギュラーのひとたちだ!」

「じゅん?」

横からまたもや激しく興奮した菊地が余計なことを教えてくれた。どうやら準レギュラーは、3年のレギュラーの下につく二軍みたいなもの。いつもはレギュラーと同じ練習をしていて、3年と2年をメインに構成されているらしい。そんなもんまであるのか、やべえなテニス部。と感心するも、ようするにあたしらサッカー部のAチームとBチームみたいなもんだと直ぐに納得した。

「およ?」

そして興味津々にテニス部を見回すあたしの目に幸村大先輩が飛び込んできた。おかしい、さっきの菊地の説明だと一年はメインじゃないし、準レギュラーの先輩の手伝いかなんかなのだろうか。しかし彼らは先輩達と肩を並べさあ練習するぞというような顔をしている。

「あ、やっぱり幸村くんたちもいるね」

菊地がまた呑気にそんな事を口走った。やっぱり?やっぱりってなんなんだ菊地。あたしが菊地に問いかけようとしたところで、部長が練習再開の声を上げたのであたしは菊地に話を聞くことも幸村達に話しかける事も出来ずに自分の立ち位置についた。女子だからってなめられるような練習はすんなよ、女子サッカー部の忍耐見せてやれと叫ぶ部長の言葉で気持ちを入れ換えメニューと向き合うことにした。これからのメニューは3人一組でのフェイント練習。果たしてこの練習がテニス部に必要なのかという疑問も残るが、部長が言うんだから仕方がない。あたしはその辺にいた菊地と佐藤とグループを組んだ。

「いーち、にーい」

練習なんて始まってしまえば他なんて気にしている余裕も吹っ飛ぶわけで、特にテニス部を気に掛ける事もなくメニューは着々と進んでいった。慣れているあたしらは順調にこなし、案外時間が掛かるかとも思われたがテニス部もさすが全国区と言わんばかりの体力と技量を見せつけてくれたおかげでさくさくと本日の全メニューを終えようもしていた。


「しかしさ、」

「なにさ菊地」

「やっぱり幸村くんたちは凄いよね」

自分のメニューを終えた菊地が腹筋最終セットに取りかかったあたしの足を押さえながら向こう側で同じように練習する幸村大先輩達を見ながらぼそっと溢した言葉をあたしは聞き逃さなかった。なんだって?

「そーいやさっきも言ってたけど、準レギュラーのメインって3年と2年なんでしょ?なしてあやつらが?顔?顔枠?」

「意味分かんないよあんた。てか、知らないの?本当に知らないの?」

「いえ全く」

「あんたが毎日漫才みたいなの一緒に繰り返してるあいつら、先輩より確実に強いんだからね?」

あたしは思わず腹筋に入れていた力が緩みがだんっと音を立てて床に頭を売ってしまった。ははは、ご冗談を。あいつらが強い?しかも先輩より?まっさかーん。ようやく腹筋最終セットを終えたあたしは菊地の横に腰掛け改めて練習に励む奴らに目をやる。が、やなちんは目細いしおっさんは童貞だし(でも強そうには見える、色んな意味で)、ジャッカルはハゲてるしデブはブタだし、幸村大先輩に至ってはあの細い腕でテニスをしている意味がわからない。そんな奴らが、強い?

「菊地ったら、面白いこというんだからん!そんなお前も可愛いぞっ」

きらっとウインクをしたら気持ち悪がられた。しかし菊地もめげないのか、幸村くんは、校内で一番強い。正レギュラー達よりも確実に強いと断言するように言ったがそんな話は信じられないし信じられるわけがない。なのであたしははははと適当に笑いながら菊地の肩を叩き立ち上がると先輩にメニュー終了を伝え同時にダウンの許可を貰った。今日は各自解散らしい。


「お疲れー」

「あ、お疲れ様っしたー!明日も宜しくお願いします!」

「なまえは元気だなー明日も頑張ろうぜ」

「はい!あ、あと部長!あたしとデー「なまえ着替えに行くよー部長にデート申し込んでないでこっちこーい」

無事ダウンも終えて、部長への貴重なアタック時間も菊地によって阻止されたあたしは泣く泣く自分の教室に帰ることに。菊地とは教室が離れているためにひとりB組まで歩いたあたしは教室に着くなり自分の椅子にガタッと無造作に座った



「ああ…疲れた…早く梅雨終われ…」

しかし願ったところでこの雨は当分終わらない。諦めていい加減着替えよう。あたしは盛大なため息ひとつ立ち上がった

「随分部活熱心なんだね?知らなかったよ」

もそもそと着替えをしていた時、ドアの方からいきなり声が聞こえてあたしは制服を着掛けのまま声のする方に目をやると幸村大先輩がジャージ姿のまま立っていた。あれだけの運動をしたのに、汗ひとつかいた形跡が無いのを見て、もしかしたら菊地の言葉は本当なのかもしれないと一瞬思ってしまった。いや、そんな筈は無いとかぶりを振ると幸村大先輩が不思議そうな目をしたのではははと適当に笑みを浮かべながら慌ててワイシャツのボタンを閉めた。

「幸村大先輩こそ、汗ひとつかいて無いみたいなんですけど?まさか余裕?」

「そうだね、あのくらいなら汗をかくレベルじゃない?」


さらっと、さらっとそう幸村大先輩は言った。冗談かとも思ったが存外そうでも無いらしい。化け物じゃねえか、と恐ろしくなったが、それを口に出すのはもっと恐ろしいのでやめておいた。

「そういや、幸村大先輩、やなちんたちは?」

「いつもあいつらと一緒にいるわけじゃないんだけどな」

「あ、それは失敬」

「ちょっとなまえを褒めに来たんだ」

じゃあ何故ここに?というあたしの疑問を読み取ったのか、幸村大先輩は笑顔でそんな事を言った。あたしを褒めに?あたしがあからさまに疑いの表情を浮かべると彼はまたにっこり微笑んだ。

「本当さ。今日のなまえの練習風景を見て、女子でもこれだけの量の練習をこなす人がいるんだなって思ったんだ」

「皆やってるじゃないのよ」

「でもなまえはその1.5倍はやってるんじゃない?数えてたけど、30回10セットのところ、50回はやってたと思うんだけど」

見られてたのか!てか数えてたのか!と心の中で激しく突っ込みはしたものの、それだけあたしの事を見て評価してくれているということ。そう考えると少しだけ、ほんの少しだけ嬉しくなった

「幸村大先輩こそ、うちの部のメニューを汗ひとつかかないでこなすなんて流石っすね!」

「汗かく方がおかしいんじゃない?」

き、キイイイイイ!誉めたあたしが馬鹿でした!あほでした!そうでした彼は大魔王!自分の発言に後悔するも後を立たず。なんだか自分が馬鹿らしく思えてきたから明日からメニュー増やそうかな。と思う


「そういや、やなちんとかのとこ行かなくていいんすか?」

「ああ、そういえば。じゃあ、俺は行くよ。お疲れ、なまえ」

「え、あ。うん、お疲れっす幸村大先輩」

お?なんか突然素直にドアから離れた幸村大先輩の意外な発言に拍子抜け。そのせいであたしまで普通に挨拶してしまった。本当に、なんだったんだ。少し気にもなりはしたがあたしはそのまま帰宅の準備を始めた。


「あ、」

「ヒィッ」

と、思っていたら突然戻ってきた幸村先輩がドアからひょっこりと顔をだしたので盛大に驚いてしまった。狙ったのか?そうなのか?


「なまえ、また一緒にお昼食べよう」

そして口から出たのはその一言。完全に調子の狂わされたあたしが不覚にもうん、と言ってしまったが最後。嬉しそうに笑みを浮かべながら今度こそ幸村大先輩は教室を出ていった。



「な、なんなんだ…」





時計を見れば、既に7時を回っていた


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