「はい、デブとハゲ。やっぱり色々うるさいけどとりあえず昨日はありがとう。はい、これ」


非情なタイミングで現れたハゲとデブをぶちのめしたい衝動に駆られながらも、いや本来の約束はこっちなんだと頭で言い聞かせながら別ラッピングしたアップルパイとチュッパチャプスを渡すと、想像以上に喜ばれてしまったので更に美しいお姉さま方ににらまれた。


「お、サンキュー!へへっこれが旨いって噂のあれだろい?」

「そうそう。朝行ってきたのだよ。有り難く食べるんだぞデブ」

「俺にも…悪いな、みょうじ」

「なに言ってんの、あんたが持ってくれたんだし?ありがとうね!ってことでお前も有り難く食え」


言いながらさっさと帰れと言わんばかりに手を振ってやると、気の利くハゲがじゃあ俺らは。と教室に背を向けた。流石だハゲ。空気の読み方が一流だ。そんなハゲにあたしが関心の目を向けていると、大先輩が、やってきた。そして、


「なに、いつの間にジャッカルとブン太はみょうじさんと知り合いになったの?しかも呼び捨て?その上、それ何?何貰ってんのジャッカルとブン太のくせに」


と、いきなり物凄く上から物を言い出した。くせにって、大先輩くせにって。彼ら悪気無いんだから!とは勿論怖くて言えない。しかしこのままでは彼らが可哀想というか哀れで仕方がないのであたしはこんな事もあろうかと買っておいたアップルパイを幸村大先輩に差し出した


「はい!幸村大先輩にも!これ、あたしの家の近くのケーキ屋さんのなんだけど、すっごく美味しいんだよ。だから大先輩にもちゃんと買ってきたんだって!ささ、席についてこれ一緒に食べましょ食べましょ!」

ね?と首を大袈裟にかしげると幸村大先輩はじいとそのアップルパイを見た後目にも留まらぬ速さでそれをあたしの手から奪い取り、嬉しそうに眺めた。その姿はいつもの恐ろしい幸村大先輩だはなくて。不覚にも見惚れてしまいそうになった。…いかんいかん。


「みょうじさん…俺のために?しかもあいつらのより大きい…当然の事だとしても、嬉しいよ」


おっと何か余計な言葉が聞こえちゃったぞ!なんていうのは今更なのでもう構わないことにしたとして。あたしのアップルパイ効果により少なからず嬉しそうにする幸村大先輩を席へ連れ戻そうと目でジャッカルに消えろ合図を送ると、何だか物凄く怯えたような表情をしながらデブを引っ張って教室から出ていった。

よし、よくやったぞハゲ。

去っていくハゲに親指を立てると改めてあっちゃんの向かい側に腰を下ろす。あっちゃんは全く興味が無いのか同じく興味が無いやなちんとおっさんと期末試験の話をしていた。

「あ、なまえが戻ってきた。あんたもジャッカル並に苦労してんのね。ドンマイ」

「あっちゃん、気のせいかな目が何でうるせえの連れて来まくってんだよ死ねって言ってる気がするんだけど、でもあたしはあっちゃんが一番す「そこまで分かってんなら大人しくご飯食べなさい」



クールビューティなツンデレあっちゃんに無下にされながらもめげずにキラキラとした目線を送ると物凄い嫌そうな目をされてしまった。ぐ、ぐうう…


「およ?」

「ん?今度は何よ」

「そういえば、あっちゃんはこいつらと仲良いの?」

「なんで」

「いや、別に意味は無いんだけどさ」


そういえば、あんまり女子と絡まない(と思われる)テニス部の奴が何の戸惑いもなくあっちゃんと話してるし、あっちゃんも興味が無いわりにはこいつらの事知ってるみたいだし。
あたしの可愛いあっちゃんが汚されるのだけは阻止したいが。


「うん、まあ…昔色々ね」



それだけ言うとあっちゃんはまた弁当をつつき始めた。なんか、今ちょっと悲しそうな顔した?どうやら、あっちゃんとテニス部の間には何か複雑なものがあるらしい事は読み取ったが、ここで追求するのはポリシーに無いのであたしも弁当にありついた。


「そういえばみょうじさん」

「何でしょうか大先輩」

「俺もみょうじさんのことなまえって呼んでもいいよね?ジャッカルとブン太もそう呼んでいるのに。不公平だ」


そんなあたしらの微妙な雰囲気を察してかなんなのか、幸村大先輩が口を開いた。ありがたい事だなとも思ったけれど、言ってることがまるでジャイアンだよ幸村大先輩。


「え、あ、まあ…えっと」

「いいよね?」

「はい光栄です幸村大先輩」


笑顔が、笑顔が怖いよ…大先輩…あたしがアップルパイあげた時みたいに美しく笑っておくれよ大先輩…というあたしの思いは虚しく、まるであたしを陥れるような笑みを浮かべる幸村大先輩だった


「あんたら、ほんっと馬鹿だよねえ」

「茜の言う通りだな。」

あっちゃんがまた、へらっと笑って、やなちんがそれに同意するから。またその場は和んだ場に戻った。おっさんだけが未だに空気を読みきれないですみたいな顔してるけど適当に余ってたアップルパイを与えてあしらい、あたしらは残り少なくなった昼休みを堪能しようと再び下らない話を始めた時だった




「あ、あのっ幸村くん!」

「真田くん!」

「柳くん!」


野生の(左から)バスケ部、吹奏楽部、書道部の美人(全て美女図鑑登録済み)が現れた

手には手作りと思われるお菓子。先程隣のクラスが調理実習とかしてたから多分そのクラスの子たちなのだろうけれども。くっそテニス部はいいよなあ。魔王と童貞と細目のくせに可愛い子ちゃんたちから手作りのお菓子なんて頂けるんだからさ!!あたしに譲れ!美人の方!と思っていたら幸村大先輩に笑顔を向けられた。

…ヒィッすみませんでしたっ


「これ…」

「さっきの授業で作ったんだけど…」

「良かったら食べて!」


と、3人まるで練習してきたかのように息ぴったりな発言。いや美人だから何でも許す。可愛い。あたしがそんな如何わしい目で美人達を眺めていたら今度はあっちゃんに激しく睨まれた。いや、誤解だよあっちゃんこれは浮気じゃないんだよ

しかし、まあ。やっぱりモテるんだな。テニス部。なんて事を思いながら三人を見ていると、おもむろに幸村大先輩が立ち上がった


「ごめんね、気持ちは嬉しいんだけど…」

おや?聞き間違いだろうか。断ったような声が聞こえたのだけれど。あたしは弁当箱を片付ける手を止めて唖然と幸村大先輩を見上げた。

「ああ…無差別に貰ってしまうとな…」

からの、なんてことを言い出すやなちん。絵?まさか本当に拒否?美人からのたかだかお菓子の差し入れを拒否?あたしは目をぱちくりさせながら動向を伺っていたがついにおっさんが立ち上がった

「たるんどる。こんなものを渡している暇があるのなら勉強なり部活なりするが良かろう。」


と、彼女達の気持ちを丸投げするような一言。あたしは理解がついていかずぽかーんとその場を眺めてしまったが、段々どこかやるせない思いが込み上げてくるのが分かった。美人達がショックで目を見開いているのが、あたしの思いを煽る。そんな事も知らずに分かったなら帰れ、と促すおっさん達を見て、あたしはなんだか我慢が利かなくなった


「ちょっと待ったああ!!」

一度はあたしらに背を向けた美人たちも、おっさんたちもあたしに目をやるのが分かった。後で幸村大先輩に殺されるかもしれないとは思ったものの、我慢していられる程あたしは強くなかった


「何?なまえ」

「なんで受け取らないの?」

「なんでって「彼女達は、あんた達に食べて欲しくて一生懸命作ってラッピングまでして、勇気をだしてここまで来たのに!なんで?」

あたしのその言葉を、幸村大先輩もやなちんもおっさんも何の反応も見せずにただ聞いていた。あたしの後ろにいる美人達は、驚いたみたいで、そこにただ立ちすくしている


「確かにあんた達はモテるし?女なんかほっといても寄ってくるだろうし、今までもプレゼントなんて腐るほどもらって飽き飽きしてるかもしれないけど、あんた達への想いが例えどんなにちっぽけだとしても、プレゼントを送って、勇気出して話し掛けて、少しでも目に留まって貰えるよう可愛くなって。その想いを受けとれっては言わないけどさ、その努力は認めてあげなよ。」

「…なまえ…?」


言い終えた後、はあはあ。と息を吐きながらくるりと後ろを向く。そこには未だに唖然とあたしを見る美人達がいるのだけれど。あたしは思いきり笑顔を浮かべて彼女達の手にあるラッピングされたお菓子を取った

「そして、美しいお姉さま方!あんな非道なカスみたいな輩なんてお姉さま方には全く似合わないですよ!あんなカス達のために努力なんかしないで、このみょうじと仲良くなって下さいまし!」


なんて言いながら、これはわたくしがもらいます!と言ってやると、美人達も少し笑みを浮かべた。やっぱり女の子は笑顔が一番!


「それに、もしそれでもあのカスが好きなんだったら、あのカス達に追い付いてみたらどうでしょう?可愛さとか、そういうのはもう生まれつき100点なので、次は勉強とか、部活とか。そしたらあのカス達も認めてくれると思いますよ?」

ね?とあたしが促すと美人達は花が綻ぶような笑みを浮かべ、あたしを含めたテニス部の奴らに深々とお辞儀をして帰っていった。あたしもなんだか清々しい。まあ、作ったお菓子奪っちゃったけどさ



「なまえ」



突然、暗い暗い低い幸村大先輩の声が聞こえた。地獄の底から出たような声を聞き、あたしの背筋が一度に凍り付くのが分かった。振り返るのは非常に恐ろしく死ににいくようなものだと思ったけれど、あたしは間違ってない!と勢い良く振り返ると、けらけらとおかしそうに笑みを浮かべる幸村大先輩がいた。


「え?」

あたしがわけわかんないです的な顔で横にいるやなちんに目をやると、やなちんも心なしか目が笑っていた


「みょうじ、お前、やはりデータに無い事ばかりだ」

「は?」

「ククッ、俺たちにそんな事言ったの、なまえが初めてだよ。」


何がなんだか。でも怒ってはいないということだけが理解できた。あっちゃんを見ると、やれやれ。と言った顔を浮かべていて、まあとりあえず良かったのか?と首をかしげると、幸村大先輩が寄ってきた


「じゃあ、今日だけはなまえに免じて貰ってあげるよ。なまえからも、可愛いプレゼント受け取ったしね?」


「は?」

「そうだな。」

「うむ」

「は?」


そうこうしている内にあたしの手からはお菓子がなくなり。全て奴らの元へ。相変わらずおかしそうに意味深に笑みを浮かべる幸村大先輩は、あ。とわざとらしく声をあげた

「他の子は努力だけ買うけど、なまえのは気持ちも一緒にもらおうかな?」

「気持ち?」


何言ってんだ?とおもむろに奴らの手を見ると、しっかりとあたしがあげたアップルパイを持っていた。あ、しまった。と思った時には既に遅し。そんな意味は無いんだけどな。と思いながら弁当箱を持って出ていく幸村大先輩とおっさんを見送った



「ねえあっちゃん、やなちん」


「なによ」

「なんだ」

「今さらなんだけど、あんな事言わなきゃ良かったかもしれない」

「そうかもね」

「そうだな」



何故か哀れんだような、それでいておかしそうな笑みを浮かべる友人を尻目に、あたしは急いで弁当箱を片付けた









つづく


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