あれから再び中庭に戻ると既にみょうじの姿は無かった。どうやらその後早退をしたらしい。翌日もその次の日も、みょうじは学校に来なかった。そうして結局、彼女に会えないまま冬休みに突入してしまった。彼女の連絡先は一年生の頃に聞いたものを持っているが果たしてそれで通じるかどうかも分からなかった上に通じたとして、どんな内容で送信すべきか頭が回らなかった。

そうしてクリスマスイヴ、寂しい独り身クリスマスパーティと称した会合をしないかという精市の提案で恋人のいない元テニス部のメンバーと赤也で集まるために集合場所である精市の家に出向くと、どんな運命のイタズラなのだろうか、そこにはみょうじの姿があった。

「あ、柳。赤也に誘われたから、来ちゃった。」

なんて言いながら、厚手のパーカーにマフラー、ジーンズという外行きではない格好をしたみょうじは横で舌を出しながらすみませんと笑う赤也を指差した。

「すんません柳先輩、ちょーどここに来る前に本屋から出てきたなまえ先輩見つけちゃって。」

「あたしも独り身だし、楽しそうだから。それに幸村も知らない仲じゃないしね」

その言葉で彼女が2年の時に幸村と同じクラスだったという事を思い出した。こうして見ると世間と言うものは非常に狭い。寒いと嘆く赤也をそのままに暫く顔を見なかったみょうじに目をやると、心なしか痩せたという印象を受けた。元々ガリガリに痩せていたわけではないが、痩けた、という表現が正しいのか。俺は彼女をこうさせた原因である男が今日この場に来ないことに少しだけ、安堵した。それから少しして精市が玄関を開き、俺たちを招き入れた。参加メンバーは俺と赤也、主催者の精市と、後から柳生とジャッカルが来ると言っていた。

「あれ、なまえって彼氏いなかったっけ?」

メンバーも揃い、なんの違和感無しにみょうじを交えたパーティが進行し、美味しい料理を食べながらこれまでの生活を振り返る。楽しかった時期ばかりではなかったし悔しい思いも苦しい思いも数えきれない程した。だがそれも全て、いい思い出と変わろうとしていた。俺については、テニスを続けるかどうかさえも、定かでは無い。そんな懐かしい話に一通り折りがついた時、思い出したように精市がみょうじに聞いた

「あたし?いないよ。だからここにいるんじゃん」

「なんだ、俺はてっきり野球部の佐倉と付き合ってるんだと思ってたけど」

佐倉、その名は確かに聞き覚えがあった。だがみょうじに思いを寄せていた、という事実は俺の手にあるデータにはなく、俺は言葉ひとつ発する事無くただ耳を傾けた。

「え?俺はラグビーの元部長だと思ってたんスけど!違うんスか?」

「え、みょうじってE組のバドミントン部だった奴じゃねえのか?」

「私もそうだと聞きましたね」

「いやいや、どれも違うし。断ったし」

聞けば聞くほど、俺のデータに無い名前ばかりが飛び出してくる。それも最近の出来事ばかりである。これまでみょうじに関する情報は抜かり無く集めてきたつもりだった。しかしどうやら、最近は本人ばかりに気を向けすぎていたらしい。周りまで気を置く事に欠けていた。全て断った、という言葉は幸いだったがもしも、彼女がどれかの告白にオーケーを出していたら。考えただけで気が狂ってしまいそうだった。

それからはまた他愛の無い話に戻り、9時過ぎ頃ジャッカルがやべえ、と声を上げるまで尽きること無く昔話に花を咲かせた。ここで改めて今まで知り得なかったみょうじの一面を知ることが出来た。例えば世界中の切手を集めることにハマっていた時期があった事や入学当初は吹奏楽部に入りたかった事、知れば知るほど更に知りたくなる。それがみょうじなまえだった。

「じゃ、今日はありがとな!メリークリスマス!」

「皆さんお疲れ様っした!年始から部活あるんで顔出して下さいよ?あと初詣、楽しみにしてるっス!じゃ、メリークリスマス!」

「私もこれで。皆さんアデューそしてメリークリスマス」

そんな言葉を口々に、集まったメンバーはそれぞれの方向に散っていった。残った俺とみょうじ、それに精市は彼らの後ろ姿を見送り、その姿が見えなくなった頃一斉に溜め息をついた。

「お疲れ、ふたりとも」

「いやいや、幸村こそ。あたしまでごめんね」

「いいよ、なまえは大切な友達だからね」

「じゃ、また。メリークリスマス。あと、よいお年を」

そう幸村に言葉を掛けると、俺にはひらひらと手を振ったきり暗い道を歩き出した。追い掛ければいいのか、このまま行かせればいいのか。追いかけたい、しかしそれはしてもいい行為なのか、俺が躊躇しているとドンっと後ろから思いきり精市に背中を押された

「なにしてんの?早く行きなよ柳。」

「お前」

「俺が知らないとでも?もうさ、真田とか無視でいいんじゃない?お前はお前なんだし。それに今逃がしたら、きっと一生捕まえられなくなるよ」

幸村の言葉には表しようのない説得力がある。幸村に背を向け走り出すと、角を曲がったところでひとり歩くみょうじの姿を道の先に発見した。あの横断歩道を渡れば行ってしまう。俺はありったけの声で彼女の名を叫んだ

「みょうじ!!」

信号が赤から青へと変わる。一歩を踏み出そうとするみょうじの姿が目にはいってきた。間に合わなかったか。再び走り出そうと体制を少し屈めたところで、ゆっくりとみょうじがこちらを向いた。見返り美人、という言葉があるが振り返り際のみょうじは暗闇に浮かぶ信号の薄暗いライトに照らされ世界一、美しかった

「柳?」

「お前が、好きなんだ」

その瞬間だけ、俺たちの周りから全ての音が消えたような、そんな錯覚をした


お前が、好きなんだ
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テーマ「人外ファンタジー」
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