企画 | ナノ

  もぐもぐ+α


「ほら、尾形」

そう言ってアシリパが出した匙をしばし見つめ、尾形はふるふると首を振った。

酒に酔い、いつもに輪をかけて騒がしい面々を眺めながら、尾形は先ほどからしぶとく口内に居座るそれを噛み続けていた。
何度噛んでも噛み切れない。すり潰そうにも伸びるだけ。ぐにぐにと弾力ばかりある内臓の一部がいつまで経っても喉を通ってゆかない。
追加で差し出されるそれに、もう幾度首を振ったか知れないが、アシリパは尚も頑なに口を閉ざす尾形に匙を突き付ける。

「口を開けろ尾形」

ほらと詰め寄るその頬は既に赤く、目もとろんと溶かしたその顔に、酔っ払いがと尾形は冷めた目を向けた。
アシリパを挟んだ向こう側では、こちらも顔を赤くしたでかい犬のような男が親の仇でも見るような顔で唸っている。

「てめェ、アシリパさんが出してくれたものが食えねぇってのか?あぁ?」
「杉元もほら」

給餌を受ける雛のようにぱくりと食いついた男が束の間静かになる。それを満足そうに見て「尾形ぁ」と再びこちらへ向いた矛先に首を横へ振った。
相も変わらず喉を下りないそれを噛み続けていれば、背をつつく者があり、振り返ればこちらもたらふく酒を飲んでいる筈の白石が、ふやけた顔で米の乗った箸を差し出す。

「飲み込めないの?ご飯と一緒ならいけるんじゃない?ほらあーん」
「………」

ちらちらと尾形の視線は箸とその坊主頭を往復する。
ほらーと差し出された飯を口に入れれば、背後で喚く声がした。

「てめぇ尾形!アシリパさん差し置いて白石のは食うってどういう了見だゴルァ!!」
「ほら、もっと食え杉元。どうだヒンナか?」
「ヒンナヒンナ!」

茶番を横目に見つつ、尚も喉を通ろうとしないぶ厚い革のようなそれを噛み続ける。生憎と後から口に入れた白米だけが、先客を置き去りに胃の腑へと落ちて行く。
そんな尾形の前に、漬物の乗った皿が差し出された。

「これも美味いぞ。米と一緒に食うといい」
「………」

見れば正面に座る土方だった。こちらは酔っているのかいないのか分からない。口を動かし続ける尾形を底の知れない双眸が見つめる。さらには方々からあれやこれやと差し出され、目の前に寄り集まった食い物の山に尾形も眉根を寄せた。
分かってやってるやつが数名。ただの酔っ払いが数名というところか。
面倒臭ぇ…!

「ヒンナ!!」
「ヒンナだ杉元!!」
「ヒンナァ!!」

正体を無くしたやつらの暑苦しい掛け合いを背後に受けながら、尾形は噛むことすら億劫になってきた弾力ばかりのそれにぎりりと歯を立てた。そんな尾形の肩に、しなやかな腕が回る。
――また面倒臭ぇのが来やがった。
こちらもすっかり出来上がった様子で強引に肩を組んでくる。じとりと向けた視線の先で、名前が含んだ笑いを浮かべ尾形を覗きこんだ。

「尾形ぁ〜今日はよく食うじゃないか。これ全部お前のか?」
「………」

傾げた頭の後ろに垂れる黒髪を見ながら合わせたように首を振る。否定と制止と立退きの意を込めたつもりが、「ほら、これも食え」とどこから持ってきたものか干物のようなものを口元に押しつけてくる。それにも首を振れば今度は飲むか?とグラスを掲げられる。それにも首を振れば可愛くないやつだとすっかり口癖のようになった台詞が飛び出すが、その顔はニヤニヤと弛みきっていた。
けどなぁと間延びした声とともにその目がにまりと笑う。

「たくさん食うやつはいいぞ。よく食う尾形もな、いいんだ。もっと食え、なんなら婿に来るか?」

もはや趣旨も分からない酔っ払いの戯言にぶんぶん首を横へ振るが、遠慮するなと伸びてきた両腕が尾形に縋りつく。身を引く尾形の後ろから、汚い半纏の袖から突き出た腕が伸びる。いつの間にか戻ってきたらしい白石が「えぇ〜」とこちらも伸びきった声で応じた。

「も〜名前ちゃんてば尾形ちゃんがいいのぉ?俺も入れてぇ?」
「白石はぁ〜…なんかぁ…ふふ」
「え〜なぁにぃ?」
「ふふふふ」
「えへへへ」

後ろからも前からも腕を回され苦りきった顔の尾形を挟み繰り広げられる小芝居に、付き合いきれんと腰を浮かせば、何処へ行くと二人揃って取り縋る。
あげくに遠慮も容赦もなく重みを預けるものだから、押し負けた尾形を下敷きに畳の上に折り重なった。
離れろと尾形に押しやられて尚、迫る二人はきゃっきゃと騒ぐ。

「尾形ぁ!」
「置いてかないでぇ!」
「しつこい…っ」

近づいてくる酒臭い頭2つを力の限り押し返し、はたと尾形は気がついた。
しぶとく居残っていたあれはいつの間にか喉を下りていったらしかった。


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