※電波っぽい月子



ぱくぱく、ぱくぱく。
先程から月子さんは酸素を求める金魚の様に口をだらしなく動かし続けている。
生徒会室には今、僕と彼女しかいない。暖房をつけている筈なのに二人だけの空間はどこか冷たく感じる。


「月子さん、先程から気になっているのですが、一体何をしているんですか?」


一向に行為を止める様子のない彼女に聞いてみた。
別にこの無言が気まずかったわけではなく、ぱくぱくと開閉を繰り返すその馬鹿みたいな姿にいい加減苛々してきたからだ。
彼女は天井から視線を外し僕を見据えた。


「颯斗くんのドロドロを食べてたの」
「……はい?」


正確には食べてたというよりは食べたいかな。
彼女は綺麗な顔でそう言った。
少し時間をかけて考えたが僕には月子さんが言った言葉の意味を理解することが出来なかった。思わず聞き返すのに妙な間が出来てしまったがさして気にすることでもないだろう。


「颯斗くんの負の感情を食べてあげたいの」


どうやら彼女が言うところのドロドロとは僕の負の感情らしい。


「月子さんは面白い事を言いますね」
「そんな事思ってもないくせに」


笑顔を貼り付けてさも可笑しそうに言えば彼女はすかさず言葉を返した。
その瞬間不覚にも自分の顔が僅かに曇ったのが分かる。


「颯斗くん、思った事を言っていいよ」
「……何を言っているんですか月子さん」
「我慢しないで、私の事が嫌いなら嫌いって言いなよ、馬鹿みたいで苛々するって、ね?」


彼女に分かるほど自分は表情や態度に出ていただろうか、いやそんなことはないはずだ。
それだけは自信がある、何十年も続けていることだ。たった二年ちょっとの付き合いの彼女に気付かれる筈がない。


「颯斗くん」


微笑み僕の名を呼ぶ月子さんを見て自然と口が動いた。


「ええ、僕は貴女の事が嫌いですよ月子さん」


これでもかという笑顔で言えば彼女はぎゅっとスカートの端を握った。
いびつに歪むその様がまるで今の僕のようで醜い。


「馴れ馴れしく僕の名を呼ぶのも、馬鹿みたいにいつも笑顔でいるのも、土足で人の心に踏み込んでくるのも、全部、全部、全部全部全部、貴女の事が大嫌いです」
「うん、知ってるよ」


彼女は一瞬、酷く傷付いた表情をしたがすぐにぎこちない笑顔を作った。
ずっと溜め込んできた月子さんへの思いを吐き出したというのに何故か気分は晴れない、それどころか黒く重く沈んでいく。


「僕は貴女の事が嫌いです」
「私は颯斗くんの事が好きだよ」






2011/08/12

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