※無駄に長いのに、エロなしです
頭の中ずっとふわふわしてて
ここ数日ずっと同じことをぐるぐると考えている。
テレビの画面の中で、主人公の男の子が色素の薄い髪色の女の子にビンタされている。
多分結構重要なシーンなのに、私は気が気じゃなくてちゃんと内容が頭に入ってこない。
身体の右側半分に全部意識が持ってかれて、ベッドに座って壁を背もたれにした体勢。隣には秤くんが我が物顔で私より多くの面積でベッドを占領している。
「はぁ?ナマエお前エヴァ観たことねぇの?まじで?」
なんの話題から派生したかは忘れたけどそういう話になって、小馬鹿にしたような雰囲気だったくせに「あ?俺いつみたっけ、中2?あ?パチンコの記憶のがでか過ぎて内容細かく覚えてねぇな」って呟いて。なんだそれって思ったけれど、直接ツッコむ余裕は私にはなかった。
そしてここ数日の間、次の日に支障のない範囲でって約束で夜な夜な一緒にエヴァンゲリオンを観るはめになったのだ。
よく作品名は聞いてたし、そういうのに疎い私でも主人公があの大っきいのに乗って戦うんだよね?程度は存じてた。有名だからそのうち観たいな。とは思ってたからいい機会だとは思う。
でも今は心情的にそれどころではない
じわじわと右半身を熱いくらいの体温が侵食する。
完全によりかかられて、ずっしりと重たい。首筋にあたる秤くんの髪の毛がくすぐったくて、ナチュラルに太ももに添えられた左手のせいで集中できない。
そしてそれ以上に
え
え?
私たち付き合ってるの?え?付き合ってるってことでいいんだっけ?
"付き合わねぇ?おれたち"
あの時のあの言葉を5分に一回はリフレインしては、え……え?て一人でテンパって
"今から恋人な" って秤くんの甘い声を思い出して頭がパーンッて弾けてしまいそう。
やばいやばい
でもヤりたかったから、ああいうふうに言ったのかも。その場の雰囲気っていうか……その、プレイの一環みたいな?盛り上げるためにとか?だって普通あのタイミングで言わなくない?
でも、だからってわざわざ"付き合う"とか言わなくない?その、挿れたいからって言ったって……正直、多分その、自分で言いたくないけど、私押せばヤらせてくれそう。って秤くんに思われてると思うんだよね。自分で言ってて悲しいけど……だって最近そういう姿しか秤くんにみせてない。すぐえっちな雰囲気に飲まれちゃって、ちょろいなって……多分思われてる。
だから別に付き合おう!ってわざわざ言わなくてもヤらせてくれるだろうって結論になると思うんだよね。なのにわざわざ付き合うって言われたってことは、その……本当に、私と付き合いたいってことじゃないの?
え
え?
秤くんって、私のこと好きってことだよね?え?
もう何回もこの決まったループを脳内会議で繰り返して、ひゃー!ってほっぺたが熱くなる。
それを裏付けるように、露骨にスキンシップが多くなった秤くんにむずむずして
あれから「ナマエ」って名前で呼ばれるし
学校でも隙あらばナチュラルにどこかしら身体が触れてるし
エヴァンゲリオン観たあと当たり前のようにそのまま一緒に寝るし、めちゃくちゃキスされるし、えっちなこともするし……いや、これは前からしてるけど。
今もこんな距離感で、これは友達じゃないでしょ?
じゃあやっぱり付き合ってる。んだよね?
聞くのもなんだか気恥ずかしいし
さすがに「あ?まじに受け取ったん?」とか言われる危険性はないと信じたいけど、私は秤くんのことをちゃんとたくさん知ってるわけじゃないからあの言葉の意図を完璧に把握するのは難しくて……だから完全にゼロではないのでそれを思うとちょっと聞けずにいる。
少しだけ生じたもやもやに、でもそれでもわざわざ"付き合う"だなんて冗談いわないよね。って自問自答を繰り返して
今の関係性を
私と秤くんはお付き合いしているのだ。と結論付ける。
いつから、私のこと好きなんだろ
え?そんな前からってことはないでしょ。だってそんな素振り全く無かったし……何よりちょっと前まで彼女いたんだし……。
元カノって……どんな子なんだろ
やっぱり、イケイケな感じのヤンチャ系でノリのいい娘なんだろうか。
たぶん、私とは全然違うタイプだよね。だって私そういう娘に比べたらノリ悪いだろうし、そもそもそういうノリ?になることもないし。真面目で、おもしろみがないから……
あれ?秤くんって、私のこと好きなのかな?
う!ダメダメ!違う違う。ネガティブ禁止!自己肯定感強く持って!うん!!
でも、
だってほら
"好き"とは言われてないから
ああもう
見ないようにしてたのに、ずくりと胸が痛い。
ほらもう、全然画面に意識を持っていけなくて、主人公の子がなんだかぶちぶち言ってることしかわからない。
さすさすと秤くんの手が内腿を撫でるけど、胸の痛みのほうが強くて
この触り方だっていかにも"慣れてる"って感じで
意識してるのは私だけで、秤くんはこの行為に意味なんか持たせてない。
だってアニメも観てるのに右手でスマホいじってるんだもん。
無意識下の何気ない触れ合いに、いちいち意識してドキドキしてるのは私だけなんだ。
ついさっきまで、ひゃー!!だなんて浮かれきってた心が一瞬で沈みこむ。
だって、告白されたのなんかはじめてで、いや、アレを告白にカウントしていいかわかんないけど。私と付き合ってもいいかな?って思ってくれたんだ。ってそれだけで嬉しいって思っちゃうなんて、なんて安い女なんだろうか。
いいじゃん、だって恋愛とか、彼氏とかにずっと憧れてたんだもん。
浮かれちゃって、舞い上がるのは仕方がなくない?
そもそも私だって、別に秤くんのことめちゃくちゃ好き!とかじゃないもん。別に
嬉しかったけど、別に秤くんだからじゃなくて……そう、だもん。
べつに、そんなに好きじゃないもん
なんとか必死に心のバランスを取って
同じ学校だしスケジュールも合わせやすいから、エッチするのも楽だし調度いいって思われたのかも。
もっと秤くん好みの可愛くてイケイケな感じの子がいたら、今度はそっちに行くのかもしれない。
それまでの繋ぎなのかも
なんだか、嫌なくらいにしっくりきて
そうかもって一人で納得する。
でも別にそれでよくない?
だって秤くんだよ?
例えば高専を卒業して、その後私と秤くんがずっと一緒で……結婚。とかすると思う?
ない。絶対に無い
家庭に縛られたくなさそうだし
秤くんって、派手に生きるか、派手に死ぬかってかんじだし。
そもそもうちの家が秤くんを受け入れられると思えない……下手すれば家に閉じ込められて勝手に縁談とか組まれそうだな。そしてそのまま嫁がされそう。って流石にそれはないか……いや、やりかねないな。あの祖父母ならやりそう。そもそも秤くんとか関係なしに縁談とか薦められるのは容易に想像がつく。
だからやっぱり、秤くんとの将来は見えない。秤くんだってそんなつもりは到底ないだろう
そのくらい私と秤くんは今まで生きてきた土台が全然違うくて
本来交わることなんて絶対に無い人種同士で、今が"異常"な状態なのだと
そう思えば、長くて卒業するまで
はやかったら秤くんに好きな人ができるまで
それまでの間を楽しく過ごしたらいいのかも
子供同士の"恋愛ごっこ"みたいな、気持ちで
楽しいところだけを見て、ライトな感覚で
そういう、つもりでの提案だったのかも
うん。そうだ
そう思ったら胸にチクリと刺さった痛みも、なかったみたいに思えて
いっぱい、楽しいことだけ秤くんと味わえばいいんだ。
うん。うん、大丈夫。
キュッて太腿を撫でる左手に両手を重ねて握って
コテンッて甘えるように秤くんの頭に自分の頭をのせた。
秤くんが右手にスマホを持ったまま、重なった左手を動かしてゆるく恋人繋ぎになる。
そのまま何も無いみたいに秤くんはテレビをみながらスマホゲームをしてて
ほら、やっぱりドキドキしてるのは私だけなんだって。ちょっとだけ気持ちがざわざわするけど
きっと私だってそのうち慣れちゃうから、今はドキドキを味合わないとって右手の指先に力を入れて、秤くんの左手をギュッてにぎった。
「ナマエー」
『ぇ、うん』
ぼやっとしてたところに声をかけられて間抜けに返事をする。画面をみればエンディングが流れてて、ああ今日もまた上の空だったな。と反省する。右手をにぎにぎされてドキドキして、チラリと秤くんをみるけど、相変わらずスマホゲームをしてる。あれは、麻雀ゲームだろうか?あんまりわからない。
「明日なにすんの?」
『あした?』
「休みだろ?」
『んー……買い物に行こうと思ってたけど』
秤くんが一緒にいてくれるなら買い物はまた次の休みでもいいかな。なんて我ながらなんとちょろい女なんだろうか。
買い物だって、その、可愛いランジェリーショップをみつけて……その、さいきん下着を晒す機会が多いから新しいのほしいなぁなんて……べ!べつに秤くんの為じゃなくて、ちょうどセールがはじまるってみたから行きたくて。
もともと可愛い下着が好きで、めちゃくちゃ繊細なレースがかわいくて、でもちゃんと大人っぽくて。まぁその分値段もするんだけど……この前渋谷に行ったときに見てみたけど、やっぱり可愛くて。あの時は少しだけ迷って見るだけにした。でも最近任務も頑張ってるし、それに私が持ってるのは淡い色のレースとか刺繍とか、可愛いに全振りしてるみたいなのしか持ってないし
だから、もうちょっと、大人っぽいのが欲しいだなんて
めちゃくちゃ意識してるじゃん私ってほっぺが熱くなる。
いいもん、楽しむって決めたんだから
こうなったらとことん意識して、楽しんでやるんだから!
「またパン買いに行くのか?」
『へ』
秤くんがスマホゲームしながらもニヤニヤしてて
『ちがうよー、その……服、とか?』
「へぇ」
『なによ』
「いや?そうかぁ」
秤くんは何するんだろう、またパチンコいくのかな?パチンコってそんなに面白いのかな……全然理解できない。
「俺も一緒いっていい?」
『ぇ』
「デートしようぜ」
『で……』
心臓ばくばくして、痛い。
デート、でーと、って頭ん中で何回も繰り返して、じわじわ口元が緩んでるのに気づいて慌ててキュッて力を入れる。
『ぅん』
なんとか小さな声でそう返すのが精一杯だった。
「せっかくだから現地集合にしようぜ」の一言で現地集合の運びとなった。
だから夜も秤くんは自室に戻っていって、朝から久しぶりに一人で起きて洋服を並べてどれがいいかと頭を悩ませた。寝る前に決めたはずだったのに、でもシフォン生地のワンピースはふわふわしてて可愛すぎるかな?とか、気合い入れすぎって思われたらどうしようとか変にぐだぐだ悩んで。
でも久しぶりにお出かけするんだし、普段なかなか着れない服を着たい。
結局綺麗めスタイルの長袖ワンピース。落ち着いた色味でちょっとは大人っぽく見えたらいいんだけど。足元はショートブーツで
普段はリュックだけど、今日は小さめの鞄で
髪もゆるくまいて、サイドを編み込んでみたりして、お化粧はなれてないから、ちょっとだけポイントでアイメイクとリップで色を足す。
そんなことをしてたら予定してた時間ギリギリのギリになっちゃって、寮から駅までめちゃくちゃ急いだら一本早い電車に乗れてしまった。
待ち合わせにしてた広場についてとりあえずどうしようかとスマホを取り出す。10時集合なのにまだ9時35分である。いつもの感じから言って秤くんは10時ジャストかちょい遅めに現れそうだから、どこかで暇をつぶそうか。まだ駅ビルも開いてないしって少しだけボーッとしたあとで、適当にドラッグストアとかでコスメでも見て時間を潰そうかとスマホをバッグに直した瞬間。
「こんにちはー」
すぐ近くで聞こえた声に、まさか自分だと思わなくて無反応をきめこんでたら
「ちょっとアンケート取ってんすけど、お話伺ってもいいっすかぁ?」
『ぇ』
もしかしてわたし?って顔を上げれば、お兄さんたちが3人目の前に並んでて軽く前を塞がれた状況にマジかって思う。
でもナンパとかじゃないし、アンケートならお仕事だよね?この人達も……協力してあげたほうがいいかな?暇だし。
「待ち合わせ中?すぐ終わるんで」
『ぁ……はい』
こくん、と小さく頷くと露骨に嬉しそうになったので、この人たちも大変だなぁと頭の片隅で適当なことを思う。
「今何歳?」
『16です』
「まじ?高校1年?」
『あ……2年です』
「へぇ!いいねぇ!」
何がいいんだろうか。チラリと1歩下がったところにいるお兄さんを見ればこちらにスマホを向けていて……あれ?
「あ、今撮影してるんだ。動画大丈夫?俺達YouTubeチャンネル持ってて。顔隠すから、ね?」
『はぁ』
不躾な態度にちょっと戸惑いつつ、前のめりな勢いに押されて拒否しきれない。女子高生って聞いた瞬間なんだかぐいぐい来られてる気がする。
まぁ顔隠してくれるならいいかってぼんやりと思って
「知らない?俺達の事見たことない?」なんてのたまうお兄さんに内心知らねぇよ芸能人気取ってんじゃねぇぞと思いつつも『すみません、YouTubeあんまりみないんで』なんて嘘をつく。適当な会話が流れて、アンケートとは?と少し疑問に思いつつチラリと広場の時計をみるとまだ40分過ぎたあたりで、秤くんがくるまでは全然時間がありそうだと認識する。
早く来ないかな……なんて失礼にも目の前のお兄さん方との会話を適当に交わしながら考える。
「待ち合わせだよね?友達?彼氏?」
『ぁ』
"彼氏"って単語にドキリとして、彼氏でいいんだよね?と心臓がばくばくしだす。
『彼氏、です。いちおう』
取ってつけたような一応に
「へぇ!付き合ってどれくらい?」
完全にプライベート情報に、なんであんたたちに教えないといけないんだ。と思いつつも、リアルじゃ誰にも言えないし。ってちょっとだけ浮ついた気持ちが出てきて
『あ、まだ……一週間くらいで』
「えー!!付き合いたて!かわいいッ」
ほっぺたがポッてあつくなる。
「いいじゃん!彼氏どんな子?」
『ぇ』
どんな……ギャンブラーです。とはいえない
どんな……どんな?
『物怖じしないタイプです?』
「なにそれ、おもしろ!みてみたいわ!」
「彼氏かっこいい?芸能人でいえば誰に似てる?」
かっこいい?
かっこ、よくはない、よね?
秤くんの顔を思い出して、うーんと考える。
『かっこ、いいって感じじゃないと思いますけど……似てる人はちょっと思いつかないです』
「かっこよくないん!?うける」
ぜんぜん面白くないけど……うけるの?ポツポツ話す私はきっと本当に面白くないだろうに謎のノリでなおもぐいぐいくるお兄さんにちょっとびっくりする。こういう時……もっとちゃんと適当に楽しい受け答えをできたらいいのに。
「んじゃ、その彼氏とキスした?」
『きッ!』
露骨にニヤついてるお兄さんたちに
あ、この人たちこういう系の人たちかって瞬時に脳が理解する。でもそれに上手に対応できるスキルがなくて、あんまり反応しちゃダメだと思うのに、最近の隙あらばキスしてくる秤くんを思い出して
「あれー、これはしちゃってるやつですねぇ」
恥ずかしい
顔が熱くて、チラリと時計を確認するけど、まだ45分で5分も経ってない!って軽くショックを受ける。
「んじゃエッチは?もうした?」
『え』
なんてことを……聞いてくるんだこの人たちは。カッとしながらも一番穏便に切り上げる方法を考える。でもこんなにライトにサクッと聞いてくるってことは、この人達にとってセックスは普通のことで、高校生でも普通にやってるってこと?
チラリと困惑しながら目の前の人を見るけど、品のなさそうな笑い方に生きてる世界が違うと認識する。この人達にとって普通でも、私にとっては普通じゃない。
じゃあ、秤くんにとっては?
あんなに手馴れてるんだもん
セックスなんてヤり慣れてるに決まってる。
秤くんと、楽しい事だけいっぱいするって決めたのに秤くんはセックスしないと楽しくないのかなって胸が重たくなる。
『ぁ……』
「照れてる?かわいいねぇ」
黙り込んだ私を照れてると判断したのか軽い感じで話しかけてくるけど、そんなこともうどうでもよくて
ああ、私。なにやってても秤くんの事で頭いっぱいだなって自覚して
早く会いたいって思う
秤くんなんか
顔いかついし、別にイケメンじゃないし
眉とか剃り込み入ってるし
髭まで生やしてるし
ピアスもあけてるし
制服もいつも着崩してて
言葉遣いも悪いし
敬語ちゃんと使ってるところとか1回も見たことないし
授業態度も不真面目だし
喧嘩っ早いし
なにしろギャンブル狂いだし
てかそもそも中学で留年するってよっぽどでしょ
好みじゃないところは息を吐く様にいっぱいでてくるし
だからべつに、そんなに好きじゃないって思うのに
秤くんのこと考えてるだけで、なんか胸がいっぱいになっちゃって他のことなんかどうでもよくなっちゃう。
「じゃあさぁ、きみって」執拗く喋りかけてくるこの人達に、そろそろ帰ってもらおうってゆるく息を吸って
「おい」
地を這うような、低い声に
これ、殺気篭ってない?ってくらいピリついた声。
「こいつに何の用?あんたら」
目の前に割って入ってきた背中に
『はかり、くん』
うわ凄い顔してる
後ろからだから顔は少ししか見えないのに、人殺しそう。ってか、すでに1人くらい殺してきたのか?って顔してるのがわかって
チラリとお兄さん達に目をやれば
「ぁ……え」
もごもごと言葉にならない声をだして
「あ?」
追い打ちをかけるようにお腹の底から出したような秤くんの声に
「ぁ、ありがとーございましたぁ」
逃げる様に、後退りしながら散っていって
「なんだあいつら」
ドラマとか、漫画でよくみる。古典的な、ナンパ男から颯爽と(もしくは勇気をだして)助けてくれるヒーローにヒロインがキュンてするシーン。
同じようなシチュエーションに、こんな事あるんだなぁって思って
秤くんは全然ヒーローなんかじゃないし、むしろ個人的にはヒール側だろうって感じだし、顔がいかつすぎて全然爽やかでも何でもない。
だけどそんな秤くんにドキドキしてるだなんて、ちょっと納得行かないのに胸が燃えるようにあつい。
チラリと時計をみると、まだ10時になってなくて。そんなの当たり前なのにちょっと早めに来てくれたんだとかその程度で嬉しく思うなんて本当にどうかしてる。
てか……あの、お兄さんの顔
顔面蒼白ってああいうことを言うのか。顔面蒼白よりひどかったな。なんて失礼ながらなんだかじわじわと面白くて
『ふふッ』
「あ?お前なに笑ってんだよ」
『だって……ふふ、あの人たちめちゃくちゃビビって』
「あんくらい適当にあしらえや」
『なんか、ぐいぐい来るからタイミングわかんなくて』
くすくす笑いながらも返事をする
苛々していた秤くんも、私が変に笑っちゃったから怒気が抜けたのか呆れた声色に変わる。
「押しに弱いにも大概にしとけよ。ナマエ」
『ん』
「そんなんだとすぐ食われるぞ」
それをキミが言うのかって
わたしだってちゃんと食われる人は選んでるし
『大丈夫だよ』
ああ、私。自分で選んで秤くんに食べられてるんだって思って
「おら、行くぞ」
『ん……秤くん、ありがとう』
秤くんに食べて欲しいだなんて
ああもう
キュッて握られた右手をみて、顔が熱い
『けっこうまわったね』
「おー」
手を握ったり、離れたり
繰り返しながらお店に入ったりして少しだけドキドキも落ち着いてきた。
秤くんは私が意見を求めると「試着してこいよ」とか「こっちのが色が似合う」とか中々に発言してくれた。おしゃれが好きみたいで、うだうだ悩んで時間がかかっても意外にもそれを咎めることはしなかった。
お昼には行きたかった洋食屋さんにもいけて、大満足である。意地悪して秤くんに似合わなさそうなオシャレなカフェに行って見ようかとも思ったけど、きっと笑っちゃってご飯どころじゃなさそうだからそれはやめた。
ふとした時に、秤くんとわたしって恋人同士に見えてるのかなって思って曇り一つないお店のガラスに二人が映るたびに、でも他人からみても系統全然違うよねって少し考える。大きめのパーカーにダボッとしたパンツの秤くんは、Theいつもの秤くん。て感じだし私はきれいめだし、もう少しカジュアルな感じにしたらよかったかな?とか無駄に考える。
今日回った中にあった秤くんが見てた服はやっぱり緩い系?なに、ストリート系?ちょっとわかんないけど、あんなかんじで……店員さんもいかつめお洒落人間みたいな人だった。
『秤くんは女の子の服だとどんな感じのが好き?』なんて何でも無いふうに聞いたけど「ナマエはああいうの似合いそうだな」なんて答えを返されて、それに対してどういうふうに解釈したらいいかわからなかった。"ああいうの"が私が好きな可愛いと綺麗めのバランスがちょうどいいブランドだったから……それ自体は嬉しかったけど。なんだかいろいろ考えてる自分が、凄い面倒くさいヤツなんじゃないかって思えて仕方がない。
お目当てだったランジェリーショップでの買い物はなんとか秤くんと別行動する流れを作って無事に達成できた。久しぶりにフィッティングしてもらったらカップ数あがってて、そして調子に乗って3セットも購入してしまった。
待ち合わせ場所でナチュラルにショップバッグを持ってくれようとする秤くんのさに、さすがにランジェリーショップの紙袋を持たせるのは恥ずかしくてやんわりと断った。
意外にも紳士な振る舞いをちょいちょい挟んでくる秤くんにどうしたらいいかわからなくて、こんなの意識しないほうが無理だ。
ヤンキーがいいことしたらギャップ感じていい人に感じる理論
もともと真面目に生きてる私からしたら、最初から真面目に良い行いをしてる人が一番素晴らしいに決まってるでしょ。マイナスがゼロになった程度でなにを……て若干憤りすらあったのに
いざ目の前に並べられるとどんどん秤くんって彼氏としてイイかも。だなんて本当にチョロすぎて嫌になる。
意外に優しいし……"意外"なのが問題なのに、なんでか魅力に思うなんてどうかしてる。でもみんなにいい顔して、みんなに優しいより
特別な優しさをくれる方が嬉しいし、ばっさりはっきりした言動が見えにくい優しさだったりもするわけで。なんてこうやってまた秤くんのこと"好きかも"だなんてどんどん積み重なってる。
そうこうしてたら、夕方になってめちゃくちゃ長い事練り歩いたなぁと……さすがに足がつかれてきた。"デート"が終わるのは名残惜しい気もするけど、でも帰る場所一緒だから寂しくはないからよかった。もうそろそろ帰るのかな?ってチラリと秤くんの方を見る。
「ナマエなんか食いたいもんある?」
『ぇ』
晩御飯も食べて帰るんだって思って口元緩みそうなのを抑えて
でもちょっと、ダラッとお喋りしたいなぁ。なんて思う
だって秤くんのこと知らないことのほうが多いし。
気兼ねなく、時間を過ごせるとこ。ファミレスとかかな?あ!!
『マクドナルドいきたいッ!』
「は?」
『ぁ……だめ?』
まじかこいつみたいな目で見られてしまって、でもだって
『あんまり、食べたことないから。いってみたいなぁって』
「は?」
地元は生活圏にマクドナルドなかったし、高専きてからもファミレスはいってもマクドナルドはあんまり行ってなくて
そもそも友達いないし、同学年でも秤くんとも綺羅羅ともわざわざご飯一緒に行く!とかあんまりなかったし
だから行ってみたいなぁって
『晩御飯マクドナルドとか、なんか背徳感すごいし!』
「……そうか?」
『ぅ、その、別に普通にレストランでもいいです。もちろん』
やらかしたって思って恥ずかしくなる
「まぁ、いいぜ。別にマックで」
『ほんと?』
「ん、そのへんあんだろ」
『ありがとう』
本当にちょっと適当に歩いただけでマクドナルドを見つけて二人で入る。
まだ5時前の微妙な時間なのに、店内はガヤガヤ慌ただしく賑わっている。
メニューなにがあるんだろって秤くんの後ろからレジの上のメニュー表?を見上げるけど季節限定のやつ以外わからなくて
「ナマエ何食う?」
『秤くんは?』
「あー、季節限定かビッグマック」
『私じゃあ季節限定のにするから、秤くんビッグマックにする?』
「あ?」
あ……シェアするの嫌いなタイプだったかなってちょっと焦って
「いいのか?」
『ん、秤くんが嫌じゃないなら』
「あ?嫌とかねぇだろ。じゃあ頼むわ」
『お願いします』
ちょうど順番が来たから秤くんが頼んでるのを後ろから眺める。「席とっとくね!」と言いながら階段を駆け上がって行った女の子に、しまったそういう手があったのか。と思って。結構人多いから空いてなかったらどうしようと監視カメラ?の映像をじーっとみて座れそうか確認していると
「持ち帰りで」
『ぇ』
秤くん?持ち帰り?え、お持ち帰りなの?
私がぽかんとしてる間に、季節限定のバーガーを2つとも買って、ビッグマックも買って
ポテトも飲み物もLにしてて、ついでにナゲットも。なんて、お祭りみたいな量を買い込んでいる。
え、それを持って帰るの?
頭の中で疑問が渦巻いてる私をお会計が終わった秤くんが身体で押して列からズレる。
『ねぇ……秤くん』
「ん?」
『お持ち帰りなの?』
「んーゆっくり食いてぇだろ?」
『ぇ、あ、うん』
それはそうだけど、ここ最寄り駅でも何でもないのに?これ持って電車乗るの?え?て戸惑いが大きくて
スマホを弄りながら露骨に適当に返事をした秤くんに、ちゃんと確認しようって思った瞬間に呼び出されて
「こっちもって」
『あ!うん』
全然重くないちっこい袋を持たされて
歩き出した秤くんの後をあわてて追う。
迷い無く歩く秤くんに、このままやっぱり帰るの?そんなわけないよね?なんて思っていると
駅の改札とは違う方に向く足に
え
え?
大人しくついていく先に
『ぁ、の……秤くん?』
「ん?」
『その、ここ……え?』
「ナマエはじめて?」
『ぇッ!』
当たり前じゃんって言いたいけど、それどころじゃなくて言葉が出ない
だって
ここ
「ゆっくりしよーぜ」
ラブホテル。だよね?
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