女の園の星

5


「いやぁ、一週間終わったぁ」

小林くんとのご飯は継続して続いていて
週に1回だったのに、最近はたまに2回になる。
忙しいだろうに、きっとよっぽど一人でのご飯に飽きたに違いない。


『期末試験かぁ、懐かしすぎて覚えてない』

「もう試験問題も作成したし。部活もないし」

そうか、先生はこの時期はまだ休めるのかな?でも試験が終わったら丸つけがきっと大変だろうな。
数学なんて余計に大変そうだな。
おしぼりで手を拭きながらメニューを小林くんと一緒に覗き込む。


「て、ことで俺は今日飲みます」

『お』

「明日も部活休みだからなぁ」

だから好きなだけ飲む!と意気込みながら小林くんは煙草に火をつけた。

「苗字さんも飲んで」

『うん』

明日は私もお休みなので、思う存分飲める。
はじめて二人でお酒を飲めるんだってそれだけでちょっと嬉しくなって
思わず露骨にるんるんしながらドリンクメニューを見る。
気になっていた日本酒をのむぞ!と顔が緩むのを止められない。


好きになることはない。と結論づけたものの
やっぱり小林くんの小さな仕草にもいちいち反応してしまう。
煙草もそこまでずっと吸ってるわけじゃないみたいだし。とか擁護するような事さえ思って、でもでもと頭で否定し続ける。

煙草よりなにより、結婚願望がないのが問題なのに


うん。大丈夫。

まだ好きじゃない。





アジの刺し身を食べながら、次に頼む日本酒をどうするかメニューを眺める。

『小林くんまだ飲む?』

「のむのむー。苗字さん酒強いね」

『んー、まぁぼちぼちかなぁ?小林くんも全然酔わないね』

「そんなことないよ?」

見る限り小林くんは顔色も変わってない。涼しい顔で日本酒をクイッと飲んでいる。
私も基本そこまで顔には出ない。少しだけほっぺたが赤くなる程度だ。
あとは楽しくなるくらい。常にヘラヘラしてる気がする。
それがずっと緩く続く感じ。
それ以上浴びるほど飲んだらどうなるかはわからないけれど、今まで問題はなかったからそんなに変な酒癖はないはずだ。

『どれがいいかな?』

「あー、これかこれ?」

『じゃあこっちにしよ!』

すみませーんと小林くんが店員さんを呼ぶ。
注文の間もこれも飲んでみたいなーなんて眺める。

「苗字さん日本酒好き?」

『こんなに飲んだのは初めてかなぁ。せっかくあるなら飲んでみたいなって』

「普段は?飲まないの?」

『家では飲まないから、せっかく外で飲む機会があるなら飲んじゃえ!て感じかな?日本酒とかワインとかご飯にあわせて飲む感じかな』

昔はそれこそ甘い系ばっかり飲んでたけれど
ご飯にお金を出せるような歳になると、それに合うと言われるお酒は飲んでみたい。と思うようになった。

だから今日は日本酒の日だ


『おいしい。これ一番好きかも』

「おー、わかる。うまいなこれ、どこのやつ?」

流石にちょっとぽわぽわする。小林くんがかわらないテンションで飲んでるから、自分が結構飲んでることを忘れそうになる。
危ない危ない。

「苗字さんは、外食あんまり行かないんだっけ」

『うん。ほとんど行かないよ』

「……じゃあ、俺とだけ?」


正面の小林くんと目が合う
ニヤニヤ笑いやがってどうせ私は友達少ないよ


『うん』


職場は皆プライベート重視派なので納涼会と忘年会以外は基本的に飲み会はない。たまにランチに誘われて行くことがある程度だ。
小林くんが誘ってくれなかったら、ずっと家にいるはずだ。

『他にご飯いく友達いないし』

「そうなの?」

『皆結婚してるか、恋人いるしねぇ』

「あー、なるほど」


小林くんがわかるわかる。と頷く。

「苗字さんは、彼氏ほしい?」

『へ』


まぁ、何ということでしょう。

他の男の人に聞かれたら、もしかしたら探られてるのかな?ストレートに聞くタイプかとか思うけれども
相手は小林くんだ。これは世間話の一種でしかない。

『欲しいよー、結婚もしたいし』

自分で自分に杭を刺した。

そう、私は結婚したいのだ。だから結婚願望がない人を好きになれない。

なるべくライトな感じでヘラッと小林くんに告げる。

「そかそか、気になる人もいないの?」

『あー……そうだねぇ。いない、よ』

変な間が出来てしまったことに自分でびっくりする。気になる人か。
小林くんは気になる人に該当するのだろうか、いや違うはずだ。

『んー、だから出会うために外に出ないとなぁって』

「職場は?」

『男の人もいるけど、私職場恋愛多分無理なんだよね。仕事に集中してるし』

「なるほど」



『小林くんは結婚願望ないんだっけ?』

あくまにライトに

「うんー。ないね」


ほら、だからダメだ。


「今さら他人と暮らすとか無理だし」

『へ……』


日本酒を飲んでいた手が止まる。


「苗字さん?」

『た、たしかに』

「へ?」

私だって高校を卒業してからずっと独り暮らしだ。
結婚したいのだって、子供欲しいならそろそろしないと年齢的に。とかそういう所で危機感を抱いているって感じで
今は別に一人が寂しいとかは思わない。人肌恋しい時はあるけれど、でもそこまでではないし

てか、休みの日なんかずっと寝ててダラダラしててお腹空いたらポテチとかご飯代わりに食べたりしてるし
部屋着なんか未だに高校の体操服使ってるし。そう思えばあれってめちゃくちゃ丈夫だな。

そっか、人と住んだら
そういうの改めないといけないのか

『わ、わたしも無理かもしれない』

「え、そうなの?」

『だって、休みの日なんかずっとダラダラしてるし』

なんかだんだん無理な気がしてきた
こんなだらしない女需要ない気がする。でもそれを改められるのか謎だ。
今から気を使わなくてもいいような相手に巡り会えるかわからない

『結婚むりかも……』

「そもそもなんで結婚したいの?」

『へ?……あー、子供ほしいし?』

「……苗字さん子供好きなんだ」

『いや、子供は苦手なんだけど』

「え」

小林くんの顔が少し歪む
自分でもわかってる。子供は苦手だ。
だって動きが予想できないし、周りに子供がいないから未知の生物過ぎて怖い。
他人の子供とか可愛いと思わない。むしろ距離を取りたいくらいだ。

でも子供は欲しい

『えっと、なけなしの母性が悲鳴をあげてるのかも?』

「………そうか」


小林くんが私から目をそらして日本酒を飲んだ。
合わせて私もグビッとグラスに残っていた日本酒を飲み干した。


ああもう終わった。
でもこれでよかったのだ。シラフでこんな話小林くんにできやしない。


誰か一人くらい愛して、愛されたいだなんて奥底の願望は酔ってても表に出せなかった。


子供が欲しい明確な理由なんてない。
愛する人とその人の子供と穏やかな生活を送りたい。そんなぼんやりとしたイメージを現実にしたいだけ。



あそこからなんとか持ち直して?至って普通の世間話を繰り返した。
休みの日いかにボーッとしてるか。とかそんなしょうもない話をしていたら
さっきの少しだけ重い空気もなかったみたいになって
ふわふわと楽しい気分だけが残った。

ふと時間が気になってスマホの待ち受けで確認する。

『小林くん、帰り電車だよね?終電なんじ?』

まだ終電には余裕があるけど、一応把握しとくことに超したことはない。

「あー、終電逃したらタクシーで帰るから気にしなくていいよ」

なんとまぁ太っ腹な

「時間気にして飲むの好きじゃないし。せっかく苗字さんと飲んでるし」


ああ、小林くんの垂れ目がさらに柔らかく下がる


やめてやめて


ぐっと奥歯を噛んで込み上げてきそうな何かに耐える。

でもそんなふうに言われて嬉しくないわけがない。
私だって時間を気にせずに小林くんといたい。

せっかくお酒飲める日なんだもん。
もっと一緒にいたいな
このふわふわした時間がずっと続けばいいのに


『もううちに泊まったらいいのに』

そしたら時間も何も気にしなくていい。
ポロッとふわふわした頭で思ったことが口から出た。

一瞬だけ小林くんの表情が固まって

それをみて脳みそがゆるゆると動き出す。
あの表情はどういう感情だ?
でもだって泊まったらよくない?べつに、お布団も予備のやつあるし。ベッドの横に敷けばいいんだもん。うん。


「え、いいの?」

『いいよ?お布団もあるし?あ、でも服とかないか』

「それはまぁ、ちょっと車寄ったら大丈夫だけど」

ああ、先生だから予備のジャージとか置いてるのかな?バレー部顧問だし?

『ならいいじゃん』

少し考える素振りをした小林くんが
「ならお願いしようかな」と目を細めた。





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