女の園の星

ももいろ両想い


オチとか、ないです。
季節ネタ。むちゃ短いお話




「もも……」

「おっ!小林先生どうぞどうぞ。あ!星先生もどうぞ、お子さん桃好き?」

「あ、じゃあ1個いいですか?」

「一個と言わずもっといいですよ」

「いえ、電車なのであまりいただいてもアレなので」

「そうですかぁ」


つい先週『ももの季節がきました!』と満面の笑みで食後に桃を出してきた名前を思い出して、思わず甘い香りを放って箱にゴロゴロと入った桃に見入ってしまう。
「妻の実家から送られてきて、ほら僕のところはもう子供も家を出てるし二人じゃ食べ切れなくてねぇ。よかったら貰ってもらって」ここ数年この時期になるとそういって職員室の一角に桃の箱が置かれ、甘い香りに包まれる。
いままではチラリと目線をやるだけで特に果物を食べる習慣がない独身男の俺はスルーしていた。

それがどうだ

桃を見るだけで名前の笑顔を思い出して、きっとこの桃を差し出せば『やったぁ!』と笑う名前が安易に想像できる。
無意識に口元が緩んでいたのに気づいてキュッと口に力を入れる。

「俺ももらっていいですか?」






がさりと袋に入った桃を眺めて
キッチンで一人立ち尽くす。

今日は俺のほうが帰りが早いので適当に晩御飯を作る予定にしてた。
とりあえずハヤシライスの完成の目処が立ち、食後にすぐ食べれるように今のうちに桃も切ってしまおうと思ったのだが

「桃ってどう剥くんだ?」

果物を食べる習慣がない独身男出身なもんで、いかんせんよくわからない。
とりあえずすぐ出てくるだろうとテーブルに雑に置いていたスマホを取りにいって検索をかける。

熱湯をかける?沸かすの面倒だ、次

正解がすぐに出てくると思ったのに、どうやらこのご時世なのにも関わらず桃のむきかたの最適化はされてないようだ。
ふざけるなよ。面倒が過ぎる……。もう既に若干ぐったりしつつ
まぁとりあえずやってみるかと、何個かみた剥き方で簡単そうなやつを頭に雑にインプットして再度キッチンへと足を踏み入れる。

真ん中に切り込みを入れて……とりあえずアボカド的な容量でぐりって回すんだっけ?雑にインプットした情報を小出しにしながら手を動かすと

「あ、つぶれた」

桃、恐るべし繊細さ

僅かに指先が桃に埋もれてため息が出る。すでに手がベタベタだ。
ああだからネット上にあんなにも桃の向き方が何通りも転がっているのだなと変に納得した。
先週何でもないように桃を笑って出していた名前を思い出して、普段から料理して果物を嗜んでる人間は違うなと思い至る。
だがしかしここで諦めるわけにはいかない。名前の笑顔のため。いや、もはや単なる意地なのだが……
もう二度と桃の皮なんぞ剥くか。と思いながら薄い皮をベタベタの指先で慎重に剥がしながら桃に挑む。






『おなかいっぱいー』

にこにこしながらお腹をさする名前を肘をつきながら眺めて『美味しかったありがとう!』と皿を持って立ち上がる名前に声をかける。

「桃たべる?」

『え』

ぐりんと大袈裟に振り向いた名前に笑いが溢れて

『桃あるの?やー!嬉しい!』

小躍りでもしそうな勢いで名前が皿を食洗機に入れた。

「冷蔵庫にはいってる」

『えー……へへ。やったぁ』

予想通りとも言える、明らかにうきうきした声を聞きながら微笑ましくなる。
パタッと冷蔵庫のドアを開ける音が聞こえる。


『けい、じ』

「ん?」

『も、もも』

「ん?」


皿に乗った桃を大事そうに運びながらこちらに歩み寄ってくる名前。

『皮剥いてくれたの?』


パァァ

まさしくそんな感じの表情。キラキラと星が飛び交っているように感激している名前をみて、思っていた以上の反応に一瞬だけフリーズする。
こんな感じのLINEスタンプあったよな。なんて思いながらこんなに喜んでもらえるなら、あの苦労もしがいがあったな。

『美味しいねぇ』

明らかに桃を食べれること以上の喜びを噛み締めている名前に少し疑問がわく。

「なに?そんなに桃好きだった?」

『えぇー、だって慶二桃むいてくれてたから』

「え?」

『うれしくて』

そっち?だなんてちょっと意表を突かれて。てか俺桃の皮剥かない男だと思われてる?え?どういうことだ?晩御飯だってたまに作ってるのに

『桃の皮剥いてもらえるのって、愛じゃない?』

こいつ、変なこと言い出したな。と脳が一応名前の発言を処理し始める。

『桃ってさぁ、皮むくのめちゃくちゃ面倒くさくない?』

「あ?あー。まぁ、たしかに」

それは痛いくらいに痛感した。ベトベトの指と桃の繊細さを思い出して少しだけげんなりする。
さすがに名前でも面倒だと思ってたんだな。

『ふふ、だから桃の皮剥いてあげれるのってよっぽど好きな人にじゃないと剥いてあげよう!て思わないもん』

だから"愛"なんだよ。って少し恥ずかしそうに名前が笑って言った。


「でも名前一人の時もよく桃買って食べてたんだろ?剥くの慣れてるんじゃないのか?」

剥き方どうしてるんだろう。名前は皮を向くためだけにわざわざお湯を沸かすほどのタイプには思えないけど

『えー、一人の時は皮剥かないで食べてた』

「は?」

剥かない?は?

『……あの、ふわふわの産毛みたいなのキュッキュッて洗ったら取れるんだよ。だからそのままかぶりついてた』

「わ、ワイルドだな」

思っていたよりだいぶ斜め上の返答に思わず言葉が詰まる。

『わかってるよ、私だって桃の皮剥いたほうが美味しいってことくらい。でも自分ひとりの為に桃の皮を剥くのは重労働なのだよ。だから愛がないと無理なんだよ』


ニカッと目を細めて名前はいたずらっぽく笑った


『わたし慶二に愛されてるなぁって思って』



それはつまり


あの時、何気なく出してくれた綺麗に剥かれた桃は


名前の愛だったんだと



『おいしいね』

「ああ」



子供みたいに適当なものなのに、名前の持論がなぜがじわじわと胸をくすぐる。

やばい、なんか


名前が
めちゃくちゃ好きだ


「また剥いてやるよ」

『え!ふふ。私愛されてる』

「もちろん」


普段返さない返答に名前がふにゃりと蕩けたように笑って


ああもう


どこもかしこも

あまい








※久しぶりの更新で申し訳ないです!
プロポーズ小林先生目線を描いてたら、なんかこれ、読みたいか?て疑問が出てきてストップしてたらこんな、お久しぶりに。
とりあえず桃剥くたびに小林先生のこと思い出す呪いを皆さんにかけれたら幸いです。

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