女の園の星

2


「苗字さんはなんの仕事してるんだっけ?」

『あー、今はヘアケア商品の開発してるよ。シャンプーとか』

「へー!なるほど」


あの後思わず熱に浮かされそうになった時
大学の同期数名にバルコニーを発見された。
二次会もそろそろお開きのタイミングで
みんな考えることは同じらしい「腹減った」の一言でそのままわいわいと居酒屋に流れ込んだ。

肩にかけていたジャケットをみて、ニヤニヤと堪えきれない笑みを溢していた友人が憎い。
自分のトレンチコートを羽織る為に小林くんにジャケットを返したあの瞬間。
離したくないなんて、久しぶりな他人の温もりに縋りたくなった自分が恐ろしい。


もはや誰でもいいのか自分。


居酒屋に入ると掘りごたつの座敷に通された。掘りごたつバンザイ。
久しぶりに学生時代の子らと話す。ましてや顔見知りだけれど初めて話す人も多いからそうなれば必然的に
もっぱら仕事の話になる。
この時間まで飲み歩くようなメンバーで子持ちは少ない。


「結婚いいなぁ……」

完全に酔ってるなこの人。
斜め前に座っていたメンズが急に脈絡のない欲望をぶっこんできて、一瞬だけ空気が止まる。

「嫁さん若かったなぁ」

「いいなぁ、若い嫁」

「なにそれ」

やっぱり若いほうがいいのね。
興味がないフリをしてタコの唐揚げを口に放り込む。あー、めっちゃ美味しい。
そしてごくりと日本酒をあおる。

「はぁ、彼女ほしい」

「え?あの保育士の子は?」

「とっくに別れたよー。はぁ。仕事と家の往復で出会いなんかないし」

わかる……婚活サイトみたいな所に登録したけれど、実際会うのは労力がいる。休みの日は休みたいのに婚活は気を使うし仕事みたいで疲れる。
でも結婚したいんなら行動しないといけないのは当たり前過ぎてそれが辛い。

実際は物語みたいにひょんな事から出会いなんてないのだ。


無心でホッケの身をほぐす。あ、めっちゃキレイに取れた。

「俺もだよ。彼女欲しくても残業ひどすぎるし、残業し過ぎて繰り越しされてるんだけどやばない?」

「まじか」

「まぁ、残業代しっかり出るからいいんだけど」

忙しくて出会いもないよね。

困ったように笑いながら話す高野瀬くんはシステムエンジニアらしい。残業代でる。彼は温和な感じが出てて優しそうだし、大学時代に彼女を取っ替え引っ替えしてたイメージも特にない。

「苗字さんは?彼氏いるの?」

『いないよ、私も仕事が忙しくて』

「そっかぁ皆大変だよなぁ」

「高野瀬はガッツリ稼いでるんだからいいだろ?」

「お金があっても出会いないからなぁ」

ニヤニヤしながら小林くんが参戦してきて、この流れで小林くんの彼女の有無がわかるかもしれない。だなんて

「小林はいいよなー、女子高生に囲まれて」

「夢みすぎだろ。あいつらにいいことなんて無いぞ」

「告白されたりしないの?」

「絶対ないわ。あいつら教師をネタとしか思ってないからな」

女子高生か……毎日若い女子を見てたら私なんてきっとおばさんよね。
高校教師も大変だろう。

「んなこといって、卒業生とかと結婚しそうだよなぁ。ずりぃ」

「ないわ」

「小林結婚願望ないもんな」

「まぁなぁ」


スッと心臓が冷たくなった。

そっか、結婚願望ないのか。それはよかった。先に知れて。これ程いいことなんかない。
だからそもそも私は喫煙者は恋愛対象外なのだ。

そう、だから小林くんは恋愛対象外。


そろそろお開きだねーと。ダラダラ飲み続けていたこの会も終わる。
ゆっくりと掘りごたつから抜けて手にしていたサテンの手提げからぺたんこのパンプスを取り出す。
うん。もう帰るだけだよ?でもねもう一回あのヒールを履くなんて私には無理なんです。

丁寧にスカートの裾を手で抑えて屈む。
あーめんどくさい、私も男子みたいに股開いて靴が履きたい。
通勤でも使っているぺたんこのパンプスに足を通して隣の無駄に細くて高いヒールのパンプスを手に取る。

「あれ?苗字さん靴履き替えるの?」

『うん。足痛いし』

「名前準備良すぎ」

女子力なんて知ったことではない。
よちよち歩くくらいならローヒールで颯爽と帰りたい。
ヒールに慣れようとは微塵も思わない。

「そっか、ヒール痛そうだもんなぁ」

高野瀬くんが優しく笑う。
わかってくれる男子なんて貴重じゃない?やっぱめっちゃいいかも。
彼女なし、高収入システムエンジニア。うん。ちょっと連絡先でも……


「苗字さんて結構身長低いんだね。かわいい」


おい、ちょっとまて


「なんか、ヒール履いてた子が脱いだ瞬間身長低くなるのいいよね。ギャップかな?」

高野瀬くんがふにゃっと笑う


か、かわいい…?

ちょ。あ、や、やっぱり連絡先



「ほら、店しまるぞー。でろでろ」

「小林、今のめっちゃ先生っぽい」

「うるせぇ」

小林くんの言葉で慌てて私達は外に出た。
ガヤガヤと週末の繁華街は終電間近なのに騒がしい。


高野瀬くんに連絡先を聞いてもいいだろうか。いや、でもなんて聞くの?
独り者同士仲良くしよー。とか?いや、私そんなフランクじゃないし。
あからさますぎる?でももう正直変に駆け引きめいた事をしてる余裕もない。
無理なら次に行かないといけないし、なんなら別に高野瀬くんの同僚とか適当な人を紹介してほしい。

こんな考えだから駄目なのかな。
でもだって、こっちは選り好みしてるつもりなどない。本当に出会いがないのだ。
だからこれを逃せばまた気づけば年単位で時が過ぎるに違いない。

よ、よし!
高野瀬くんに話しかけ


「苗字さんも駅あっち?」

『え、あ、うん。そうなの』



小林くん、あなた結婚願望ないならこっちに来ないで。お願いだから。


だなんて言えるはずもなく
チラリと前を歩く高野瀬くんを盗み見しながら小林くんの隣を歩く。



『高校ってどこの?』

「んー?成森女子」

『ぇ』

「女子校だよー」

『私住んでるとこ近いよ』

「……まじ?」

『うん』

あの駅は快速がとまるから会社にも行きやすいし、家賃もそこまで高くなかった。

「苗字さんって、仕事何時に終わる?」

『ぁ、6時か7時かな』

「じゃあよかったら晩飯とか行こうよ」

コテッと首を傾げて目を細める小林くんを見つめる。
いまいち本心かもわからない笑顔なのに、どうにも色気がまじってておかしいかな何だか胸がざわざわする。
泣きぼくろって本当にチャームポイントなんだなって私はそんなどうでもいいことを考えて


『そうだね』

きっと社交辞令だ。

そうでなければ、彼は私をどうしたいのだ。きっと飲み友達が欲しいのだ。
そうだ、他意はない。


お互いに。





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