ツルネ

6


「名前ちゃんね、おっけー。ここ座りなよ」

『ぁ、はい』

リビングのダイニングチェアに座っている小野木くんのお姉様にご挨拶して

言われるがままに正面の椅子に座る

やはりというか「私が受験勉強にいそしんでる間に彼女家に連れ込むとかありえないッ!」「彼女じゃねーよ!」「彼女じゃないのに部屋に連れ込むほうがもっと無いわッ!!」「だからッ」なんて大声で言い合う声が聞こえてきて

これは挨拶しないと、でもタイミングわかんないって
音を消してドアを少し開けたまま様子をうかがっていると

「あれ?美波姉なんでいるの?」の七緒くんの声が聞こえてホッとした。

事情をお姉様に説明しつつ「名前さん上で困ってるんじゃない?」の一声で私もリビングに集合となった。


「で、弓道部の先輩なんだっけ」

『はい、2年です』

「1年だけだと思ってた」

『2年生私だけなんで、男子は1年生だけですし』

「ふーん」

アイスを食べながらスマホをタップしつつ私に話しかけてくるお姉様は2番目のお姉様らしい。
たしかに、小野木くんと雰囲気が似てるかも。

「あ、俺もアイス食べよーっと」

「名前ちゃんにもとってあげてー」

「んー!かっちゃん何味食べる?」

「あ?」

七緒くんが勝手知ったる感じで人の家の冷蔵庫からアイスをナチュラルに取り出す。
その様子に従兄弟同士でこんだけ距離近いの凄いな。本当にずっと一緒に育ってきたんだなぁと実感した。そりゃ仲もいいよね。なんて思って

七緒くんから差し出されたアイスに固まっていると小野木くんが2つ受け取って、オレンジとグレープの2つを「ん」と差し出してきた。

「どっち?」

『あ……えっと。どっちでもいいよ』

「んじゃ」

『ありがとうございます』

差し出されたグレープのアイスを受け取る。



「若様部活で迷惑かけてない?」

「あ?かけてねーし」

「若様問題ばっか起こしてんじゃん。なんかあったらナオに言ってね名前ちゃん」

『あ』

「んで七緒なんだよ」

少し苛ついた雰囲気の小野木くんに、お姉さんの前だとこんな感じなんだ。とか

てか"若様"って呼ばれてるん?

可愛すぎなんだけど

あれだよね?末っ子の男の子で甘やかされてるってことで若様なんだよね?多分。やばい。面白すぎる。
プイッとそっぽを向いている小野木くんがかわいくて

『海斗くんはいつも真っ直ぐで、だから弓道部の皆をぐいぐい引っ張っていってくれてます』

「そうなの?」

チラリと小野木くんをみれば、目線を下にして口に力が入っている。
え、小野木くん照れてる?

『わたしも、海斗くんにいつも助けてもらってて。頼りにしてます』

「へー!やるじゃん海斗くんッ」

「うっせー!」

仲のいいやり取りに姉と弟だなって感じがしてちょっと微笑ましい。
てか咄嗟に海斗くんって名前で呼んじゃったけど。不自然じゃなかったよね?だって小野木くんの家族に小野木くんって言うの変だよね?海斗くんでよかったよね?って
なんか粗相してないよね?て心臓がばくばくだ。
溶けないうちに。とパクッとアイスを口に入れた。


「んじゃ、私勉強するから部屋行くわ!名前ちゃんごゆっくりー」

『はいッ』

アイスの棒をゴミ箱に捨てるために立ち上がって、そのままお姉さんは階段を登っていった。

「まさか美波姉が帰ってくるとは」

「ほんと……一番うるさいのに」

小声で繰り出される会話に少しだけ場が和む。

「ルーシーは?」

「あ?ニ階じゃね?」

「なら二階いく?」

「そだな」

七緒くんがアイスを食べ終わって、ゆっくり椅子から立ち上がる。
私ももう終わるなーと最後の一口を含んだ瞬間


ガチャリと玄関から音がして


一難去ってまた一難



「あらー、本当に彼女がいる」

『は、はじめましてッ、すみませんお邪魔してます』

「いいのいいのー!名前ちゃんよね?海斗の母です」

な、名前もう知られてる!?

『はい、苗字名前と申します』

死にそう

友達の家すらそんなに遊びに行ったことがないから
友達の親にすら挨拶する機会はそんなにないのに
小野木くんの親って……き、きんちょうする

「海斗がいつもお世話になってます」

『いえっこちらこそ!海斗くんしっかりしてるので、いつも頼りにしてます』

こんな感じの受け答えでよかったっけ?失礼じゃないよね?と目が回りそう

「七緒も一緒に勉強すっから」

「はいはーい、名前ちゃんゆっくりしていってね」

『はい、ありがとうございます』


小野木くんに促されて、ぺこぺこしながら階段を上がる。部屋に入ると一気に力が抜ける。

『き……きんちょうした』

「名前さんお疲れ様ー!」

「別にそんな緊張することないだろ」

『だってぇ』

もはや半泣きで小野木くんに抗議しようとしたものの、何て言うの?好きな人の家族なんだから緊張するよって言えるわけない

『ひ、ひとみしりだし』

「へー!人見知りなんだ。名前さん」

嘘は言ってない

「ほんとよく弓道部はいったよね」

『たしかに』

それは自覚してる

『緊張したぁ、ルーシーちゃん癒しておくれ』

小野木くんの足元ですりすりするルーシーに癒やされてやっと心が落ち着く。

「んじゃ、レポートみせてもらっていいですか?」

『あ!うん!!』

すっかり忘れていたレポートの存在を思い出して
スマホを受け取った七緒くんが躊躇いもなくベッドに座り。本当に仲いいなぁとそれを見て思った。

「名前さんこれ」

『わ!ありがとう』

小野木くんに手渡されたフワフワの毛がついた猫じゃらしにさっそくルーシーが反応して、前足で猫パンチを繰り出してくる。
ルーシーと戯れる私の隣に小野木くんが座って

なんかそれだけのことなのに
なんでこんなに嬉しいんだろうって

さっきまで好きな気持ちを辞めないといけないのかな?なんて思ってたのに

小野木くんの胡座をかいてる膝と
私の横座りしてる膝が
当たりそうなくらいに近くて

電車だって隣に座るから身体が当たることもあるのに
その時の非じゃないくらいドキドキして

なんかもう顔が熱い









『あのッありがとうね』

「いや、遅くなったの俺らのせいなんで」

小野木くんが家まで送ってくれると言うので、お言葉に甘えて送ってもらうことにした。というか、送ってもらわないと小野木くんが女衆から袋叩きにあうことは目に見えていたので、素直にお願いした。

『ほんとに、なんかごめんね。ご飯まで』

「それはこっちも無理矢理すみません」

思い出すだけで緊張がぶりかえしてくる。

「ご飯食べていくわよね?」からの「彼女来てるっていうから、はやめに帰ってきてご飯多めに準備したの……迷惑じゃなかったら食べていって」なんて言われたら、断るなんて出来なかった。『彼女じゃなくて本当申し訳ないです』とは謝ったけども……。美波さんがLINEで「若様の彼女が家にいる。名前ちゃんて子」と家族にご丁寧に拡散したらしい。
上のお姉様まで「かーくんの彼女帰っちゃった?」なんてリビングに入るなり言っていた。本当……彼女じゃなくてごめんなさい。
七緒くんの妹まで来るとか言いだして、さすがに私のメンタルが持たなかったので妹ちゃんが来る前に退散することにした。
「おそくなったら悪いから」って小野木くんの一言で帰ることになって

そしてこうして小野木くんに夜道を送られている。いやもう、本当に死にそうだった。美味しかったのはわかったけど、厳密に味とか緊張し過ぎてわかんなかった……。


小野木くんが自転車を押しながらゆっくり車道側を歩いて、その隣を歩く。
歩いて20分ほどの距離だったので思っていたより家は近いみたいで


晩ごはんのこととか、お姉様のこととかルーシーのこととか話してたらあっという間に家の近くまで来た。

『あついのに、本当にありがとうね』

「いや、そっちこそ。ありがとうございました」

『コンビニで冷たいお茶とか買う?』

「あ……あー。そうっすね」

『んじゃちょっと行こっか』

家に一番近いコンビニに寄り道して小野木くんが選んだお茶を手にとってお会計をすませる。

「いいんすか」

『うんッ!ありがとう』

「んじゃ、あざす」

しばらくペットボトルを見つめていた小野木くんが、ゆっくり蓋を開けてゴクリとお茶を飲んだ。上下に動く喉仏に、釣られてのどが渇いてきて、私も帰ったらお茶のもう。氷いっぱいいれよう

『もうすぐそこだから、ここでいいよ』

「え」

『あそこ、すぐ裏だから。あの白い屋根みえてるとこ』

「ああ」

本当に近いから、大丈夫だよって笑ってみせる。

『小野木くんありがとうね。また明日ね』

「あ」

『ん?』


バイバイの雰囲気だったから、別れを切り出したのに
小野木くんが口を開いて
咄嗟にあの予想した言葉が頭をよぎる

"俺のこと好きなんすか"

サッと心臓が冷たくなって

なんで忘れてたんだろうって


「なまえ」

『え』

「それ……」

なまえ?


「海斗でいい、ッス」


若干の照れを滲ませながら、口元を手の甲で隠して言われたその言葉に


ガッと心臓を鷲掴みにされたみたいに

一瞬で燃えるように熱くなる

唇が震えそうで、誤魔化すように手を後ろにやってギュッと力を入れる。

『海斗、くん?』

伺うように彼を名前を呼べば

ふいっと目線を下に外した彼に


「べつに、"くん"もいらないけど」

ちょっとぶっきらぼうな言い方に

『ぁ……海斗』

「ん」

そう言って少しだけ笑ったきみに


頭がくらくらして

全身に波紋のように広がる熱に


ああもう


きみがすきだと、深く思う







※※※※※



「んでー、実際どうなん?名前ちゃん彼女じゃないの?」

「んー……まあ、いまのところは?」

「まじかぁ。脈ありなの?若様ムカつくわぁ」

「まあでもいい子だったし、全然いいんじゃない?」

「若様に彼女デキるとおもうと腹立つ」

「彼女って言われても別に嫌そうじゃなかったもんねぇ。かーくんも。今頃告白してたりして」

「若様そんな度胸ないでしょ」

「わかんないよ?車で送っても良かったのに、せっかく二人っきりにしたんだもん。ねぇナオくん」

「んー……どうかなぁ。かっちゃんが、ヘタレなのは同意だし。てか美波姉またアイス食べてる」

「ナオうっさい」



かっちゃんが意識してるから、本当に名前さんってかっちゃんの事好きなのかな?って見てたけど
最初はよくわからなかった。かっちゃんの勘違いかなって思って

でもほんの僅かな
意識していないと溢れて見えなくなってしまいそうな
小さく微かに光る散りばめられた"好意"をかっちゃんは一つづつ拾って集めては
握りしめて離そうとしなかった。

そうやってこっちも意識してみていれば
夏に入った頃から
なんだかおやおや?となって
どんどん"女の子"らしくなる名前さんにまたこれはそういう事なのか?と安直にもかっちゃんへの好意と結びつけたくなっちゃって

多分名前さんはかっちゃんとどうこうなろうという気はないみたいで
あくまで部内の仲間ってスタンスで一歩引いたところから動かない。

でもそれはかっちゃんが意識しすぎて気のない態度を取ったりしてるからだ。
ツンデレも大概にしなよ。とは思うし
名前さんの好意に胡座をかいてるかっちゃんをみていると

「そのうちとられるんじゃない?」

なんてわかりやすく挑発してあげたけど
今頃どうなってるのかは謎だ。
実際名前さん辻峰の人と連絡先交換してたらしいし、本当余裕ぶってると横から掻っ攫われると思うんだよね。名前さん押しに弱そうだもん。
今日も晩ごはん押し切られてたのは本当名前さんには申し訳ないけど笑っちゃった。泣きそうに目を回しながら『い、いただいていきます』って言った名前さんは本当に面白かった。


かっちゃん本当恋愛とかからっきしだもんなぁ……
なのに名前さんからの好意に気づけたの本当謎だよ。未だになんでそう思ったのか教えてくれないし。

まあでも、さすがに何か進展してるでしょ。


帰ってきたらからかってあげよーっと

どうやって揶揄おうかとニヤニヤしながらかっちゃんの帰りを楽しみに待つ。





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