ツルネ

4


あつい


息が

しづらい


ほっぺたが火照ってるのがわかる


この前まではそこまでで大丈夫だったのに、夏に入って一気に苦しい。

ぽたぽたと汗が髪の毛を伝って首元に落ちる。


「名前さん大丈夫ですか?」

『うん、大丈夫!ただちょっとだけ、お水飲んでくるね』

「無理しないでくださいね」

心配してくれた妹尾ちゃんにそう声をかけて弓道場の外の水道に向かうべくスリッパに足を引っ掛ける。


あつい

苦しい


いままでだって、炎天下の中で部活してきたのに
え?まって、今年めちゃくちゃあつくない?

なんとかたどり着いた水道でガッと蛇口を捻って勢い良く水を出す。
頭を屈めてその水を被れば、ぬるい水が頭皮に溜まった汗を流していった。
暫くすると水が冷たくなってきて、少し顔のほてりもマシになった気がするけど
前かがみだからかなやはり息がしづらい。

何でこんなことに……
コレはやっぱり外してしまおうか

せっかく的前に立てるようになったのにこんなんじゃ勿体無い。
でも夏が過ぎれば大丈夫なのかも

いやでも…しんどい


首元から道着の中に指を滑らせる。
ぐっと中のバンドを指で引っ張るとゴムの強い抵抗にあう。
少しだけ息がしやすくなって
もう少し緩めるべきだったと反省する。
無駄に発育してしまった胸が邪魔で胸を潰すことにした。ネットでサラシで潰せ!とかかれていたので、とりあえず胸を抑えるバストバンドなるものをネットで買ってみたもののサイズがアレだったらしく少し苦しかった。
なるべく胸で息をしないように意識をして、まぁ締めてんだしこんなもんだろうと思っていたら、猛暑はきつかった。
道着を早く着れたのだって、胸当てを付けてやらないと練習で邪魔だったからだ。変な癖がつく前にって……胸当て買うなら道着も一緒に買ったらいいですよ!となっただけで……でもあの時は「まだはえーだろ」とか小野木くんに言われなくてよかった。

もう暑いからって、バンドを外してしまってもいいか悩む。
大きい胸を抑える専用のブラもあるみたいだから、それを買ってもいいんだけどこの前見たときは発送に2週間かかるって記載されてて迷ってしまったのだった。ちょっとだけ高かったし……。あのとき買っておけば……来週には届いたのに!!でももうこんなに暑いと3日と耐えられない気がする。

今日帰る前にコーチに相談しよう。でも素直に胸おっきいんですけど、とか言ってもいいんだろうか。大丈夫だよね?コーチは大人だし。
女子三人と比べてこんなにむちむちなの私だけだし……。
ちゃんと射形が整うようになれば大丈夫なのかな。でもそこに至るまでの道のりが長い気がする……。
でも潰さないですむなら潰したくないなんて、甘えなのだろうか。とりあえずもう帰りにネットでブラ注文しよう……。

なんで身体つきだけ女らしくなっちゃったんだろう。
身体と一緒に私の全部を女の子らしくアップデートできたら

そしたらもっと

素直に



なんて


どうしたいんだ自分は


意識しないって

好きにならないって決めたのに




ため息とともにキュッと水道を止めたはいいものの


『タオル……』


アホだ

茹だるような暑さで脳が機能してなかった……タオルを忘れて来てしまった。
やっと顎のラインまで伸びた黒髪からボタボタと水が滴る。
結ぶことがまだできない長さで夏を迎えてしまったことを後悔した。

いつもみたいに切ったらよかったかな

なんで伸ばそうだなんて思ったんだろう


乃愛ちゃんに教えてもらったヘアオイルのおかげで艷やかな黒髪ボブになった
いろんな香りがあって、甘めだけど少し爽やかな香りがするのを選んだ。いつもだったらユニセックス一択なのに、甘めを自らに取り入れてしまって



可愛くなってみたいなんて

もうすこし女の子らしくなりたいだなんて


いったいなんのためにこんな不毛な


溶けるような暑さの中で自問自答すれば
一瞬であの不機嫌そうに口を閉じた彼の横顔が思い浮かんで

真面目に弓道してるつもりなのに

何だか邪な気持ちが混ざってしまってるみたいに感じて


いつも一歩引いたところから彼をみていた

子供みたいに、すぐに感情が顔に出て

子供みたいに真っ直ぐばっかり

本当に"男の子"をいい意味でも悪い意味でも煮詰めたみたいな彼から

なんだか目が離せなくて

ほっとけなくてついつい声をかけたくなるのを必死で我慢して

彼の外側であり続けたのに



ときたま話してくれる彼の声に心臓がキュウッと痺れる様に甘く痛む。


「名前さん」


その声で私の名前を呼ばないで欲しい。


もっと近づきたいって思ってしまう



夏の目眩で幻聴まで聴こえる


『へ』

俯いてボケっと排水口を覗いていた視界が暗くなって

「大丈夫すか?」

幻聴じゃない

ガバッと顔を上げると、スルリと肩にタオルが落ちて


「びしょびしょっすよ」

『ぁっ、りがとうッ』

慌てて肩から落ちかけたタオルをキュッと握ってガシガシと頭を拭く。

あ、れ

ふわりと香る甘めの柔軟剤の香り。自分の家とは全然違うその香りに胸がギューッとなってドクドクと心臓の音が聴こえる。

は、あ、タオル

小野木くんのやつ!?

もっとお淑やかに髪を拭くべきなのに、あわあわと雑に拭いて両手で握る。このタオルをどうすればいいのか迷って胸の前でとまる。というか、女の子はこんな暑いからって頭から水かぶったりしない?いや、するよね?え、しないのかな??
急に恥ずかしさが込み上げて来る。


『あの、ごめんッ洗って返すね』

「いやべつに……もういいんすか?」


ごきゅっと豪快に水道の水を飲む小野木くんの喉仏が動くのをポーッと見つめてしまう。手の甲で口元を拭う彼から目が離せない。

なんだか顔が暑い

なんでこんなに、思考が鈍ってるんだろう


「垂れてる」

スルリと手の中からタオルが抜けて
そのままふわりと右頬を優しく包まれる

少し面倒くさそうにいったわりには、あまりにも優しく頬にあてがわれたタオルの感触に息が止まって目の前がチカチカする。
こちらに伸ばされた彼の筋張った腕は逞しくて、薄っすらと汗をかいている。

小野木くんの全部に心臓が悲鳴を上げるみたいにギューッて痛くて

『ぁ』

パチリと目線があって

このドキドキがバレてしまうと


なんで

息がしづらい

なんで
こんなに


"すき"になっちゃったんだろう




目の前の小野木くんの眉間に少し力が入って

「あかい」

必死に酸素を取り込もうと緩く唇が開く。暑い空気が喉を通り過ぎて不快感が募るのに
そんなことはどうでもいいように


目が離せない


「ほっぺた赤いっすよ、大丈夫すか?」


『あっ、だい…じょうぶ』



キミに見られているからだよ。なんてぐるぐると思考がまわって
"ほっぺた"って、なんか響きが可愛いな。なんてぐるぐると目も回るよう

なんで今日こんなに

あ、ちがう。

そうだ、あついからだ


『その、ちょっと息苦しくて』

「体調悪いんすか?」

『大丈夫ッ』

グッと小野木くんの口がへの字に曲がる

『ありがとう』

胸のバクバクを誤魔化すようにヘラっと笑って

『もどろっか』

ああもう、顔が暑い



地獄の扉から、鬼が身を乗り出して私の腕を掴んだ。









暑さというのは、どうしてこうも思考を鈍らせるんだろう。
結局というか、なんというか
蕩け出した脳みそは、もう小野木くんの挙動一つ一つに勝手にドキドキする毎日で
私は勝手に彼をそういうふうに意識してしまっている。

これを恋だとしたところで、どうしようもないし
どうにかなりたいわけでもない

でもただ

自分はどうせ可愛くないからと
自分を卑下してネガティブになるのは辞めたいって

努力したい。って思えて

努力って、可愛くなる努力って一体何なのだ?て感じだけど
とにかく自分なんてって、そう思うのだけは辞めようって決めた。

別にこの気持ちを伝えるつもりは微塵もないけど
せめて、女としてアリかナシかで言えば、ナシじゃないかな?ってくらい
そのくらいの土俵には上がれるようにならないと

そうじゃないと、この恋で変わらないと
なんだか私はこの先一生恋愛なんてできない気がして


だからって何から頑張るんだ?ってかんじだけど


ラズベリーピンクの色付きリップを手にとって


少しだけ勇気を下さいってお願いした








※小野木家は女子が多いから
柔軟剤とかぜったいお花系のいいやつだと思う。





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