ツルネ

小野木海斗


小野木くんのことを意識したくないボーイッシュ寄りな2年女子と
そんな女子のことをガチガチに意識しちゃって気になっちゃうかっちゃんの話。






" ーー "



なんと形容すべきかわからないその音に身体の奥が小さく震えて
小さな痛みは頭のてっぺんからつま先の隅々まで波紋のように広がっていった。


あんなふうに、私もいつか弓が引けるのだろうか

堂々と気高く

優美な




「あのッ!!」

『ぁ……はい』


強めにかけられた声に現実に引き戻されて
そうだった、この子達に呼び出されたんだったと思考と目線を目の前の女の子に戻す。

綺麗に整えられた髪と、薄く見えるように配慮されたフルメイク
初夏に似合う淡いコーラルピンク色のリップがのったプルンとした唇は女の子らしく可愛らしい

そんな唇から流れ出て来る言葉はその色に似つかわしくなくこちらを攻撃しようと全力で振りかぶられた強いものだった。


「七緒くん目当てですか?」


ナナオくん……?

七緒くんってあの?名前を覚えるのが苦手な私ですら覚えてるナナオは一人しかいない。
というか目の前の彼女らはそういえば知ってるぞ、だれだっけ………あ。いや、あの可愛い色のコーラルピンクは覚えている。


『如月、くんのこと?』


「やっぱり」


おいおいまてまて

もしかしてキミたちそんな事のために私をこんな人気のないところにわざわざ呼んだのか?と肩の力が抜ける。善良に生きてきたつもりだったから身に覚えがなさ過ぎて無意識に身構えていたらしい。
本当にこんなことあるんだなぁ。なんて
どんだけ人気あるんだよ如月くん


「弓道部に入るのやめてくださいッ」

一応2年の私に敬語で話しかけてくれるんだな……じゃなくて。ちゃんと意思表示しないと

『如月くん目当てじゃないよ。あの子のことはメッハーの人くらいしか認識してないし……』

「でもッ」

本当に本当だ。てかメッハーてなんなんだろう。今度本人に聞いてもいいかな?いや、話しかけたらアウトだろう。この子達に聞いても、やっぱり気になるんじゃない!てなったらこまる。
まあいいや、そんなに興味ないし。
メッカ的な?神聖な感じの合言葉なんかな?そっちの言葉なんかな?知らんわ。


『私は弓道がしたくて入るんだよ。わかってくれるよね?』


目の前の女の子は俯きがちにもごもごと言葉を探している。わざわざ"わたし"が弓道部に入部した"意味"を彼女らは測りかねていただけだろう。
きっと先輩相手に強い口調で会話するのも勇気がいるだろうに……可愛らしいコーラルピンクにグッと力が入っている。

かわいい女の子だなぁ


私とはちがう

自分の薬用リップですら面倒でつけてない可愛げのない唇をゆるく開いてゆっくりと息を吸う。


わかる、自分の推しがかっこよすぎて、今は興味なくても、いつか格好良さに気づいちゃうんじゃないの?ていう牽制も込みなのだろう。おそらく
知らんけど


ゆっくりとなるべく柔らかく言葉を紡ぐ



『彼は1年生だし』


そう、わたしは"2年生"だから

だから彼の事をそういう対象でみれない

『それに、私の好きなタイプとは全然違うので安心していただいて大丈夫ですよ』

ああ、釣られて敬語になってしまった。


『私は、その……男気強めの人が好きなので』


そう


『強いて言えば小野木くんみたいな人が好き』


目の前の少女たちのポカン顔が面白い

「ぇ……おのぎって…あ、の?」

『うん。小野木くん。かっこいいなって』


初夏の爽やかな風が木陰を揺らした


『あの、じゃあもういい?』

「ぇっ、あ、はい」

『ん、ありがとう。じゃあね』

最後だけ一応先輩っぽく余裕を見せて、私はその場から立ち去った。ふう、ドキドキしたわ。こんなこと本当に現実であるんだなー。罪深い男だなメッハー 

如月くんとは真逆なタイプな彼の名前を出して、ああ言えばわかってもらえるだろう。とは思ったけれど嘘は言ってない。
当たりのキツイ小野木くんだけど、身体はおっきいし、厚みがあって
ちょっと口悪い感じとか
でも一応女子には配慮しようとしてる(できてるかは別)姿勢もみえるとことか
負けず嫌いで弓道に一直線だからこそ、言い方がキツかったりしているだけで
普通に顔もかっこいいし


男の子をキュッと煮詰めたみたいな感じがして好きだ。


でも年下だし
私と一年弓道部はややこしい関係性なのでこの彼に対する好意を別に恋心にまで昇華させるつもりもない。

もしわたしが1年生だったら


もしかしたら好きになってたかもなぁ。なんて






「名前さんかなり様になって来ましたよね!」

『ほんと?ありがとう』


私は……初心者のくせに弓道部に2年で入部した。彼らから見ればややこしい先輩なのだ。

道場の女子更衣室で着替えながら話しかけてくれるゆうなちゃんはめちゃくちゃ可愛い。うんうんと続いて頷いてくれる妹尾ちゃんも乃愛ちゃんもかわいい。

こんなややこしい関係性なのに丁寧に女子の三人は教えてくれるし、竹早くんだってにこやかに接してくれる。
いっぱいいた初心者に紛れて端っこで一人黙々と練習に励んでいたら、いつの間にか本当に一人になっていて

だから余計に変に恋愛を意識したくないし
私を受け入れてくれた皆と一緒に純粋に弓道を頑張りたい。

なにより、わたしなんかをわざわざ好きになってくれるとは思えない。


うん、今日も頑張ろう


ガバッと自前のジャージに袖を通した。











◇◇◇◇◇



「名前さんってもう道着きるの?」

「え……ああ、うん。先生とも話し合って」

「ひえー、俺なんかこの前からやっと道着着れたのに!名前さんすげぇなぁ」


"名前さん"

その名を聞いて隣で道着から制服に着替えていたかっちゃんの手が、ピクッと一瞬だけ止まったのがわかった。

唯一の弓道部2年生。
入部説明会の次の日。初心者が皆体操服の中、一人だけ自前のジャージに身を包んで現れた彼女。
なんとまぁ彼女は2年生で、しかも弓道初心者で、あの時は皆ビビり散らした。

先輩と呼ばれるのはちょっとなんかアレじゃない?という彼女の言葉に
遼平が「じゃあ名前さん?」と放った言葉から名前さんと呼び名が定着した。
本人も学校では先輩なのに部活だと初心者なのだから思うところがあるに決まっている。本当によくもまぁこの一年の巣窟に単身で乗り込んできたよなぁと彼女のメンタルの強さを賞賛したい。

「体幹がしっかりしてるから、かなり形になってきたしね」

「さすが元トレ部だよねぇ」

「へ?トレ部?」

「あ、みんな知らなかった?」

なにそれ?とみんなの顔に書いてある。湊ですらポカンとした顔をしている。かっちゃんは興味のないふりをして眉間にシワを寄せてる。

女子ソフトボール部通称トレーニング部
正式には部じゃなくて同好会にすらみたない。活動人数は2人。
野球部のマネージャーみたいな雑用をこなすかわりに、グランドの端っこでキャッチボールしたりトスバッティングしたり、ノックしたり筋トレしたり……。なんのモチベーションで動いているのか謎なくらい真面目に練習をしていたらしい。そこからトレーニング部。と揶揄されていたそうで

「えー!すご……それ今はどうなってんの?」

「なんかあと一人の人は2年に上がるときに正式に野球部のマネージャーになったんだって。んで、残っちゃった名前さんはマネージャーへのお誘いを断って弓道部に来たと」

「へぇ……」

「それであんなに体幹しっかりしてたのかぁ。なんかやってんのかなぁ?とは思ってたけど」

「ほんと、凄いメンタル強いよねぇ」

「つーか、七緒よくんなこと知ってんな」

「ん?まぁね」

やっと口を開いたかっちゃんは眉間にシワを寄せながら「帰るぞ」とバタンッと強めにロッカーを締めた。


たしかに2年生で初心者なのにわざわざ弓道部に入部した名前さんに興味はあったけど
それ以上に気になる理由はあった


だって



「ねぇ、かっちゃん」

「あ?」


電車の中、吊革を掴んで窓の外の流れる景色を瞳に映しながら
さも何でもないかのように
今日の晩御飯何かな?くらいのテンションで

「かっちゃんって、名前さんのこと好きなの?」




「はぁッ?」


「ははっ、かっちゃん声おっきいね」

「い!いきなりなんだよッ」

狼狽えるかっちゃんに、ありゃ。こりゃ本当に好きなんだ。とちょっとビックリする。
そりゃまあ、あきらかに最近名前さんを意識してるかっちゃんだったから、それなりにそういう感じなのかも?とは思ったけど

「だって最近名前さんのこと意識してんじゃん?」

「は?」

ふとした時に目でおってたり
名前さんの声や名前が聞こえれば一瞬手が止まるし


かっちゃんはわかりやすいからねぇ


でもなんで名前さんなんだろ

「ひたむきな姿に、キュンとしちゃった?」

「ちっ!ちげーよッ!」

ムキになって怒るかっちゃんが面白い。そんなに力強く否定するとますます怪しいってちょっと考えたらわかりそうなのに。本当にかっちゃんは単純だなぁ。

女の子ってのもあるんだろうけど
年上だぞ!って態度を出さないし
真面目に、粛々と反復して基礎練をする名前さんはたしかに健気でひたむきだ。
朗らかな雰囲気で、かっちゃんの圧にも怖がらないし

化粧っ気がなくて、ボーイッシュな印象だけど顔はかわいいし

そう思ったら、まあ普通にいい人だしなぁとは思うけど

あのかっちゃんが

恋愛の"れ"の字も未経験なかっちゃんが好きになる?

「まあ名前さん可愛いし、いい人だし。わからなくもないけど、なんで好きになったの?」

「は?だから好きじゃねぇって!べつに、俺は……」

「ほんと?あんなに練習中も意識してるのに?」

「なッ!ちがっ、それは!あっちがッ!!」

「あっち?」


え?あっち?


ガバッと勢い良く顔を背けて隠すかっちゃん。

「え……名前さん?」

「あ?」

「名前さんに好きって言われたの?かっちゃん」

「は?言われて、ねーけど……」


けど??


え?


顔を背けたままオーバーに隠し事を堂々と貫くかっちゃんに空いた口が塞がらない。

え、まじ?

名前さんてかっちゃんのこと好きなの?









※自分のことを影で"かっこいい"と恋い焦がれる様な声色で言われてるのを聞いたら
コロッと意識しちゃってズブズブに抜け出せなくなっちゃいそうな恋愛経験0なチョロかっちゃんって可愛いなぁって話

できれば続き描きたい。恋愛経験0同士で手とか繋がせたい。それを見られて狼狽える小野木くんを描きたい。付き合った途端に肉食系男子に豹変するかっちゃんを描きたい。

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