王様ランキング
榛色の花をあなたに
自分ではどうにもできないと知って
だからもう、このままこの気持ちを抱きしめてあげなければと
報われないこの想いを
大切に思えるのは私だけなのだから。と
ただ未練がましいだけなのに
さも綺麗なもののように大切に扱うことにした。
きっといつか思い出になる
だからもう少しだけ好きでいる事を許してほしい。
「名前」
『はい』
影になって薄暗い、少しひんやりとした廊下ですれ違いざまにアピス様に呼び止められた。
また何か頼まれるのだろうか。王妃様へお持ちするティーセットの準備をしないといけないから、それからでも大丈夫だろうか。と頭の中で次にくる言葉を予想して予定を組み立てる。
「夕食の前に、私の部屋に来てくれないか」
『はい』
ん?
返事をしたものの、予想していた何パターンかの言葉とは違う言葉に思考が止まって。脳内でたっぷり5秒ほどかかってようやく言葉を咀嚼できた。
『あ、夕食前、ですね。かしこまりました』
聞こえてきた言葉をそのまま口に出してもう一度整理する。
『えっと、お持ちするものはありますか?』
混乱している。自分がちゃんとした言葉を話せてるかも謎で。なんの仕事だろうかと思考が行ったり来たりする。
「いや、あなたに渡したいものがあるだけだから」
え?
それではまた。と彼は低い声でぽつりと言って固まっている私をそのままに去っていった。
私に渡したいもの?
わざわざ?夕食前ってことは仕事が終わってからだから個人的な事なのかな。
じわじわと顔が熱くなって、心臓がドキドキとうるさい。だめだだめだ。と自惚れるように上がる体温をググっと掌を握って何とか落ち着かせたいのに余計に落ち着かない。
なんだろうか。と頭の片隅にこびりついて離れない。仕事だけが取り柄なのに、こんなんじゃ駄目だ!とあえて機嫌があまりよくない王妃様の身の回りのことを買って出た。無理矢理でも集中して、じゃないと仕事にならない気がした。
全集中を王妃様に捧げて動いていたら「あなた気が利くわね。ダイダの側仕えになりなさい」と言われてしまった。
「将来あの子は王になるの。そんなダイダに仕えられるのだから名誉だと思いなさい」と言われて私は『ありがとうございます』としか返せなかった。
まずい、完全に頭がキャパオーバーだ。
ふらふらとした足取りでアピス様の部屋を目指す。頭が回らない。お腹も空いているはずなのによくわからなくてむしろ吐きそうだ。
ドキドキと、なんだかわからなさすぎて怖い。緊張し過ぎて喉が詰まるし、気付いたらグッと奥歯を噛み締めている。よくない。と顔の力を抜くけど気がつくとまた食いしばっている。
もう部屋の前についてしまったのに。
コンコンッ
扉をノックする。ハンカチを渡したとき以上の緊張と不安で死にそう。
返事のかわりにガチャリとドアがあく。
『あ、あの』
目の前の彼を見上げれば目があって、キュッと下がった彼の口元にさらに緊張が走る。
彼の表情になんとなく悪い考えばかり浮かんで、私が自惚れているのがバレたのかもしれない。とか、もしかしたらそれを注意するために呼ばれたのかも。とか
なら渡すものって、なんだろう。とか
「なかに」
『はい』
そうそうに目線を下に逸らしてドアの前から動かない私をアピス様は部屋の中へと促した。
ゆっくりと部屋に足を踏み入れる。緊張と不安からたまらずお腹の前で両手を握る。
アピス様に椅子を引かれて、覚悟を決めてそこに座る。彼もゆっくりと椅子に腰掛ける。
なにか、喋ったほうがいいだろうか。渡したい物はなんですかと、私から聞いてもいいのだろうか。でもそんな失礼にあたるかな。ともう頭がおかしくなりそうだ。
「クッキーの、お礼をと」
『へ』
クッキー?あれは別にお礼を頂けるほど対したものじゃない。
『あっ!そんな』
「美味しかった。受け取ってくれ」
気を使わせただろうかと、クッキーなんてただの話題で本当に作ると思ってなかったかもしれない。ああもう、彼に迷惑をかけてしまったかも。と思うのに
美味しかっただって!!お礼ってなんだろう!と少しだけ嬉しく思う自分がいて、もう最近は自分をちゃんとコントロールできない。
なにか、食べ物だろうか。最近街で綺麗な飴が人気だと同僚が言っていたから、そういうのかもしれない。でも、アピス様がおっきい身体で綺麗な飴を買っている姿を想像するとちょっとかわいいかも。あ、すき。
一瞬のうちに勝手に妄想がめぐる。
だめだめ、クッキーごときでお礼だなんて、もうお渡しするのはやめよう。気を使わせてしまう。そう心に刻む。
「これを」
すっと目の前にアピス様のおっきな手が差し出される。
その中におさまるものに
思わず息が止まる
淡いグレーのリボンに
榛色の花の刺繍
息ができない。
だってこれは、
あなたの色でしょう?
『ぁ…』
落ち着かない。指先が震える。
だって、こんなの
自惚れるなと、言う方が無理じゃないの?
どういうつもりなのかと、もうわけがわからなくて彼を見る。
彼のヘーゼルの瞳とリボンの刺繍を見比べて
なんてことだと落ち着かない。
「あなたに受け取って欲しい」
『ぁ』
言葉が出なくて、何秒こうして固まっているかもわからない。とにかくなんでもいいから話さなければと思うのに喉が詰まって声が出ない。
『ありがとう、ございます』
小さな声でお礼すらまともに言えなくて
かすかに震える指先で彼の手のひらからリボンを受け取る。
両手で丁寧に包んで胸の前に持ってきて、それから目が離せない。
この前見ていた刺繍のリボンよりも上等そうな光沢のある淡いグレーのリボンに、榛色の花と葉を模した柄で
どちらも淡い色合いだからかとても上品で
『きれい』
「よかった」
ぽつりと、アピス様の柔らかい低い声が響いてボッと顔が熱くなる。
何と、言えばいいのか。せっかく頂いたのだからきちんと嬉しい気持ちを伝えたいのに、言葉がうまく出てこない。
「つけて、貰えないか」
『え』
パッと顔をあげると、アピス様と目があって思わずまた目を逸らす。
つけてって、今だよね?バクバクともう心臓が落ち着かない。
両手で持っていたリボンを膝の上に丁寧に置いて、ゆっくりとキャップのリボンに手をかける。キャップを外して無駄に丁寧に畳んでそれも膝の上に置く。
黒のリボンをしゅるりと外すと、キチッとアップにしていた髪が落ちる。
一日中結んでいたから、癖がついてるのを慌てて黒のリボンを指に引っ掛けたまま手櫛で整える。黒のリボンと交代するように膝に手を伸ばすと彼の手がリボンを優しく持ち上げた。
『あ、ありがとうございます』
リボンを持つ手と反対の手も差し出されて、彼の手のひらに黒のリボンを乗せて反対の手からグレーのリボンを受け取ろうと手を伸ばす。
「私が結んでもいいか?」
『ぇっ』
結ぶって……髪を、触るという事だよね?彼が、私の
『あっ、え、あ……お、お願いします』
私、明日にでも死ぬんだろうか。
ゆっくりとアピス様が椅子から立ち上がって、私の方に近づく。
そわそわと落ち着かなくて、あんまり触れられたら本当に死んでしまう。と自分である程度纏めてしまおうと、震えそうな手で何とか低めに緩く一つにまとめて手で抑える。あとはこれを結ぶだけですよ。とこれなら彼の手が髪に触れる事もないかも。
彼が私の後ろに来て指が近づくのがわかる。
ドキドキと、心臓が壊れてしまいそうで
「髪が……」
『んっ!』
彼の冷たい指先が、右耳の後ろの襟足をすくい上げてゾワゾワと急に来た衝撃に堪え切れず声が出た。
あまりにおどろいて、纏めていた手は緩んでしまって視界がぼやけるように目が熱い。
「反対も」
『ッ、…』
もう耐えられなくて急遽手を引っ込めて胸元の服をギュッと握り締める。
心臓が、ほんとうに死んでしまう。
『んッ』
左側をゆっくりと優しく頭皮を這うように滑る指に擽ったいを超えた感覚が身体全部を襲う。自分のだなんて信じられないくらいの甘ったるい声が漏れ出て恥ずかし過ぎる。
ギュッと目を瞑って優しく与えられる感覚に耐える。指がかすめる度にピクリと震える身体が恥ずかし過ぎる。
髪をまとめおわって、彼の指がリボンを優しく結びだしたのがわかって、ホッとしてやっと呼吸がまともに出来る。
結び終わった指が、そのまま髪をするりと撫でて毛先を持ち上げる。
「似合っている」
『あ、りがとうございます』
必死に心臓を落ち着けてるのに、彼の声が近い気がしてもうまたバクバクと暴れだす。
ようやく彼の手が私の髪から離れた。
『あのっ、本当に、ありがとうございます』
お礼はきちんと伝えなければ。と熱が冷めない顔を見られたくないけど、どうも冷めそうにないのでもうそのまま彼の方を振り返って見上げる様に見る。
「綺麗だ」
目線をリボンに向けたまま、ぽつりと小さく落とされたその言葉は私の思考を奪うのには十分過ぎた。
何も考えられない。
「あなたは……」
彼の言葉が途中で途切れて、口が閉じられてまた開く。そしてまたゆっくりと閉じた。
呼吸の音すら、聞こえてしまいそうなほどの静寂が二人を包んでいる。
アピス様が私の横に膝をついてかがむ。目線が合いやすいように合わせてくれたそれに、私も身体の向きを変えて座り直すことで応える。
「私は、あなたのことを一番には考えられない」
再び開かれた彼の口から紡がれた言葉を、ゆっくりと脳が理解し始める。ギュッと胸が痛くて苦しい。やっぱりきちんとフラれるのだろう。
「やらなければならない事があるから、それを優先しなければならない」
そういう事だよね?と王様とか、国の為とかそういう事を一番にってことだよね。と少しだけ胸の苦しさがマシになる。
「あなたが、想像し得ない事も私は……」
途切れた言葉に、彼の痛みみたいな物がほんの少しだけ見えたような気がして
また胸がギュウッと苦しい。
それでもいいから側に置いてほしいと。言ってしまったらどうなるんだろう。それは、彼の支えになりたいとか、少しでもその心を軽くしたいだなんてそんなこと私に出来ないのはわかっていて
だからそれはもう私のわがままでしかない。
グッと手のひらを握る。
「それでもよければ、私の側にいて欲しい」
そばに
『ぁ……』
彼の綺麗なヘーゼルの瞳が真っ直ぐに私を見ている。
側に、いられるの?
『もちろん、です』
彼の目元が優しくさがる
『アピス様』
「ああ、名前」
彼の指がゆっくりと近付いて、するりと頬を撫でた。目を細めて、頬を預けてそれを受け入れる。大きな手で頬を包まれる。
彼の冷たい手が、私の体温と交わる。
優しいあなたを
ひとりにしないと誓おう
あなたが好き
→あとがき
prev- return -next