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あなたにクッキーを


『あのっ、明日お休みなので……明後日にクッキーをお持ちします』

何回も頭の中で復唱していた言葉を必死に紡ぐ。きっとそんなに違和感なく喋れたはずだ。


「ああ、すまない」


一瞬だけ見開かれた目がおさまると、ふっと少しほんの少しだけアピス様の目尻が柔らかく下がって。



ああもう


これ以上好きだと思っても仕方がないのに










夜の人気の少ない調理場の一角を借りて
机に肘をついて、目の前の砂時計の中の砂がサラサラと流れる様をボーッと見つめる。
呼吸をする度に甘い大好きな香りが私の身体を満たしていく。
あと5分そこらだから、あんまり他の事を考え込んでいると焼きすぎてしまう。なのにどうしても頭から離れない。


もしかしたら、急にただのメイドに好意を示されたから戸惑っただけで

こんなに気にかけてもらっているのだから

少しは私の事を意識してくださってるのかも。なんて

少しは好意的に見ているのかも。なんて


あれだけ浮かれるなと律していたのに、ずるずると結局自惚れのようにそんな事ばかり頭を過る。

「報われない」

その度にベビン様の言葉を思い出して、やっぱり報われないのだと。調子に乗るなと胸に刻む。
アピス様が優しいだけなのだ。
夜にこんなことを考えても不毛だ。明日はお休みだから久しぶりに街に出てみるのもいいかもしれない。どこに行こうか。

『わっ!!じかんっ!』

砂時計の砂がパラリと落ちきって慌てて椅子から立ち上がる。


『よかった、焦げてない』

とりあえず一安心だ。危なかった。本当に考え込んでもろくなことにならない。
ほかほかと焼き立てで、まだ柔らかいクッキーを天板から取り出す。
試しに。と1枚だけ口に入れる。だって美味しくなかったら焼きなおさないと……


『おいしい……』


焼き立てのクッキーはほくほくと熱くて、思わずはふはふと息をしながら食べる。ナッツの香りが鼻から抜ける。


あまい


久しぶりに焼いたクッキーはいつも通り美味しかった。









キュッとワンピースの編み上げの紐を結ぶ。適当に髪をブラシで梳かす。
引き出しをあけるといつも使っている黒のリボンと青いリボンがあって、その奥に刺繍を入れた黒いリボンの端が見える。
せっかくお休みなのだから、と青のリボンを手に取るけどももう何年も使っているからか結構痛んでいる。

『新しいの、買おうかな』

そうしよう。欲しいものも、行きたいところも特にないから。かなり久しぶりの街なのに、ただブラブラしに行くだけだった。用事ができてよかった。
髪が邪魔になったら嫌だから、とりあえず持っていくだけ持っていこうと
青いリボンをポケットに入れて、髪は結わずに部屋を出た。






「え、名前?久しぶり!」

『わ!おばさんお久しぶりです』


街角で見知った顔を見つけて会話が始まる。

「あらー、大きくなって。もう立派な女性ねぇ」

『ありがとうございます』

「名前小さい頃からお城に仕え出したものねぇ」

『はい』

「結婚は?まだなの?」

『あっ、まだです』

「そうなのねぇ、いい人いたらいいわねぇ。お城勤めだから、立派な人捕まえなさいね!」

『そうですね』

バシバシと強めに肩を叩かれながらニコリと笑う。結婚かぁ、わかってる。もうそういう年頃に入る。

「家には帰ってるの?」

『あ、いえ。あまり』

「なによー!お母さん寂しがってるわよー!でも元気だからねぇあの二人は。まぁほどほどに仕事頑張りなさい!」

『はい』


長期の休みを貰わずに働いているから、家族にはもう2年くらいあってない。別に仲が悪いわけでも、必死に働かないといけないほど貧乏でもないけれど
お城に勤めている以上、元気にやってるなら帰ってこなくていいから主にしっかりお仕えしなさい!と言われているのでそうしている。
父と母も身体は丈夫だから、滅多に体調も崩さない。兄弟もいるけど、皆働きに出ているから、夫婦で仲良く暮らしているはずだ。


ぺこりと会釈をして一段落した会話を引き上げた。ああ、リボンだったな。と雑貨屋は何処かな。と辺りを見渡す。
方向音痴ではないけど、久しぶりだから街の雰囲気も少し変わっている。とりあえずブラブラしながら探そう。
適当に歩き出した。



『わぁ、かわいい』

見つけた雑貨屋で適当に視線を動かしていたらソレが目に飛び込んできた。
ソレはリボンに細かな刺繍がされていて、お目当てのもの以上だと立ち止まって見る。いろんな色のリボンに、いろんな色の刺繍。

最初に目についたソレをじっと見つめる。

淡いグレーのリボン

刺繍は淡いブルーの花を模した柄ですごく可愛い。


ブルーか……

リボンはグレー……



隣には黒のリボンにゴールドっぽい榛色の刺繍。

これもかわいいな


グレーのリボンに、この色の刺繍だったら完璧なのに



なにが、完璧なの?


自問自答とともに、ブワッとアピス様を思い出して

グレーにヘーゼルは彼の色なのに


そんなの馬鹿なんじゃないの?と胸が苦しい。


ググっと手を握りしめて、自分で自分に与えた罵倒に耐える。
でも、グレーのリボンくらいならいいんじゃない?それなら誰もわからないでしょ。と
人が気づくかよりも、未練がましく彼を想って選んでいることが駄目なのに。

ちがうちがう、彼は関係なくて単純にグレーの色がいいんだもん。ほら!私の髪は黒いし、服の色味も気にしなくて合わせやすいじゃない?
すかさず見え透いた言い訳を脳内で並べる。

あ!緑のリボンに赤の刺繍でもいいんじゃない?なんて……本当に私は馬鹿者だ。


『はぁ……』


脳内で言い争う自分を止める。
刺繍も細かいからきっとそれなりの値段のはずだ。だからこれは辞めよう。

でもいつも何も買わないからこれを買えるくらいのお金はあるでしょ!
脳内で喚く声を無視してゆっくりと足を動かす。


もう、今日はリボンはいいや。

どうせ街なんかたまにしか出ないし、仕事中は黒のリボンで十分だ。どうせキャップを被るのだし。

うん。もうそれでいい






ガヤガヤと賑わう広場の一角に腰をおろして
せっかく街に来たのだから、外で食べればいいのに女一人だし、お金もかからないし。と持ってきたサンドイッチを膝の上で広げる。
目の前の食堂の賑わいを見て、ああたしかあそこは美味しいと同僚が言っていたな。と思い出す。
今度誰かと休みが合えば一緒に来てご飯でも食べようかな。そうしよう。だから今日は節約も兼ねてサンドイッチでいいのだ。と自分の行いを正当化する。

もぐもぐと普段の食事よりもゆっくりと咀嚼しながらボーッと街を見つめる。

アハハ!と大きな笑い声とともにガツガツと豪快に食事をする男性諸君をみて
男らしいのとガサツさの違いは何だろう。と考える。

あの人はもっと………ああほら。

すぐに彼の事ばかり頭に過ぎって。もう堪らない。


なんでこんなに好きになったのだろうかと。


気づいたのは最近だけど
多分ずっと前から好きだったんだと思う。

きっとはじめは背がおっきくて、体格も良くて。だから強いのかな?とひと目見たときに思って。ただそれだけだったはずで

それから食堂で見かけたときに
あんなに大きいのに綺麗に食事をするのだな。と感心したんだっけ
背筋がまっすぐで姿勢がよく、身体が大きいからか食べている量は多いはずなのに
静かに、綺麗に口に運ぶ。フォークをもつ指は私とは違って、長くてゴツゴツして男らしいのに綺麗で手を見てるだけなのに馬鹿みたいにドキドキして。
男の人なのに!と他の兵士と比べて明らかに品がいい彼に私も真似したいと思ったのに気付けば早食いのスキルしか上がってない。

その印象で、育ちが良いのかな。と勝手に思って

場内の低い草花が生えてる所を平気で兵士は近道だからと通る。踏み固められて少しだけ地面が見えているそこを、正直私達も通りたい。だけれど制服の裾に葉っぱなんぞついたら面倒だから行かないだけ
なのに彼はそこを通らずにちゃんと道を歩く。
その場面に何度か出くわして、今日もまたちゃんと道を通っている。と
私もちゃんとしなければ。と思って

なんてことのない事なのに
そんな些細なことで

真面目で育ちのいい人なのだと。


あなたはどんな人なのかと、その声が聴いてみたくて
男の人に声をかけるのなんて初めてで、バクバクと煩い心臓を誤魔化して洗濯場で必死に声をかけた。
よくメイドも兵士の洗濯を手伝っているのを見るし、別にそんなに変じゃないはずだ。
「大丈夫だ」と突っぱねられたけれど、自分の仕事だからと全うする姿は好感でしかないし

初めて聴けた彼の声は

低くて、心地よくて


もっとたくさん聴きたかった

それからもっと彼が気になって




同僚がお目当ての兵士がいるから!と一緒に少しだけ模擬戦をのぞくと

あの人は列の後ろで、自分が戦ってるわけでもないのに
攻撃がぶつかる度になんだか痛そうな顔をして。


ああきっと彼は優しい人なのだな。と


でもそれは兵士として大丈夫なのかな?なんてお節介にも思って

育ちが良くて、優しそうだから
街の学校の先生とか似合いそう。

それもいいかも。勝手にそんな妄想なんかして

でも彼はあんなに頑張ってるんだから私も頑張らなければって

思ってたのに



今や彼は四天王様だ。


"汚い仕事は全て彼がやっている"

耳に入って来る言葉に胸がギュッと痛くて


彼はどれだけ苦しく、辛い思いをしたのだろうかと

いや、きっと今も苦しいのかも



それを見せずに、立派に踏んばっている彼の事を私には到底推し量ることなどできない。

すべてが憶測で、それなのに彼を好きになるなんて



でも彼が私に与えてくれた優しさは
痺れるように甘く


それだけは事実で

それは私だけの物だ。


あの人の優しさをぐっと胸に抱いて
それだけで、私はこれからも彼を好きでい続けるんだろう。







「わざわざ手を煩わせてすまない」

『いえ、私も食べたかったので』


ドキドキと指先まで脈打つ様に熱い。



丁寧に包んで入れたクッキーが、彼の手の中にある


「ありがとう、大事にいただく」

たった一言なのに、低い心地のいい声が心臓を撃ち抜くように刺さる。

彼の指がするりと優しく包を撫でて
ぽつりと柔らかく目尻が下がる。
言葉を紡いだその口元がほんの少しだけ緩んで


ああ


痺れるように甘い



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