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わたしは醜い蛙


「名前これもお願い」

『はい!ただいま』

パタパタと毎日が忙しい。
あの後どうやって自分の部屋に戻ったのかさえもよく覚えてなくて、晩御飯を食べたのかも曖昧だった。
暫くは何をしたか覚えてなくて、ひたすらに、ただひたすらに仕事ばかりしていた。

「名前、最近食べれてる?なんか痩せた?」

『食べてますよ?』


本当はあまり覚えてない

常に喉に何か詰まったように息苦しくて、ご飯もあまり喉を通らないけれどそれでも出されたものを残さないように無心で口に運んでいる。
だから食べられているはずだ。


「ちょっといいかい」

『はい、なんでしょうか』

ドーマス様に声をかけられて心配してくれた先輩に背を向けて仕事に取り掛かる。
王妃様の専属といっても、筆頭メイド以外は王族と四天王の方々のメイドと言って差し支えない働き方だ。
その辺の所謂偉い人が使っている部屋は同じ塔にあるから、必然的にそこで働くメイドはその人たちからの雑用にも応えなくてはならない。
基本的にメイドのことをいちいち覚えたりしてないので、目についたメイドに仕事を頼むのである。なので王妃様のメイドと言っても、結局今の様にドーマス様や他の四天王の方々にも仕事を頼まれるのだ。


自分のしなければならない仕事に加えて、ありとあらゆる雑務を頼まれたら完璧にこなさなくてはならない。
本当の意味での"専属"メイドになれば顔と名前を覚えられるのだけれど
私はそこにいたるまではまだまだ掛かりそうだ。なんなら上が詰まっているので向こう20年くらいはこのポジションかもしれない。なんてちょっとゾッとする。

ドーマス様は若いし強い、さらにイケメンと言う事もあってお近付きになりたいメイドは山ほどいる。でもなかなか機会がないので私を羨ましいと妬まれる場合もあるくらいだ。
でも正直言うならじゃあ変わってくれ。という感じだ。

「着替えとタオルを自室に持ってきてくれ。あ、あと飲み物も頼む」

『かしこまりました』


ほらきた。この人は些細な事でもメイドに頼むのだ。「いいのだ。このくらいは」と言ってわりと何でも自分でしてくれるドルーシ様を見習ってほしい。
ドーマス様は優しく爽やかな笑顔を振りまきながら細かい面倒な仕事をこちらの忙しさにお構いなしにいちいち頼んでくる。
いや、これでこそ四天王よね。うん。メイドとは本来そういう仕事よね。とやるべき仕事と今頼まれた仕事を頭の中で組み立てる。

いかん、笑顔笑顔。人差し指で口角をグニグニ通して無理矢理上げる。
早歩きのスキルが死ぬほど上がっている気がする。
今日も平和で忙しい。



「あら、それもう終わったの?……手が空いてるときでよかったのに」

『集中してたら終わっちゃいました』

使用人の休憩室でちくちくと繕っていたシーツが出来上がって手が止まる。

「ちゃんと休憩とった?」

『縫い物好きなので大丈夫です』

本当はそんなに得意じゃないけど。平気で嘘をついて次のシーツに手を伸ばす。

仕事が一段落すると、すぐに頭にあの困惑と拒絶で染まったアピス様の瞳が過る。
軽蔑されたかもしれない。と、どうしてあの時の私は……頭がおかしくなっていたのか
図々しくも私を受け入れて貰えるなどと一瞬でも思った自分が恐ろしく憎らしい。

何も思い出したくなくて休憩もせずにひたすら率先して仕事をしていれば、また目の前の仕事が片付いてしまった。
どうしよう、中途半端な時間だから今から気になっていた所の掃除をし始めても今日は終わらないから余計に面倒なことになるだろう……厨房の手伝いにでも行こうか。それともドーマス様の近くを彷徨いていれば何かまた頼まれるかもしれない。

止まってしまえば、あの人のことばかり浮かんで
それに仕事を懸命にしている私を、あの人は評価してくれていたのだ。もう仕事だけしていたい。そうしたら、あの人の目に映る私は好ましい姿だろうから……。
仕事をしてないと、あの人にとって私の価値はなくなってしまう。私はただのメイドなのだから。

あれだけ明確に拒絶されたのに
この期に及んでまだ取り繕おうとしているのか。と自分で自分を嘲笑う。
仕方がないじゃない、だって好きな人には好ましい姿を見せたい。

だからもうずっと働いていたい

厨房か、ランドリー室にいけば何かしら仕事があるだろう。
ゆっくり立ち上がって廊下に出た。


コツコツと自分の足音がひんやりとした廊下に響いた。
ずるずると思考が引きずり込まれそうで、はやくなにか仕事をしないと。と落ち着かなくて思わず小走りになる。

前に人影を見つけてスピードを落とす。城の中を走るなんてはしたない。と昔に言われた言葉を思い出してひたすら薄暗い廊下に響く足音に集中して他に何も考えないように努める。

前から響く私とのものとは別の足音に、思わず足が止まって

本当に自分が嫌いになる。

なんで足音でわかってしまったんだろう

ギュッとエプロンを握りしめて、ゆっくりと力を抜く。
大きく息を吸って止まっていた右足を1歩前に動かす。
胸を張って、顎を引いて、目線を前に

ああ

大きな影、私を認識して一定のリズムだったその足音に狂いが生じる。
目線はあげているけど、目は合わせないように。何事も無かったかのように

ギギギッと胸が締め上げられるように痛い。
喉の詰まりが酷くて、呼吸がし辛い。

彼の隣に差し掛かって、ゆるく会釈をして通り過ぎる。きっと大丈夫だ。このまま通り過ぎて、この前のことはなかった事になるはず


「名前」


どうして


『はい、なんでしょう』

ゆっくりと振り返って身体をアピス様の方に向ける。
顔があげられない。両手をお腹の前でぐっと強く握ってぐわぐわと襲い来る感情の波を抑え込む。

どのくらいたったかわからない

きっと数秒だろうに、これほど辛い時間があるのかと

いつも通りに振る舞わなければならないのに

あれからまだ数日しかたっていないけど、アピス様にあっても大丈夫だと思っていた。
叶わぬ恋だと、初めからわかっていたのだから、あの時は彼の優しさと美しさに目が眩んでしまっただけで
この痛みもあの時自分の愚かな勘違いと醜態を晒したことに後悔しているだけで、拒絶されてしまった事はそんなに重要ではないのだと。アピス様の重みになってしまったから、と

思っていたのに

目線を反らし続けているのも不自然だろうと。どの道これからも多少は関わることがあるのだから
ほら、笑え。いつもみたいに、ゆるく微笑んで仕事を全うするべきだ。

ゆっくりと視線をあげてアピス様を見る


どうして


あなたがそんなに辛そうな顔をするの



辛いのは私なのに



本当に私は醜い。

息ができない


「その……」

口を開いては閉じて、言葉を選ぶように
目線を彷徨わせて目の前の彼が戸惑っているのが伝わってくる。


消えてしまいたい


気にかけないでほしい。

アピス様の優しいところが、たまらなく好きだと思ったのに

今はただ胸が痛い。


アピス様を困惑させているのは私なのだと思うと、申し訳ない気持ちとともに少しでも私の事を考えているのかと変に嬉しく思ってしまって
でもきっと彼は優しいから、私じゃなくて違う女の子に対してもこうやって気を揉むのだろうと
そう思うと吐き気がするほど嫌でたまらない。


薄暗い影になった廊下でアピス様のヘーゼルの瞳まで暗く彷徨っている。

特別じゃないなら、優しくしないで欲しいだなんて


こんなにも私は醜い


『アピス様』


笑え

滲む視界を無かったことにして


『なにかご入用ですか?』

私はうまく笑えているだろうか

「あ……いや、その…大丈夫だ」

『では』

ペコリと、深く頭を下げてゆっくりと足を動かす。逃げる様にこの場をさりたいけど、なるべくゆっくり。不自然にならないように



あなたが好きだと



あなたに抱きしめられたかったと


身体全部が悲鳴をあげている


痛い



私は本当に醜い





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