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あなたは黒い蛙


浮かれていたから、きっとバチがあたったんだ。




王妃様のメイドとして新しい部署に移動になった。覚える事とか、気を使う場面は沢山あるけど、先輩方は仕事が出来る方しかいなくて本当に尊敬する方たちばかりだ。
まだ私は若くていきなり王妃様の専属に推薦されたからか、他の人の厳しい目もあるけど一生懸命頑張ってちゃんと認めてもらえるようになろう。そう誓った。



「ねぇー名前」

『なに?』

あとはもう寝るだけ。部屋で髪を溶かして、ベッドに入ろうかな。と思っていた所に話しかけられる。

「その刺繍ってさぁ」

『……なに』

黒のリボンに施された刺繍をみてニヤニヤしながら勿体ぶるように話す友人をみて少しそわそわする。

「アピス様?」

『ッ!』

ブワッと顔が熱くなったのがわかって、友人の目を見ていられず思わず逸らす。

「やっぱり!この前ハンカチに刺繍してたからあれ?って思ったんだよねぇ。名前全然そういう話しないのにぃ」

露骨にニヤニヤと楽しそうだ

「よかったねぇ。名前ずっとアピス様好きだったでしょ?」

『え?』

よかったってなに、ずっとってなに!

「昔からずっとチラチラ見てたもんねぇ。私は気づいてたよ。いやー、感慨深い!あの名前がついにねぇ」

『ち!チラチラ見てた!?』

「見てたじゃん。昔一回声掛けた時なんか告白するんかってくらい意気込んでたじゃない」

『なっ!』


なんでそんな昔のことを覚えてるのこの子は

「あれからずっと見てたもんねぇ。いやー
おめでとう!名前もついに人のものなのねぇ。え、はじめて?」

『……な、なにが?』


なんだかいろんなことが飛躍していて彼女の話しについていけない。やっと自覚したこの想いに彼女はすでに気づいていたのもそうだし、おめでとうってなに……


「え?アピス様とお付き合いしてるんでしょ?」

『……へ?』


「え……」

『お、お付き合いだなんてそんな滅相もないっ!!』

アピス様と私がなんて、そんなっ!私なんかお付き合い出来るわけがない!とぶんぶんと首を振って否定の意を表す。

そりゃ、お付き合いできたら嬉しいけど、そんなの無理に決まってる。
でも、もし、もしもだけど、あの綺麗なキラキラした瞳で見つめられて、おっきな身体に包まれて、低く落ち着いた声で愛を囁かれたらどんなに幸せだろう。
想像しただけで心臓が口から出てしまいそうだ。
勝手にこんな想像することすらいけないことだと自分を律して必死に平然を装う。

『わたしが、勝手にお慕いしてるだけで……』


この手のことに目がない友人だから、もっと食いついてくるだろうと思ったのに
なんの反応もなくて、別に大げさに反応して欲しいわけじゃないけど私だって恋話とかしてみたかったのに
そろりと友人に視線をあわせると、なんだか眉間にシワを寄せて気難しそうな顔をしている。


『ぁ……やっぱり、身の程知らずだよね……私なんか』

シュンッと気持ちが一気に下がる
さっきは彼女も楽しそうだったのに、やっぱり私が浮かれてるのがわかってきっと引いたんだ。あの時と違っていまやアピス様は四天王で、私なんかただのメイドに過ぎないのだ。


「本当にお付き合いしてないの?」

『え?してないよ……』

ググッと友人の眉間のシワが深くなる。

「そっか……」

『……なんで?』

付き合えるわけなんかないのに、なんでそんな顔してるの?

「いや…その」

『……なに?』

「……名前今日誰かに何か聞かれた?」

なんだその抽象的な質問は

『何かって?』

「あー………」

こんどはそわそわと友人が落ち着かない様子で

なんだか胸がざわざわする。


「その、名前が……」

『うん』

「アピス様のお手付きだって、噂が流れてて」

呼吸がとまる。

「だから、私は名前がアピス様とお付き合いしたんだと。思ったんだけど……」

『ぇ、そ……誰から聞いたの?』

「けっこう、みんな言ってた。私は名前と仲いいから、本当なの?って聞かれて……何も知らないよって答えといたんだけど、この前の刺繍の事もあったし、名前がアピス様のことずっと見てたの知ってたから、お付き合い出来たのかなって……」

『ちがう、よ。私がただ一方的にお慕いしてるだけで、告白もしてないし、そういう……関係もないよ』

「そっか……」


夜の部屋にロウソクの明かりが揺れる。


ぐるぐると思考が落ち着かない。
この前、夜にアピス様のお部屋に行ったから、もしかしたら誰かがそれを見てそう思ったのかもしれない。
エプロンもキャップも取って、髪も解いてたからかも

浮かれて、調子に乗ってたから


アピス様はそんな人じゃないのに


寡黙で、強くて

浮いた話一つない


みんな知ってるのに


だから少しの火種でこんな事になるのだ。と


自分の思慮が浅かったばかりに、アピス様に迷惑をかけてしまったのだと



『わたし、』

「うん……」

『この前ハンカチをお渡ししたの』

「うん」


友人の優しい声に目の前が滲む

『アピス様が優しくて……、好きだって思っちゃって。ただそれだけで…こんな話になるって思ってなくて』

「うん、名前大丈夫だよ」

『わたし、アピス様にご迷惑を……』

「違うよ、大丈夫だよ。噂なんてすぐ消えちゃうって」


「大丈夫だから」って優しく言われながら背中を擦られる。友人の手が温かい。
迷惑をかけて申し訳なくて苦しいのに、本当にお付き合いできたらいいな。だなんて、少しでも思ってしまった自分が浅ましくて嫌なやつだと思った。









「とても気が利くと皆言っています。このまま励むように」

『はい、ありがとうございます』


仕事にも慣れてきたころ、メイド長に呼ばれた。


「……あなたの耳にも届いていると思いますが」


ああ、ついにメイド長から言われるのかと身構える。


「あなたの噂についてです」


アピス様のお手付きだから、きっと王妃様のメイドに推薦されたのだ。とそこまで話が回っていて
それでも仕事への姿勢で表すしかない。と噂話は聞こえないふりをして今日まで励んできた。
適当な所で結婚して辞めたかったであろうお姉様方からは、仕事人間のふりをして四天王に取り入ってるとわざわざ聞こえるように言われた。私のことだけならまだいいのに、アピス様もあんな地味な女の何がいいのか、私も誘ってみようか。なんて実に下品で腹立たしい。アピス様はそんな人じゃない。

黙って働いていればそのうち収まるだろうと黙々と働いているものの
ここまで言われなくてはいけないのかと、少しだけ辛くもなる。


「あなたが真面目に働いているのは知っています。仕事ぶりを評価しています」

『ありがとうございます』

「さて、噂についてだけれども、そもそも使用人の個人的な事柄については何も制限はありません。あまりにも風紀を乱しかねない行動はともかく、健全な恋愛は全く持って構いません。実際多くのメイドが兵士と結婚していますから」

『……はい』

「ただ、ここまで事実でない噂が広がったのは私の責任です。もっと気を配るべきだったのに、申し訳なかったわ」

『え』


完全に責められると思っていたので予想外の言葉に驚きが隠せない。誤解を招くような行動は謹んで下さい。とか言われるのかと思っていた。


「これは内々の話なので他言しないようにと言っていたのですが、どうやら話が漏れていたようで…実は……」








あの時きた井戸の周りにはまだ小さい花たちが咲き誇っていた。
勤務が終わった晩御飯の前、まだ日が沈むには時間があって昼間のようにポカポカと暖かい。
ここは何年も勤務していたのにあの時初めて来た場所で、きっと皆もここの存在を知らないだろう。
こんなに美しい場所を知らなかったなんて。でもこんな素敵な場所をアピス様のおかげで知れたんだと嬉しさで胸がギュッとする。

ベンチに腰を下ろす。
キャップをはずして、スルリとリボンを取る。ギュッと纏めていた髪を緩く纏めなおして一息つく。


嬉しいなんて、思っちゃ駄目なのに

こうして噂になって、アピス様のご迷惑になってるのに




いろんな感情が混ざり合って自分でも処理しきれない。
ポロリと涙が溢れる。


どうしてこんなに

好きになっちゃったんだろう。



「名前?」


ああ


『アピスさま』

「ッ、泣いているのか?」

アピス様の低い声


わたしの名前を呼ばないで


もっと好きになってしまう


目を見開いたアピス様がツカツカと近づいてきて、ベンチに腰掛けた私の前に片膝をつく。

いつも落ち着いていて寡黙なアピス様がわたわた、としている。
そうさせているのは私なのだと。本当に私は嫌な女だ。


『聞きました。メイド長に』

「ッ、その……すまなかった」

目は合わないけれど、アピス様の方が低い姿勢だからかキラキラとした瞳がよくみえる。なんとなく瞳もグレーだと思っていたけれど



綺麗なヘーゼル


その中に淡い緑が波打っている。太陽の光を受けてキラキラと色が変わる。




『私を、アピス様の専属メイドに指名したんですよね?』

「すまない」


謝らないでほしい


『どうしてですか?』

私はなんて言ってほしいんだろうか


あわよくば


私を側に置きたかったなんて

そんなことを期待してはいけないのに


アピス様は目を逸らして眉間にシワを寄せている。
期待しては、いけないのだ。

『この前のことがあったからですか?』

「そう、だが……あなたの事はずっと一生懸命に仕事をする人だと。思っていた」

ギュウッと胸が苦しくて、言葉が出ない

「だから、あの様な男のせいであなたの仕事に支障が出るのはよくないと、……私の側にいれば………と思ったのだが、すでに王妃様のメイドになる事が決まっていたと聞いて余計な真似をした」


ポロリと涙がこぼれ落ちる。

ずっと見ていた人が、私の事を見ていたのだと
案じてくれていたのだと


「ああ、本当にすまなかった。まさかあんな噂になるなんて……考えが至らず申し訳なかった」


申し訳なさそうに
あのアピス様が必死に言葉を紡いでいる。

ポロポロと涙が溢れる私の瞳をアピス様が見ている。
慌てた様に差し伸べた手は、私に触れることなく行き場をなくしてを彷徨っている


その指で、私に触れて

この涙を拭って下さったらいいのに



あなたに近づきたくて
触れてほしくて

グッと前に身を乗り出して
方膝をつく彼の前に自分も膝をつく

彷徨っていた手に自ら頬を寄せて、おっきくてゴツゴツした男らしいその手の上に自分の手を重ねる。
ひんやりとした手、厚くて硬くなったアピス様の掌を頬で感じる。


『ありがとうございます。わたし、嬉しいです。アピス様に気にかけて頂けたこと』


見上げるように彼を見つめて。
迷惑をかけているのに、こうして私を気にかけてくれているという事に図々しくも嬉しさを感じてしまって

「名前」

柔らかい低い声で名前を呼ばれて
親指の腹で優しく涙の跡を拭われる。ゾクゾクと身体が熱を持つ。

アピス様が優しいからなのに

まるでこの瞬間だけでも、アピス様の頭の中は私で満たされてるのだと


近づいた距離
アピス様の瞳が夕日のオレンジ色を纏ってとても綺麗で

猫の目みたい

その瞳に吸い込まれそうなくらい



たまらなく、好きだと


あなたがずっと好きなのだと


溢れ出すほどに



『アピス様が好きです』


ずっと

きっとはじめて会った時から





アピス様が優しいから

あの瞳の美しさに目眩がして

まるで愛しいものを触れるかのような指先に

私は勘違いをしたのだ

もしかしたら、

この優しさは私だけに向けられたもので

この想いを受け入れてくれるなんて







アピス様の目が見開いて
あの綺麗なヘーゼルの瞳が揺らいで、困惑と拒絶で染まった。


「すまない」


するりと、頬を包んでいた大きな手が離れて



熱いくらいだった身体は急に冷えきったように冷たくて
気付いた時には彼はもういなかった。





勘違いも甚だしい

浮かれていたから
目を覚ましなさいと、きっとバチがあたったんだ







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