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あなたにハンカチを


『私がですか!』

「ええ、そうよ。あなたの働きぶりは皆感心しています。この調子で励んでください」

『はい!ありがとうございます』




パタンと扉を閉めてすうっと息をする。

『んー!!!』

嬉しくて思わずぐっと身体に力が入る。にやけた頬を両手でぐにぐにと押して、キュッと口に力を入れる。

『よし、頑張ろう』


メイド長直々に王妃様の専属メイドへの推薦があった。王妃様のお世話をさせて頂けるなんて……。
王妃様に気に入っていただければゆくゆくはボッジ様のメイドを任せるかもしれない。とまで言われ、より一層仕事に邁進しなければ。と気合が入る。

若い使用人はだいたい若い兵士とお付き合いをして、そのまま結婚して辞めていくパターンが多い。
そんな中仕事一筋だった自分の仕事ぶりを認めてもらえて嬉しかった。恋愛したい気持ちはあるけども、やはり任された仕事をきっちりやり遂げたい気持ちのほうが強かった。
それを見ていた人がいる。とても嬉しかった。


もっと頑張って、立派なメイドにならないと!そう思って日々を過ごしていたのに





「だから、ちょっと話きいてくれって」

『勤務時間中ですので』

「おいっ!」


非常に迷惑だ。

同室をあてがわれているルームメイトの元恋人が私の仕事を邪魔してくる。

「話がしたいだけなんだよ」

『私は話したい事はありませんので』

泣き腫らした彼女を思い出してこの男は何様なんだと苛つく。
彼女とこの男が顔を合わせない様にして数日、会えない事に苛立ったのか私に取次を頼みたいとしつこい。
一方の話しか私も聞いていないから、この男のことを100%悪いとも言えないけれどあくまで私は彼女の友人であり、この男のことは直接知らないのでそんなことは知ったことではない。

そして勤務時間中なのだから本当に辞めてほしい。

五月蝿い声を聞き流しながら頭の中で次の仕事の動きを組み立てる。

『仕事が立て込んでますので失礼します』

「オイッ!!!」

『いっ』

バッと手首を掴まれて反射的に声が漏れる。そんなに痛くはないけれど、男の人の力で掴まれた腕がそう簡単に振りほどけないことはわかった。

『離してください』

「だから話を」

只でさえ勤務時間中だ。こんなところを誰かに見られたらたまったもんじゃない。今まで真面目に頑張ってきたのに、変な噂がたってこの前の話が流れてしまったりでもしたらどうしてくれる。
苛ついた相手の声にどうしたらここを離れられるか考えてみるけども、下手なことを言ったら殴られるんじゃないかと思ってしまうくらいに向こうの感情が高ぶってるのがわかる。

もう本当にやめてほしい。

ググッと掴まれる力が強くなって腕が痛む。


どうしよう





「おい……何をしている」



低い声が響いて、その声に思考が停止する。


「あ、えっと、これはその…」

男がしどろもどろに返事をしているけど、私は自分から変な汗が吹き出たのがわかって顔があげられない。
コツコツとこちらに近づいて来る音がする。

「手を離せ」

「えっと…」


こんなところを、あの人に見られたなんて


「彼女の手を離せと言ったんだが」

「あっ!す、すみませんっ」

パッと離された腕をゆっくりと反対の手で庇うように隠す。

顔を上げられない。こんなの、みっともない痴情の縺れだと思われただろう。この騒ぎは私が原因じゃないんです。と心の中で必死に取り繕う。
ピリピリとした空気の中沈黙が続く。
なんと言えばいいのだろう。

「おれは、その、彼女と話をしていただけで、ヒッ」

男が息を呑む音が聞こえた。



「名前」

『はい、アピス様』

名前を呼ばれてビクつきながら顔を上げる

目があった瞬間アピス様がくるりと背を向けて歩き出した。名を呼ばれたから、きっと付いてこいと言う事だろう。
助けて、くださったのよね?と必死に混乱した脳みそを動かしてアピス様の後ろについて歩き出す。

冷ややかな石の廊下にコツコツと2人分の足音が響く。アピス様は身体が大きいから、歩くのもはやい。ただ、私も普段鍛えられた早歩きでなんとか付いていく。


ああ、あんな所をアピス様に見られるなんて
ちゃんと顔を合わせたのはお花を貰って、花瓶を返そうとしたあの時以来なのに。
お花を頂いた1週間後花瓶をお返ししようとアピス様に話しかけた。
予定を把握してるわけでもないし、自分の仕事もあるのでもちろん部屋に花瓶は置いたままで『お返ししたいのでお部屋にお伺いしたい』と言うと少しの沈黙の後「……あれはもともと酒瓶だから返す必要はない」と言われてしまった。
あんなに綺麗な酒瓶なんてこの世にあるの!?四天王様は酒瓶すら豪華なのだろうか。とびっくりしすぎて全く反応が出来なかった。かろうじてでた『それではいただいておきます』と伝えると。表情を変えることなくアピス様は行ってしまわれて、それっきりだった。


そう、それっきりで2ヶ月が過ぎた。


それなのに、どうして今日あの場所で会ってしまったんだろうか。


アピス様には変なところを見られたくないのに。
これは私の勝手な気持ちで、別にお慕いしているだとか、お付き合いをしたいとか。そういう事じゃない
そもそもアピス様は私の事なんて覚えても……あれ


「名前」と、名を呼ばれた

アピス様に


ギュウッと胸が締め付けられるように痛くて、呼吸がとまる。

私の名前を知っていたのだと

それだけなのに嬉しくて仕方がない。


だめだだめだ、と頭を振る。
それだけだと、名を呼ばれたくらいで自惚れてはいけない。

ちがう

尊敬している方に名を覚えて頂けた事が嬉しかっただけだ。

だから違う




ピタリと前を歩いていた足が止まって慌てて私も足をとめる。
小さな花がたくさん咲いている中にポツンと井戸とベンチがある。

アピス様がスッと軽々井戸から水を組み上げた。

その後姿をみて、私がするべきだったのでは?メイドたるもの水汲み程度意を組んで率先してせねばならないのに!と頭がもうこんがらがっている。
水を飲むのだろうかと思ったけども、どうやら違うらしくチャプチャプと手を桶に入れて

ゆっくりとアピス様がこちらを向く

「腕を」

大きな身体に見おろされる。アピス様と目が合うことが珍しくて。色素の薄いの瞳がキラキラしている。あのいろは何色なんだろう。ぼーっと美しさに見とれていたら、グッと眉間にシワが寄って慌ててさっき聞こえた言葉を脳が処理しだす。

『あっ、はい!』

うでを、どうするのだろう

とりあえず反射的に両方の袖を捲ってしまったけれど


『!?』

ひんやりとした冷たさに身体が少しだけ跳ねた。
水を含んだハンカチが腕に巻かれていく。時折触れるアピス様の指先は冷たいのに、そこが一気に熱を持って身体があつくなる。

『あ、ありがとう、ございます』

あの男に掴まれた腕を冷やしてくれているのだと。ようやく鈍い私の脳は判断した。

「よくあるのか」

『え…』

「……ああいうことは、よくあるのか?」


カッと目が熱くなって

『いえっ!そんな、ありませんっ』

一刻も早く否定しなければと必死に言葉を返す。
友人の元恋人で!とか、だからアレは私と彼の痴情の縺れではないのです!とか
あれやこれやと事細かに説明したいけれど
アピス様にとってそこまで知る必要もない事だろうと。
私はただのメイドなのだから

そんな一気に話されても迷惑でしかない。


「そうか」


ポツリと彼の低い声が響いた。

キュッとハンカチの端が結ばれて、腕はひんやりとしてるのに身体があつい。

ゆっくりと彼の手が離れていく。

ああ、いってしまう


『ありがとうございます』

ハンカチの上からそっと手を添える。

「無理はするな」

『はい』

「では」とアピス様がまた目を合わせることなく去ってしまって
また私は気の利いた言葉一つも出なかったと深くお辞儀をしながら胸がギュッとなった。







月明かりにハンカチをかざしてそれをゆっくりと胸に抱く。
お返ししなければ。でも、名残惜しくて手元に置いておきたい。

この気持ちが、恋じゃないとはもう到底言えなかった。

『すきです』


でもきっと、この想いを伝えることはできない。

アピス様に迷惑にならないように

この胸にとどめておこう。


ちゃんととどめておくから、だから



最初で最後だから


わがままを許して欲しい


月明かりに照らされた青い花の押し花を指でなぞった。













『できたっ』

白のハンカチのすみに控えめに入った刺繍をみて我ながら綺麗にできたのでは!と嬉しくなる。
グレーの刺繍糸だからかあまり刺繍が目立たない。でもそれでいいのだ。
目立ってしまっては駄目だ。あくまでさり気なく。

アピス様のご武運を願って一刺し一刺し仕上げた。あの人が怪我しませんようにと。
二晩かけて刺した刺繍が表にならないようにキチッと畳む。
明日着る制服の上にそれを置いて忘れるわけがないのに、忘れないようにと自分に言い聞かせる。

余ったグレーの刺繍糸をみて

『余ってるから』

そう、ただあまったからで、お揃いにしたいとかそんな事はない。断じて

「名前起きてたの?」

『え、あ。うん。』

同僚の部屋で恋話に勤しんでいたルームメイトが戻ってきた。どうやら彼女はもうあの男の事は吹っ切れたらしい。私もあれからあの男を見ることもないから、きっともう大丈夫だ。

「ん?それ……」

『えっと、刺繍を、その。たまには?』

「ふーん……たまにはねぇ」


ニヤニヤ顔のルームメイトに声をかけられて何でも無いふうに答える。

『もう寝る?灯り消そうか』

「ううん、消さなくてもいいよ。妹から手紙来ててそれ読むから」

『わかった』

彼女は大きなあくびをしながらごそごそと自分のベッドに潜り込んだ。多分お酒を飲んでるだろうし半分寝ているのだろう。ゆるゆると持っていた手紙を開く。
きっと彼女が寝るのも時間の問題だろう。

そっと私も自分の手元に視線を戻す。

あと少しだけやって寝よう。
普段髪をまとめているリボンの予備を取り出す。真っ黒いリボンはなんの可愛げもない。黒い髪に黒いリボンで、別に仕事中はキャップを被るからこれでいいのだ。

シュルリとリボンの端に針を指す。

黒いろにグレーが少しずつ足されていく。


とてもキレイなあのキラキラした瞳を思い出しながら

ひたすらあの人のことばかり考えていた。










夕食を終えてパタパタと自室まで早歩きで帰る。お風呂に入る前にアピス様にハンカチを渡そう。
今日一日会えたらお渡ししようと、ドキドキしながら仕事をしていたものの
なかなかお会い出来ず。お見かけしてもボッス様と一緒だったので到底声などかけれなかった。
ただでさえ新しいハンカチを買いにいって刺繍なんぞしたためにあれから少し日が空いてしまっているのだ、はやくお渡ししなければ今ある僅かな勇気もなくなってしまいそうだった。

自室の鏡の前に立つ。小さい鏡を必死に覗く。
仕事が終わったので夕食の前にキャップをとってキチッと上げていた髪を解いていた。適当に纏めなおした髪をブラシで軽く解いてゆるっと三つ編みにする。
疲れた顔が少しでもマシになる様に。と言い訳を自分に唱えながら唯一持っている口紅を引き出しから取り出す。
薄い色しかつかないけど、たぶんちょっとは変わるはず?んーあまり変わらない?まぁいいか……。変じゃないならいいよね。色気づきやがってと自分で自分に毒を吐く。

大丈夫だよね?変じゃないよね?と唱えながら夜の廊下を歩く。
なんて言って渡す?汚れたからこちらを変わりに貰ってください。でいいかな?別に変じゃないよね?新しいハンカチの端っこにちょっと刺繍入ってるくらい別にそんなに気にならないよね?大丈夫だよね?
なんだかだんだん自分がしようとしていることが不自然なのではないかと頭がぐるぐるしてきた。

でも普通ハンカチ貰ったままの方がおかしいよね?だよね?うん。

はぁ……着いてしまった。

アピス様の部屋の前で固まったように止まる。ドアをノックしないといけないから、腕を上げなきゃいけないのに心臓がバクバクして体が動かない。
大丈夫だろうか、全てのことが……。
アピス様は優しいから大丈夫だよね?だ、大丈夫…うん。

すぅっと息を吸って顔を上げる。

いけ、いくのよ名前

お礼を伝えるだけだもん。あとちょっとハンカチを渡すだけだもん。
胸の前で持っているハンカチがシワになりそうで慌てて力を緩める。

せっかく息を吸って勢いをつけたのにまたふりだしに戻ってしまった……。

えいっ!いけ!


トントン

お、思ったよりも弱々しい音が出てしまったと、もう一度ノックし直すべきかと軽くパニックになる。少し待ってみて、反応がなかったらもう一度

ガチャリ

てっきり返事が帰ってくると思っていたのに、目の前の扉が開いてまだ準備しきれてなかった思考が悲鳴を上げた。

『あ……』

目の前のアピス様の目が私を認識すると見開いて、やはり夜に押しかけたのはよくなかったかも。と急激な不安に襲われて喉がカラカラに引っ付いたようだった。

『あの、先日アピス様にハンカチを……』

何ていうんだっけ、えっと
必死に頭を動かしていると、アピス様がドアを大きく開けて身体をドアに寄せた。あの時みたいにドアを押さえてくれたその仕草に、部屋の中に入っていいのだと理解する。

『ありがとうございます、しつれい、します』

入っていいんだよね?とアピス様を視界の端で伺いながらゆっくり部屋に足を踏み入れる。私が入ったのを確認してドアをしめた彼は私の横をスッと通り窓際のテーブルに近づくとイスを引いた。
チラリと視線をよこされて、え、座っていいの?と頭がもう緊張で爆発しそうだ。ぎこちない身体をなんとか動かして椅子に腰掛ける。アピス様はなんと紳士なのだろう。私が座ると彼も私と直角になる位置に腰掛けた。
アピス様は座った姿勢でさえ綺麗で。その綺麗さに私もピッと背筋を伸ばす。両手で包んでいたハンカチをそっとテーブルの上に差し出す。ああ、変に手汗がついてしまったかもしれない。

『先日はありがとうございました』

チラリとテーブルの上のハンカチにアピス様の視線が動く。自分の行動を正当化したくて焦って言葉を紡ぐ。

『その、あのハンカチは少し汚れてしまったので申し訳ないのですがこちらを変わりに受け取っていただけませんか?』

内緒で刺繍糸をお揃いにしてしまった後ろめたさが纏わりついている。でもアピス様のご武運をお祈りした刺繍だから不純ではない。と頭の中で自分に言い訳をする。

「わかった」

低い声で一言そう言って彼はハンカチを自分の方に引き寄せた。
とりあえず受け取ってもらえてよかった。と少しだけ力が抜ける。何か言葉を言いたいけど、何を言おうと喉が詰まる。



「あれから、大丈夫だったか」

大丈夫とは、腕だろうか。あの男の事だろうか。それとも両方だろうか。

『はい。本当にありがとう御座いました』

テーブルの下でキュッとスカートを握る。視界の端に髪を結んでいる黒のリボンが見えて、ああグレーの刺繍が見られてしまうかも。と思ったけどきっとアピス様はこのリボンの刺繍糸とハンカチの刺繍糸が一緒だなんて気づかないだろう。それにハンカチは刺繍が見えないよう畳んでいる。
優しいアピス様につけ込んで、私は自分の欲を満たそうとしているのだ。と目の前にアピス様がいるのに思考が闇に引き摺られそうになる。
どうせ叶わない恋なのだからこの程度許して欲しい。と本当に私はいやらしい。

すこしの沈黙が二人を覆う

『お休み前に突然申し訳ありませんでした。その、勤務時間中ですとなかなかお声掛けできなくて…』

「いや、わざわざすまない」

アピス様の落ち着いた低い声が好き

また沈黙が訪れる

あまりここで長居してしまうのはよくない。アピス様は明日もお忙しいだろうからもう戻ったほうがいいだろう。グッと頭を下げる。

『本当にありがとうございました。では、私は…』

失礼します。と小声で聞こえるか聞こえないかくらいの音量で言いながら軽く腰を上げる。

「ああ、気をつけて」

ガタッとアピス様も椅子から立ち上がる。ドアの方に足を勧めて、ドアを開ける前にもう一度アピス様の方を見る。

『あの、ありがとうございました』

「いや…すまない」

アピス様を見上げると珍しく目が合う。小さく呟いた「すまない」の言葉が静かな部屋に響いた。
少しだけ困った様に眉が下がっていてしつこかったかな?と反省する。でもどんなに感謝してもしたりないのだ

あなたのおかけで私は明日も頑張れます


フッと目を逸らされてゆっくりとアピス様がドアを開けてくれた。


『おやすみなさい。アピス様』



「ああ、おやすみ」






パタンと閉められたドアの向こうで


アピス様の目元が優しくなって、ほんのすこしだけ口元があがった


ぶわっと顔が熱くなる。


笑った?



アピス様が笑った





ドキドキと心臓も頭もいっぱいいっぱいで

なかなか寝付けなかった。



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