女の園の星

10


『ありがとう!お疲れ様』

「ん、じゃあ行きますか」

『お願いします』

シートベルトをしめると車は走り出した。

約束の土曜日。
いったい小林くんがどういうつもりなのか謎だけれど
それでもこうして一緒にいられて嬉しいだなんて。
今日はどうしたらいいんだろう。

車に乗せてもらうのは初めてだな。
小林くんが運転してるとこ、いっぱい見たい。この目に焼き付けたい。けど
そんな事をしてますます好きになったらどうするの。あと、バレるから。と自分を諌める。

「髪切ったの?」

『あ、うん。朝から美容室に』

ちらりと目線だけこちらに向けて話しかけてきたので、小林くんの方を向いて話をする。

うわうわ、運転してる。
かっこいい。
腕が、目に、はいる。まじでやめてくれ

髪は10cm近く切ったのでわかるかなぁ。とは思ったけど、わかったんだ。とまた少し嬉しくなる。
長い方が好きかな、とかそんなどうでもいい事が頭を過ぎったけどそんなの関係ないからって切った。

『これからあつくなるし』

「いいね、爽やかで」

ヘアケア商品の開発の為にあえてブリーチをかけて痛ませた毛先をそろそろお役御免とばかりに切り落とした。この流れはここ3年くらいのルーティーンだ。
だから別に小林くんへの恋心に区切りをつけるための気分転換などではない。

でもまぁ、本当にそうしてしまうのもありだな。と
なんならバキバキブリーチかけてハイトーンカラーにでもしてやろうか。と一瞬思うけど、婚活を思えば辞めたほうがいいのかもしれない。
そういえば、何かあるたびに髪の毛を明るくしたり、ピアスの穴が増えたりする少女漫画の主人公がいたな。と昔読んだ漫画をふと思い出した。

見た目が変われば、自分の気持ちも上向く気がする。

メイクも服も、髪の毛も
武装の意味があるよなーと。しみじみ思う。

『だから今日はいつもよりお洒落してます』

「なるほど」

『なんか美容室行く時ってお洒落してないと恐いし』

「そうか?」

『緊張しちゃうし』

「名前は本当すぐ緊張するよな」

明らかにいつもよりお洒落している自分を、別に小林くんと会うためじゃないから!と無駄に言い訳を並べる。
メイクもバッチリだし、綺麗めのワンピース。普段使わない小さめのバッグ。足元は相変わらずのフラットパンプスだけど……

小林くんは相変わらずのポロシャツアンバサダーだけど、今日は見るからにいい生地のポロシャツで
なんだか肌触りが良さそうだ。男の人のファッションはごちゃごちゃしてないほうが好みだから
そういう所でも小林くんを好きだなぁとか。思って

また好きって思ったなぁなんて

好きだと思うところばっかり見つけて、どうするんだ。本当に


「名前教育実習の時もめちゃくちゃ緊張してたもんなぁ」

『え、な、覚えてるの?』

「覚えてる」

くすくす笑いながらいう小林くんは鬼畜だ。

『あれは、普通緊張するよ』

「あんだけ緊張しといて実習成績一番よかったしな」

『う』

「名前頑張ってたもんな。俺でも知ってるくらい」

小林くんにそう言ってもらえて恥ずかしいけど純粋に嬉しい。
もともと緊張しいだけど、あの時は本当に辛かった。同期で励ましあったのはいい思い出だし、行ってみれば実習自体はそこまでたいしたことはなかった。死ぬほど勉強して準備して、でもやっぱり緊張した。

「名前はなんで実習受けたの?」

『え?あー……あの時は学校の先生になりたかったから』

じゃあ、なんで採用試験受けなかったの?

これはよく聞かれたことだった。

小林くんは私が試験を受けていないことを知っているんだろうか。それとも試験に落ち続けて一般企業でそのまま働いていると思われてるのだろうか。

言葉を選ぶように、小林くんが黙った。

「そっか、ずっとなりたかった?先生」

小林くんが優しい声で話をすすめる。

『え、んー。父親が教師をしててその影響で』

「へー!そうなんだ」

『うん。いつも仕事頑張ってて、それをみてたから必然的に教師っていう選択肢が常にあって』

いつも仕事してた父
自分にも他人にも厳しい父

『上に二人いるんだけど、どっちも一般企業に就職しちゃって一人ぐらい教師ならないのかぁって、寂しそうにしてるの見ちゃって。だからじゃあ私が教師になろうって思ったんだけど』

私が一番勉強できなくて、なんだか引け目を感じていた。
幼い時の父親はいつも仕事をしていて、誕生日だって休みの日なのに仕事しに学校に行ってた。
昔は学校も休みなのに、なんの仕事があるの?って凄くそれが寂しかったし、私より生徒の方が大切なんだ。ってよその子供の方が大事なんだって幼心に思ったのを覚えている。

今思えばそんなに仕事が大変だったのか、と思えるのに。

でもそれでも父のことは尊敬していたし、真面目に仕事に取り組む姿は子供ながらに誇らしかった。

大学生なんてまだまだ子供で、世界は自分と親と友達くらい。
教師になれば、ちょっとくらい父に認めてもらえるかな。と思ったけど


人見知りと、緊張しいと
他人の子供を預かるなんて私にできるのかと
馬鹿みたいにいろんな重圧を勝手に背負って、


私には無理だと判断した。


『研究が楽しくて、そっちに行きたくなったんだよね』

これは本当。教育実習でバタバタしてても、ゼミでお世話になった教授は優しかったし、研究は楽しかった。そのまま院に進んでいろんな縁があって就職できて今こうして仕事している。

あの時隠れて一人で泣きながら自分で決断したという事が私にとっては大事な事で

それが教師になるか、違う道に進むか
たとえどちらだとしても

私は私であることに変わりはないから。

大人になって世界が広がってその事がじわじわとわかるようになった。

今はもう定年した父は帰省すればめちゃくちゃ話しかけてくるし、こっちも子供の時みたいに変に緊張せずに会話ができる。
父もただの一人の人間なのだな。と自分が大人になってようやく思えた。
むしろ彼氏はいるのか!とか、ほんと辞めてほしいレベルで


「そっか、だからあの時……」

『ん?』

「いや、そっかそっか。俺なんか食いっぱぐれない!くらいで先生なったよ」

『ふふ、それはそれでいいじゃん』

教師なんて、そのくらいの熱量の方がやりやすいだろう。

『だから先生はすごいなーってちょっとだけど大変なのもわかるよ。本当いつもお疲れ様です』

「いやいや、ありがとうございます。どうりで教職に理解あると思ったわ」

『そう?』

「いやほんと、残業代つかないもんね。って言われた時名前先生だっけ?て思った」

『あー、いや。ほんといつもありがとうございます』

「ははっ、なにそれどの立場?」

小林くんがくしゃっと笑って
あーあ、いちいち胸がギュッとする。


本当に、好きになっちゃったんだなぁ



恋は落ちるものとは、まさにそうだと

恐ろしい。







『あ!そういえば』

「ん?なに?」

『小林くん誕生日いつ?』

無意味に(セフレ 付き合う)とかで検索してしまった時
自分の誕生日を一緒に過ごしたいと彼から言われるか。で本命かそうじゃないかがわかる。とかホントかよって感じだったけど
まぁ誕生日知らないし、いつなんだろー。的な。そんなただ会話のきっかけみたいな。
だって、先だったらもう会ってもないかも知れないのに知ったのころでどうするの?とか
近かったらお祝いにご飯行こう。とか図々しく言うの?とか
いや、ただの会話の話題だから。と誤魔化して
ちょっとでも小林くんのこと知りたいとか。そんなこと思ってる自分を止められない


ん?

あれ、何か変な間が


『えっと…』

「え、あ、誕生日?」

『うん。いつ?』

「6月30日」

『え……』

ちょっと前じゃん!
てか、え。小林くん機嫌悪い?あれ?

『あ、ちょっと前だね』

「うん」

『なら、今日のランチ奢ろうか!』

わざわざ、今度なにかあげたいっていうのもわざとらしいよね。きっと
それに今度っていつ会うかも、わからないのに

「いや、いいよ」

『え、そう?そっか……』

「ほんと?やったー」くらいの返事が帰ってくるかなぁなんて軽い感じで言ったのに
早口に低めのトーンで拒否されて
押し付けがましかったかな。誕生日くらい、別に普通だよね?
急に胸が痛くて苦しくなる。
運転中だからかな?ベラベラ喋るから……
それとも本当に嫌だった?彼女ぶんなよって思われたのかな。
ぐるぐると頭が変な方に飲まれそう。

「あー、その日に名前一緒にメシ行ってくれたから。だからいいよ」

『へ』

小林くんの言葉が、少し柔らかくなってホッとすると同時に言葉の意味をすぐに処理できなくて数秒かけて頭がまわりだす。

『誕生日に?』

「うん」

そうなの?と頭の中でいつだったっけ、何曜日だ?その時何食べたっけ?と
誕生日一緒にってご飯誘ってくれたんだ。とか
でもなんかさっき機嫌よくなかったよね?とか

「ピザ食べた日」

『あ!え、あの時?』

急にピザ食いたくなった。とか言って駅周辺のピザ屋さんをスマホで二人で探して行った時があった。
まさかの結構ちゃんとしたピザ屋さんで二人してこんなとこあったのかとビックリした。

え、あの時?

『言ってくれればよかったのに』

あ、また押し付けがましかったかも。

でも小林くんなら、俺今日誕生日なんだよねー。とか、たいしたことないけど。みたいな感じでメニューみながら言いそうなのに気を使ってくれたのか、それとも誕生日なのにご飯に誘われた!って勘違いされても困るって思ったのかな

ギュッとシートベルトを握りしめる。


「いやー、まぁでも名前と一緒に過ごせたし。楽しい誕生日になったから俺はそれでよかったよ」

え、そ、そんなこと言うの?
嬉しくてじわじわと顔が熱くなる。
私と一緒にご飯行くの、楽しいって思ってくれてるんだ。なんて
ついさっきまでネガティブなりかけてたのに
その一言でぐわっと気持ちが揺れる。
シートベルトを握っている手が落ち着かなくて握ったり開いたりを繰り返す。

あ、でも私が気を使わないようにそう言ってくれたのかも。
そうだよ、本当にこれで勘違いしちゃ駄目だよ。

ググッとシートベルトを強く握って

『えー、照れるなぁ』

「名前は?誕生日いつ?」

『私まださきだよ!』

さっきまでニヤける口元を必死に律していたのに、今度はわざとらしいくらいに笑って

私の誕生日は一緒にいてくれるつもりはあるんだろうか。なんて

うん。あくまで友達なんだし。と自分に言い聞かせる。
でも、セックスしといて友達ってなんなんだろう。
あ、これがセックスフレンドってことか。と何だか頭がおかしくなりそうで
考えるのは一人になってからにしよう。
きっとお腹が減ってるから、こんなにネガティブなんだろう。

はやくお店につかないかな。
左側の窓から、見慣れない町並みを見つめた。


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