04






慣れない仕事も日々が過ぎれば、ある程度は形になるもので
紫さんの励ましもあって私の日常は慌ただしくも、精神的には落ち着きを取り戻そうとしていた。

紫さんには感謝してもしきれない。


でもそれは一瞬で、忘れるな。とでも言うように
本命の波乱がついに私に襲い掛かってきた。

いろんなドキドキが混ざって、そわそわと落ち着かない。


今日は紫さんの合否がわかる日で。
電話で知らされるらしい。私は仕事があるので仕事が終わって携帯を見てそこで紫さんからの連絡によって結果がわかる。

仕事に集中してなるべく頭から追いやるけど
ふとした時に気になってしまう。
携帯はロッカーにいつも置いているから、今日もそうした。

不安な気持ちが大きい。


それは、紫さんが受かったら私はもしかして

喜びより先に寂しい気持ちが勝ってしまうんじゃないかって

落ちたら
ホッとするんじゃないかって


そうなってしまうことが
それが、一番怖かった。



最後の締め作業を手早くこなす。
他のスタッフに声をかけると、もうそっちも終わる。との事だったので
挨拶をして急ぎ足で更衣室に向かう。
ざわざわと胸が騒がしい。

私は、どう思うんだろうか


急いでロッカーをあけると、携帯のランプが緑色に小さく光っている。

怖い。

ドキドキしすぎて口から何かしら出そう

震える手でスマホのロックを解除すると、通知が一件


紫さんからで

ゆっくりと画面をタップする


(お疲れ様、仕事終わったら連絡して)


これは、どっちだ。

一気に心臓のドキドキが加速して、もうドクドクと身体全部脈打ってるのがわかるくらい。
喉の奥が張り付いたように乾いている。

おわった、仕事は。
連絡をできる万全を整えなければ。


急いで制服を脱いで私服に着替える。

パートのおばちゃんが更衣室に入ってきて、慌てている私に着替えるのはやっ!と笑いながら言ってきた。
それを適当に笑って返事をして、お疲れ様でしたっ!と流れるようにバックを引っつかんで更衣室を後にした。

携帯を握りしめたまま職場の裏口のドアを開ける。
出ると同時に画面をタップして、耳にあてがう。

プルルッーと音が聞こえるけど

もう落ち着かなくて、とりあえず駅の方へ歩き出す。
早足になっているのに気がついて慌ててスピードを落とす。

プッと音がなって、呼び出し音が止まった。

それと同時に私の息も止まる。


「あ、お疲れ様ナマエちゃん」

『おつかれ、さまです紫さん』

乾いた喉から、掠れるような声が出てゆっくりつばを飲み込んだ。

紫さんの、優しい声。

ああ


涙が出そう


「俺、宇宙飛行士になるよ。ナマエちゃん」


ああ





『おめでとう。紫さん』

「ありがとう。ナマエちゃん」


これ以上言葉が出てこない。
声が震えてる。



よかった



紫さんの声が、優しくて
楽しそうで、嬉しそうで

その声を聞いて

本当によかった。と一番に心から思えた。


不安がないって言ったら、それは嘘だけど
でも、吹き飛んでしまいそうなくらい


嬉しかった。


それにひどく安心した。



話を聞くと、もう記者会見も終わったのだそうで
夜は選抜試験のメンバーで飲みに行くそうだった。

紫さんが嬉しそうで楽しそうで
こちらまで嬉しくなる。


ほんの少しの寂しさすら、今はもう愛おしい。

『楽しんできてください』というと「ありがとう」と紫さんが言って
プツリと通話が終わった。

駅前のロータリーをぐるぐる回っていた足をとめて、ゆっくりと改札口へ歩き出す。

夢を見てるみたいで、空を見上げると。
薄い青色の空に
淡く白い月が浮かんでいた。




揺れる車内で、検索すると
速報で記事が上がっていて。上から順に目を通すと思っていたよりも人数が多くて一人ずつスクロールするうちにどんどん緊張が大きくなる。

指先に、紫三世の名前を見つけて
心臓がギュウッと苦しくて
ああ、本当なんだと。

形容しづらい感情に支配された。




紫さんが、心から楽しんで挑戦できるように
私ができることは
笑って送り出すことしかできない。

一瞬思った。
私も一緒に行きたいって。


でもきっと紫さんは、ついてきてほしい。とは言わない。
お付き合いしているしタイミングでいえば今プロポーズされてついていくのが恋愛小説なんかではお約束なんだろうけども

お互い頑張ろうね。って言う人だと思っている。


そりゃ、もう完全に適齢期ど真ん中な年齢で
言わないようにしてるだけで、結婚したいとは思っている。
結婚して欲しいって紫さんに言われたら
最高に嬉しいし
どこまででもついていくけど

きっと紫さんはそういうんじゃない。



今の私では紫さんの隣に立てない気がした。
一緒に行きたいって気持ちも、もちろん私が辛いときに支えてもらったから今度は私が支えたいって思いは強くある。
けれども、紫さんを支えたいってことと同じかそれ以上に離れたくないって気持ちが大きくて

むしろ、私なんかが紫さんを支えたい。なんかいっちょ前に思ったところで
支えられるのか疑問すら浮かぶ状態で。

こんなんじゃ駄目だ。

頑張って、ちゃんと自立して
大丈夫だからって、離れていてもお互いに支えることができるように


そういう人にならないと、紫さんの隣にはきっといられない。


しっかりとそれぞれの道を歩いて
それをお互いに共有して、支え合って
紫さんはそういう私達の関係を信じている。

それに応えたい。

応えられる、人になりたい。




紫さんが好きだ

ずっと一緒にいたい。


だから、ずっと一緒にいるために

私は今成長しなくちゃいけないんだ。





電車に揺られながら
窓の外に浮かぶ白い月を見て
私はそう心に決めた。














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