>> 愛と恋との狭間で





黒羽、と呼べば返事が返ってくることにとても満足を感じている。今まで長いこと一人暮らしを続けていたが、自分がこんなにも人恋しく思っていたことに驚嘆したのもつい先日のことだ。俺は実家で黒羽と同棲している。端的に言えば、結婚に似ているかもしれない。どちらかが男で、どちらかが女であったならば、俺達は多分今頃結婚しているだろうと思う。もう別れてやる気は更々無いし、どこかの女だか男だかに鞍替えする気も毛頭無い。




「黒羽、ドライヤーどこ」
「黒羽、お腹が空いた」
「黒羽、今日俺何着て行けばいいの」
「黒羽、くろば、……」


別れてやる気がない、というよりは俺が依存しているという形をとっている。黒羽は世話好きで、俺は存外甘えるのが好きだ。ギブアンドテイクと言っても正しいだろう。その為か黒羽はどんどんと俺を甘やかすのが上手くなり、俺はどんどんと自分でできることが無くなっていったのである。一人暮らしの時は時折気が向いたら料理をしようとはしていたし、洗濯もしていたし、髪は乾かさなかったが着て行く服ぐらいは自分で選んでいた。それがどうだ。同居してから一年も経てば俺は一人で生きていくのが困難に思われるほどに何も出来なくなっていたのだ。いやはや、積み重ねというのは恐ろしい。塵も積もれば山となるとは正に名言であると思う。


「工藤ー、ドライヤーかけるよー?」
「…あ、待ってすぐ行く」
「ちゃんと手入れすると工藤の髪って綺麗だよね。サラサラして羨ましいなぁ」
「そうか?俺は黒羽の髪の方が寝癖目立たなくていいなと思ってたんだけど」
「ええ?案外目立つもんだよ?そもそも工藤の髪質だったらあんまり寝癖付かないはずなんだけどなぁ。…まぁ結構寝相酷いもんね」
「…そうでもないだろ」


本当に酷いんだからね、と黒羽はさも楽しげに笑う。暖かいと思う。後ろから髪を丁寧に乾かされて、次第に眠気が俺を支配してくる。黒羽は俺が眠ったら朝まで起こさない。今寝てしまえば俺は朝まで黒羽と話すことが出来ないのだ。寝てはならない。どうにか俺は左の手の甲に爪を立てることで眠気を堪える。昨日は警察に呼び出されて黒羽と会えなかったから、自分の誕生日くらいは黒羽と穏やかな時間を過ごそうと昨日の内に何とか事件を解決し、呼び出しも断っていた。もうそろそろ日が変わる。時計の文字盤が十二を超えた瞬間にこの穏やかな時間は崩れる可能性があるのだ。あと数時間。片手で数えるほどしか残された時間はないが、ずっと他愛も無い話をして笑い合って過ごしたかった。


「…工藤、傷が残るよ。眠いなら寝室に行って寝よう?」
「…嫌だ。俺は寝ない。まだ寝ない。日付が変わらないと俺は寝ないからな」
「でも眠いんでしょう?明日一杯話そう?昨日遅くまで出てたんだから疲れてるでしょ」
「嫌だ、俺はまだ寝ないからな。寝せようとしたって無駄だぞ、俺はずーっと寝ないからな」


黒羽の表情が困ったように歪む。俺はこの表情に弱い。俺が弱いと分かっていて黒羽はわざとそんな表情をする。狡い奴だ。けれども俺もわざとだと分かっていても毎度その表情に折れるのだ。その後決まって黒羽は嬉しそうに安堵の表情を浮かべる。俺はその瞬間が好きなのだ。しかし今日だけは俺は譲らない。何があっても俺は譲らない。今日くらいは俺の度が過ぎた我儘も許されるはずなのだ。黒羽は朝、今日は工藤のしたいことをしようと自ら提案してきた。俺は今こそ黒羽と話がしたいのだ。黒羽の目を真っ直ぐ見て、要望を口にする。


「…俺は今、黒羽と喋りたいの。明日じゃなくて、今」
「…うーん、今日は強情だねぇ。分かった、でも日付変わったら寝るんだよ?工藤いっつも夜更かしすんだから!」
「…おう、サンキュ。…あぁ、そうだ。今日なー、佐藤刑事がなー?」
「うん、佐藤さんが?」


瞼が重いなぁと思う。黒羽は俺を膝枕して、サラサラと髪を梳きながら話を聞いている。次第に眠気が全身に回ってきた。口調も段々と速度を落とし始めてきている。だめだ。寝てはならないのに、身体が言うことをきかない。


「…工藤?あーあ、寝ちゃった。可愛いんだよなぁ。言ったら怒るんだけどねぇ?」


今日はもう残り少ないけれど、明日はもっと楽しく過ごそう。沢山喋って、沢山笑って、俺達は世界一幸せなのだと自慢してやるのだ。




 


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