ペダル | ナノ
箱根学園と総北高校2

部屋に荷物を置いた後、着替えを済ませた箱根学園は練習場に集合をしていた。既に総北は到着していたため、練習を開始している。彼女は箱根学園のジャージを羽織り、愛用の黒いペンとノートを持ち、やる気満々と言った様子。


「日向。暑いから、体調に気を付けるんだぞ」
「無理すンなヨ。お前いっつもぶっ倒れるまでやるからナァ!」
「ありがとう。でも大丈夫だよ」
「体調が悪いと思ったらすぐに言うのだぞ!」
「倒れちゃあ大変だからな」
「新開さんの言う通りですよ!」
「ちゃんと水分採らなきゃダメですからね」
「うん。ありがとう」


練習を開始する前はいつもこうだ。性格上、無理をしやすい彼女を心配し、皆は何度も何度も無理するなと圧をかけ、声を揃えて言う。これが始まると長い。大丈夫だと笑う彼女だが、余計にそれを心配する過保護な箱根学園。遠くからその様子を見ていた総北は相変わらずだと呆れる者もいれば、同じように心配する者もいる。


「無理しないって約束するから、早く練習始めよう?」
「…よし、では練習内容を言う」


総北1年生は王者の練習内容に興味があるのか、少し聞き耳を立てていた。福富の口から発表されると思っていたそれは彼女の口から発せられた。それに驚いた。王者だから福富か又は凄腕の監督が考えた練習だと思っていた。
だが、どうだろう。練習内容は全て彼女の管理の元、彼女が考えているのだ。一体、どういうことだと。いち早く鳴子は彼女の元に駆け寄る。


「えぇ!?箱学の練習って全部日向さんが考えてはるんですか!?」
「わわっ!鳴子くんかぁ…、びっくりした」
「あっ!驚かせてすんません!気になったもんで…」


鳴子が駆け寄ると彼女は気が付かなかったのか、ビクッと肩を跳ね上がらせていた。鳴子の後に続いて、慌てて小野田や今泉が追ってくる。


「そんで、練習考えとるの日向さんなんですか?」
「えっと…、」
「代わりに俺が答える」
「福富くん!」
「練習内容はほぼ日向が考えている。俺達の体調、コンディションなど考えた結果、万全の練習内容を」


彼女の前に立つ福富は彼女の代わりに答えて見せた。その内容に鳴子だけでなく、小野田や今泉も驚いた様子。勿論、2年、3年は知っていたので、さほど変わった様子はない。


「練習を始める。行くぞ、日向」
「う、うん。また後でね、鳴子くん。小野田くんと今泉くんも」


箱根学園はそうして練習を始めた。鳴子達1年生はポカンとだた立っていた。ふわふわ靡く、彼女の髪をだた見つめる。

そんな1年組を3年が呼び止める。早くこっちに来いと。


「うろうろすんな鳴子!」
「いっ…!オッサン何すんねん!ワイはだた気になったもんで…、日向さんが練習内容考えとるって、」
「まあ、初めは驚くショ」
「ああ。しかもアドバイスも適切だ。ロードレースについてもよく理解している」
「去年、金城も田所っちも俺もアドバイス貰って、マジ役立ったショ」


3年のメンバーは去年彼女に会った時、様々なアドバイスを貰った。自転車に乗るうえで大切なこと、客観的に見ているからこそ分かること、伝えられることがある。2年のメンバーにもアドバイスをしたことがある。そのため随分と慕われている。ライバルに何故わざわざアドバイスをやるのかと言うと、一言で言えば箱根学園を信じているからである。総北をライバルと思っているからこそ、最高のコンディションで最高のバトルをしてほしいと言う願いだ。

箱根学園に対しての想いや信頼は強い。現に今も真剣な眼差しで、彼らにアドバイスを送っている。


「もっとスピード出して!」
「膝に力が入りすぎてる!力抜いて!」
「上半身のバランス!」


1つ1つ丁寧に的確に指示を出す。それに部員は応えるよう返事をする。どれも正しい意見で、それに圧倒される。ほぅと感嘆を漏らす1年生に金城は「俺達も練習開始するぞ」と一声を。


「ワイもアドバイスしてもらいたいわ〜!」
「うん!すごいよねぇ、日向さん!ね!今泉くん!」
「…ああ」


練習開始する総北の会話を耳に挟んだ箱学の彼らは苦い物でも食べたような歪んだ表情をする。まるで、あー、やってしまったとでも後悔したような顔。


「いかんぞ。日向ちゃんが総北の1年生までにも好かれ始めている!」
「総北がいるって時、何となく覚悟はしてたけど…、いやぁ、やるね」
「るっせ!お前らべらべら喋ってンじゃねーヨ!」
「と言いながらも顔に気に入らないと書いてあるぞ!」
「黙れボケナス!!」
「でも見て総北。休憩中、日向ちゃんのこと見てるし、話しかけにくるし」
「箱学以外にもこうもライバルが多いとな…、巻ちゃんもあの通りだ!」
「そりゃムカつくケド…ってお前ら本当に黙れヨ!」
「靖友の本心」
「荒北の本心」
「っ、殺す!!」
「…お前達、少し静かにしろ。真波はともかく、泉田を見習え」
「福ちゃん…!」
「アブ!アブ!」
「え〜、俺はともかくって酷いです」
「…とにかく今日中の練習を終えるぞ」


はーいと気の抜けた返事を聞くと共に、ペダルをぐんっと踏んだ。加速する自転車を見て、彼女は嬉しそうに微笑んだ。





○月△日、曇りのち晴れ

合宿1日目(レギュラー陣のみ)
怪我人、体調不良者0人

メニューを全てこなし、無事に練習終了。ドリンクが途中足りなくなったので、明日はもっとたくさん作ろうと思う。暑さが酷いので、昼に冷たい食べ物を出そう。明後日の練習が激しいから、明日は筋トレ重視の軽いメニューにしよう。……




パタン、日誌の閉じる音。
夕日が沈みかけ、彼女は室内に入っていった。

prev next
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -