彼女と出会ったのは中学に入り、テニス部としてもそれなりに活躍し始めた頃だった。

俺はテニスが上手かった。先輩達にも負けることなどない強さだ。それに容姿にも自信があった。自慢かと思うだろうが否定していては逆に皮肉だろう。

だから女子にはとても人気があった。テニスが上手だね、格好いいね、彼女はいるの、様々言われ、キャーキャー騒がれた。告白も1日に何度もされたことがある。

でも俺は嫌だった。見た目だけにこだわり、テニスなんてまるで見ない女達が。俺のことが好きだと言うなら俺のためを思って行動をしろ。テニスをする時間を邪魔し、話しかけるな。俺が育てている屋上庭園に女子が来ることがある。花の世話をしているのにべらべらと話してきて、本当に腹が立った。
最近ゆるふわ系な女子が俺の周りをうろつく。ゆるふわか何だか知らないけど、そんな女の子らしい格好をして俺の気を引きたいなら土くらい弄れるようになれよ。爪を綺麗に手入れしてあるとムカつく。


そんなモヤモヤした腹立たしい気持ちを抱え、俺は屋上庭園に向かった。扉を開けると、風がぶわっと広がる。育てた花が色鮮やかに目に映り、自然と顔が綻ぶ。

しかし、花壇に座り込む女の子がいた。俺のファンか、とも思った。こっそり覗いてみると、何やら花壇を弄っているようだった。


「君、何してるんだい」


俺に気が付いていないもので、話しかけてみる。女子にはあまりいい思い出がないもので、自然と冷たい声が出た。女の子はびくりと肩を震わせ、恐る恐ると俺の方を向いた。

大きな瞳、だが片方には眼帯がされていた。揺れる髪は肩くらいの長さで、手は土で汚れていた。恐らく花壇を弄っていたためだろう。


「す、みませんっ…、わた、し…!」


女の子はびくびくとしていたのを見ると、俺目当ての女子だとは疑いにくい。まあ、信用してないけど。


「そのっ…、この花は、日陰を好むので勝手に移動させてしまいましたっ…!あのっ…誰かの花壇だと知らず、ご、ごめんなさい…!」


俺は自分が恥ずかしくなった。この子は俺じゃなくて、花壇目当てに来ていた。花のことを考えて、花のために素手で土を弄ってくれた。珍しいな、こんな子。


「いや、構わないよ。寧ろありがとう。そんなこと知らなかったから。俺こそ冷たく言ってごめんね?えっと、」
「あっ…、陰野日向です。えっと…、貴方は…?」
「!!」


俺は驚いた。だって名前を聞かれたんだ。俺から名乗るなんて名前を聞かれるなんていつぶりだろう。ヤバい、この子、興味あるかも。


「幸村精市だ。よろしく、陰野さん」
「えっ、あの…」
「何、俺とは仲良く出来ない?」
「そ、そういうわけでは…」
「じゃあいいね。よろしく」


何故、微妙な反応かは分からない。でも俺は仲良くしたいと思う。だって女の子でこんなに心地好いのは小学生以来だ。彼女は何だか弱い子だけど、不思議な魅力がある。

彼女と過ごす日々は楽しかった。彼女はおどおどしているが、少しずつ話をしてくれた。好きな物の話や嫌いな物の話。家族がいないことも聞いた。理由は言わなかったけど。だがそれより彼女の笑った顔にとても惹かれた。控えめに微笑む顔はとても可愛い。

でも、彼女は弱い人間だった。だから踏み出せなかった。俺はそこだけに引きを感じていたのかもしれない。


「幸村、くん…、最近、変わったことあった…?」
「変わったこと?何もないと思うけど」
「なら、いいです、けど」
「と言うか敬語止めてくれない?日向は本当に恥ずかしがり屋だね」
「えっ…!名前、」
「いいでしょ。何なら俺のことも呼んでいいよ」
「む、無理です…!」
「じゃあ敬語はなし」
「ふええ…」


変なことを聞くなとその時は思っていた。それよりちょっとだけ近付けたことの方が嬉しかったから。だけど、彼女が聞いた意味が放課後に分かった。


それは部活の休憩中。俺は体育館の裏の方まで飛んでいったボールを探していた。あの馬鹿力…、後でブッ飛ばすか。


「精市くん」


突然聞こえる女の声。不愉快だと思い向くと、不気味に笑う女がいた。テニスボールを持つ女には見覚えがあった。以前、俺に告白してきた女だ。うわ、こいつしつこかった奴だ。名前とか何で呼んでるの。


「…テニスボールありがとう。返してくれるかい?」
「ねぇ、精市くん。私に会いに来てくれたの?」
「は?だからテニスボールを…」


この女、何を言ってるんだ。目が可笑しい。と言うか人間らしい感じがしない。上手く言えないけど、生気がまるでないみたい。少し、この俺が怖いと感じた。


「精市くんは私のこと好きなんでしょ?だって言ったじゃない。愛してるから一緒にいたら危ないよって。でも私ファンなんて怖くないわ。貴方といれれば幸せなのよ」
「な、何言ってるの…」


こいつ狂ってる。徐々にこちらに近付いてくる。後退りをしたが、後ろは壁。動くことの出来ない俺は女と壁に挟まれた。女は俺の首に手をかけ、にたりと笑う。


「これで私のものよね…!早く私のものになって…」


ぐぐっと手に力を入れられ、苦しくて呼吸出来なくなる。こいつ本気だ。でも人間の力、ましてや女の力じゃない。

嗚呼、ヤバい死ぬかも

そう思った瞬間、女が悲鳴をあげ、俺から離れた。俺はすぐ酸素を取り入れるため呼吸をする。
俺の前にはあの女じゃない。俺が好意を寄せている彼女だった。


「私の守る敷地で好き勝手になどさせない」


これは彼女なのか。弱い女の子ではなかった。強い目をした強い女の子だ。凛と俺の前に立ち、ひらりひらり髪を靡かせる姿は美しい。


「精市くんは…彼は私のものなのよ!!」
「可哀想に。弱い心は愚かな想像を抱かせてしまう」


彼女は手に持っている鈴の付いた数珠をチリンと鳴らす。呻き声をあげる女は苦しがりながらも俺へと近付いてきた。俺は情けないことにあまりの恐怖で動くことが出来ない。


「私の友達は私が守る」


振りかざした彼女の手と共に女は一瞬の内、消えしまった。女がいたとは思えないほど、跡形もなく消えていた。


「何だよ…、あれ」
「彼女は、幸村くんに、強い想いを抱いている生き霊…、でも本人は、何も覚えてない。だから何も言わないであげて…」


生き霊って幽霊とかそういう類いのだよね。彼女は淡々と説明するけど俺にとっては何が何だか分からない。でも彼女が今傍にいることがすごく安心する。不思議な子だよ、やっぱり。


「お前は、一体何者なんだい?」


俺は素朴な疑問を尋ねてみた。彼女の知らないことを知りたい。どんなことでもいいから彼女を知り、彼女を支えたい。
彼女は苦い顔をしていたが、真っ直ぐに見つめると、閉ざされた口をやがては小さく開いてくれた。


「私は、霊が見えて、祓うことが出来る。家が神社で、昔からそうだった。私の片目、赤いの…、化け物みたいで気持ち悪いでしょう…」


彼女が初めて目を見せてくれた時だった。真っ赤な片目は燃えるような炎で強い強い色をしていて、到底気持ち悪いなど思わなかった。綺麗だと感じた。


「綺麗だよ。赤く咲く花みたいな、強い色だ」
「っ、えっ…?」
「助けてくれてありがとう。俺にその話をしてくれてありがとう。だから、辛いなら俺を頼れよ」


じわりと濡れた瞳の彼女を半ば強引に抱き寄せてやる。思ったよりも柔らかい肌や小さな体はきっともっともっと大きな物を抱え込んでいる。俺に何が出来るか分からないけど、守ってやりたいと、自分に自信をつけさせてやりたいと感じたんだ。


この一件以来、彼女への見方とか色々変わった。

俺は本当に大切な子を見つけたんだ。支えたい、大好きな女の子を。その子は弱い人間でもあるが反面、強い人間でもある。とても優しくて、誰かのために何か出来る子だ。仲間に紹介しようかと思ったけど、俺は独占欲が強いからね。紹介は気が向いたらね。



「幸村くん…?」
「ん?嗚呼、ごめんよ。昔のことを思い出していてね」


今では俺は彼女のことを一番に知っている存在となれたと思う。でも彼女はいつの間にかテニス部の仲間と知り合いになって、好かれてるしさ。あーあ、俺だけの女の子だったのに。幼なじみの跡部とか親戚の白石とか、本当に勘弁してほしい。


「日向、一緒に屋上庭園行こっか」
「う、うん!私ね、幸村くんが好きそうな花の種持ってきたの」


だから、せめて庭園にいる時は2人の時間を邪魔しないでくれ。

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