初めて出会ったソイツは物陰に隠れて、こちらをじっと覗いている女だった。



俺は日本の別荘にしばらく滞在している時期があった。だから今は日本だ。祖父に呼ばれて部屋に入ると、見慣れない大きな影と小さな影に目をやる。祖父と同じくらいの年齢の老人と俺と同じくらいの年齢の女。



「おぉ、景吾。来たか」
「はい、お祖父様。用と言うのは一体…?」
「紹介したい人がいてな」


おおよそこの2人のことだろう。祖父の昔からの友人である陰野という老人は何かと祖父を助けてくれていたらしい。恩人だよ、と祖父は言う。彼は笑顔が明るい人だと思った。

しかし、もう1人の小さな影は陰野さんに隠れて出てこない奴だった。(こいつも陰野さんなのだが)


「ほら、日向。何隠れとるんじゃ、出てご挨拶は?」
「……日向、です…」
「すまんの跡部。ちと恥ずかしがり屋なんでな」
「なーに、可愛いくていいじゃないか」


日向という女は頬を赤くし、祖父に頭を撫でられていた。


「景吾、俺は陰野と久々に話したいから日向ちゃんと遊んでなさい」
「…は?」


祖父は俺の返事を聞く前に、2人で部屋を出ていってしまった。
残された俺と日向という女。さっきは隠れていて顔がよく見えなかったが、なかなかの容姿だ。だが、片方だけ赤い瞳。少し不思議だった。

じっと見ていると彼女は瞳をバッと隠した。そうして怯えたように俺をちらり見つめる。何かを恐れている目をしていた。


「わ、たしの目…気持ち悪い、?」


俺はこいつが何に怯えているのか全てではないが、分かったような気がした。聞こえないほど小さく、震える声。


「…いや、綺麗な赤い瞳だ」
「っ、え…?」


ふっ、と微笑むと日向は嬉しそうにふわりと笑った。それを境に日向は俺と仲良くなったと思う。



日向は仕事のためでもあったが、よく家に来るようになった。祖父と陰野さんが話をしている間、俺と日向は2人で遊んだ。

こいつは何も喋ることなく、俺が歩けばテコテコ後ろを着いてくる奴であった。俺が本を読んでいれば横に寄り添い、俺がテニスをしていればタオルを持って待っている。何かを一緒にするわけではないが、とても心地好かった。
コレいるか?コレ食べるか?などと聞くと、コクコク頷き、受け取ると「ありがとう」と笑うのだ。それがこのうえなく可愛かった。


そんなある日のこと。
ソイツは俺の家になかなか来なかった。もう来ていい時間だ。だから心配になって外まで見に行った。慣れない場所を駆け回る。アイツはどこか放っておけないタイプの人間だ。心配で心配で仕方がない。


数十分が経ち、近くの公園を通りかかった時、数人の声の中に彼女の声が微かに聞こえた。

急いで駆け寄ると、数人に囲まれたソイツがいた。


「お前、母ちゃんと父ちゃんに捨てられたんだってな!」
「俺の母ちゃんも言ってた!お前が化け物だから捨てたんだって!」
「私も化け物と一緒に遊んじゃダメって言われた!」
「赤い目も気持ちわるーい!こっち来ないで!」


数々の暴言を吐かれる姿を見て、胸が痛くなった。でもアイツは言い返すことなく、黙って立っているだけ。何故だ?悔しくないのか?何故何も言わないんだ?俺には分からない。
こんな小さな身体は大きな闇を背負って生きていたのか。

堪らなくなり、俺はソイツの方へ走った。


「止めろ!1人を大勢で苛めて恥ずかしくないのか!」


俺を見ると、苛めていた奴らは少し怯み、後退りをする。所詮は子供。言い返されたら怯むものだ。こいつを庇うように前に立つと、悔しそうに唇を噛み締め、公園から出ていった。


「な、何だよ!お前も目が青くて気持ち悪いんだよ!」


最後にそう言い残し、奴らは去っていく。ソイツらの背中は弱い奴の後ろ姿だった。ざまぁみろ。


「大丈夫か?たくっ…何で言い返さねぇんだよ」
「…本当の、ことだから」
「本当こと?」
「…お母さんと…お父さんに捨てられたこと。私が、私の目が、気持ち悪いから…」


酷く寂しそうな瞳をしていた。こいつは時々、こんな顔をする。俺がお母様とお父様と話をしている姿を見て、今と同じ表情をしているのを俺はちゃんと見ていた。

心配かけまいと顔に出さないでいるつもりだが、俺はちゃんと分かってた。見くびんなよ、俺様を。俺がどれだけお前を想っているかを。


「俺はお前の瞳を本気で美しいと思った。寂しいなら寂しいと素直に言え。我が儘も言え。俺様が誰か分かってんのか?あーん?」
「…跡部、景吾くん」
「ハッ、分かってんじゃねぇよ」
「景吾くんの、目、空みたいで、好き」
「!!…ありがとよ」


ぎゅっと抱き締めてやると、ソイツは苦しいと言った。だが、その小さな手は俺の服をしっかり握っていた。ああ、愛しい。好きなタイプとは違う人間を好きになると言うが本当だったのか。…厄介な女を好きになっちまった。

小学生ながら俺はそんなことを思った。


イギリスに戻ってから俺はアイツを想って過ごした。会えない寂しさと愛しさを胸に。

そして中学。
日本に戻ってきた俺は王様の座を手に入れ、どこかにいる王妃を探す。

再び出会うのがあんな形とは思ってもいなかった、が。

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