「日吉くん…!」


突然の声に日吉は少々驚いたようで、目をぱちくりと開いた。声の方を向くと、知っている人物がいて、さらに驚く。



「えっ…日向さん?」



氷帝の制服の中、1つだけ違う制服があるとこうも目立つものか。立海の制服を着た日向が立っていた。タイツを履いているものの、鼻を赤くし、寒そうに震えている。一体、どれだけの時間ここにいたのだろう。


「良かったぁ…、日吉くんに会えて、」
「っ…そんなことより何してるんですか、こんな寒い中。あー、手も真っ赤にして…」


へにゃりと笑ってそんなことを言う彼女に日吉は不意打ちをくらいつつ、真っ赤になる冷えた手を握る。そして予想以上に冷たい手にカイロを放り投げてやった。


「わわ、ありがとう…」
「…いえ。それよりわざわざ氷帝まで来てどうしたんですか?」


あったかいね、と嬉しそうな日向に日吉も満足げである。しかし、彼女が何故ここにいるのかが気になるようで、日吉は尋ねてみた。「跡部さんに用とかだったらいないと言ってやろう」など悪い顔をしていたことは日向は知らない。


「あのね、日吉くんに渡したい物があって…」
「俺にですか…?」


日向はガサガサとおもむろに鞄を漁り出した。日吉は自分に用があったんだという事実に少し優越感を得る。決して表情に出さないが。


「今日はバレンタインだから、日吉くんにこれ」


日向が差し出したのは淡い水色。赤いリボンで綺麗にラッピングされた物だった。


「これは…」
「日吉くんには色々と助けてもらって、お世話になったから、そのお礼に…。甘すぎるのダメって聞いたから、ちょっとビターなんだけど…」


不安そうに「貰ってくれる?」と首を傾げる日向に日吉は、何とも言えない感情が体の中をぐるりと循環した。
貰ってくれるかと聞かれたが、断る選択肢などあるわけないだろうと日吉は思う。


「まあ、貰ってあげます。…ありがとうございます」
「ふふ、いえいえ」


手渡すと日吉は「開けてもいいですか」と尋ねる。日向は少し恥ずかしそうに頬を染め、「どうぞ」と言った。そんな彼女にこちらまで恥ずかしくなった日吉は気をそらすため、ラッピングされた物を丁寧に解放していく。


「これは、生チョコですか?」
「うん。一応、甘さ控えめだと思う!」


ココアパウダーが上に被さっている四角形の生チョコ。上品に並べられており、日吉はほぅと感嘆を漏らした。


「いただきます」
「え、今食べちゃうの…?」


遠慮なく、生チョコは日吉の口の中に放り込まれる。ふわりと広がるほろ苦さは彼にとって丁度良い物だった。その間、日向は心配そうに日吉が食べている様子を見ているのだ。


「ど、どうかな…?」


口元についたパウダーを拭い、日吉は美味しいと伝えると彼女は心底嬉しいのだろう、花が綻んだ笑顔を見せてくれた。

(可愛いだろくそ)と内心思いながら、日吉は生チョコをじっと見つめた。


「日向さんも一緒に食べません?まぁ、貴方が作った物を俺が言うのは可笑しいですが」


何を思ったか、生チョコを1つ、日向の前に出す。きょとんとしていた彼女であったが、日吉が折角そう言っているので控えめに口を開けた。あーんをしているみたいになったが、日吉は小さな口にそれを入れてやる。


「私には、ちょっと苦いかな…、でも日吉くんの口に合って良かった」


えへへと笑う彼女の口元にパウダーが主張するかのように付いていた。日吉はそれを待ってたかのように、目を細める。


「日吉くん…?」


日向の頬に手を添えて、ゆっくり近付く。こんなことバレンタインでなければしないだろうと心の中で何度も呟いていた。


口元のパウダーを自らの舌でペロリと舐め、拭き取ってやる。完全に取れたであろう所で、ちゅっと小さなリップ音で彼女の顔から離れた。



「たまにはいいですよね。今日はバレンタインなんだし」



日吉はそう言うと、ふいっと反対方向へと歩いて行ってしまう。耳が非常に赤かったのは秘密にしておく。


残された日向は頬を押さえ、顔を真っ赤に染め上げるしか出来なかった。






(いつも跡部さんや他の皆さんがこういうことをしてるのを横で見てきた)

(だから、)
(たまには俺もさせて下さい)



ちょっと頑張ってみる日吉

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