こんな恋愛の始め方

ついにやってきました。

何がって、席替えです。
私のクラスには、女の子達に絶大な人気を誇る、自転車競技部のレギュラーである東堂尽八くんがいます。山神と言われるくらい登りが早いエースクライマーであることもあるが、何せ彼は顔が綺麗だ。モテるのも頷ける。

私はこのクラスになって東堂くんと話したことがないといっても言いくらい関わりを持っていなかった。別に彼が嫌いではないが、ああも女の子が周りにいると少し引いてしまうのも事実。

…話を席替えに戻そう。
先生の一言で女の子達の目は本気になった。東堂くんと隣になりたいという女の子は我よ我よとそこを取り合う。自由にすると決まらないと判断した先生は公平にくじ引きをすることに。最初からそうするべきだろうと私は思った。



「じゃあ1人ずつ引けよ〜」


ダルそうな先生の声に女の子達は獲物を見つけた狼のように一気に群がった。怖すぎる。


「うお、女子こわっ。お前行かねぇの?」
「田中くん。あの中に行けると思いますか?」
「あー、無理だな。つか日向変わってんなぁ。東堂の隣とか女子にとっては天国だろ」
「いや、私はどこでもいいよ。田中くんの隣とか平和だから良かったよ」
「ちょっと、俺が平凡って聞こえるから止めて」


田中くんが泣き真似を始めたので面倒くさくなって、余ったくじ引きを引きに行った。いや、でも田中くんの隣は本当に平和だった。地味に3回くらいなったな。


「じゃあ移動しろ〜!んで自習、さらば!」


あの先生、後々の状況を考えて面倒くさくなりやがったな。まあ、自習はありがたい。しかも私の引いた番号は一番後ろじゃないか?うわわ、最高のポジションだ。田中くんは一番前だった。どんまい。

ガタガタ席を動かす女の子達に会話はない。おおそよ東堂くんの席が気になるのだろう。私はとっとと後ろに行くからね。移動し終わると、後ろという感動を噛み締めた。いやぁ、何と良い眺めだろう。


すると、私の隣からガタンという音が聞こえた。おお、隣の人が来たのかとそちらを向いたらまさかまさかですよ、ねえ。



美形クライマーさんが隣にいるではありませんか。


「あー…えっと、よろしくね東堂くん」
「あああ、あぁ!よよよよよろしく!」


一応声をかけるべきだろうと思い、よろしくと告げると、東堂くんは凄くどもっていた。ええ、東堂くんってトークもキレるとか何とか言ってなかったっけ?

それなのに目の前の彼は目を不自然に泳がせ、そわそわとしていた。
うわぁ、女の子達の目が痛いし、今から自習だから先生いないし、どうしよう田中くん。奴は前の席からニヤニヤ笑ってこちらを見ていたので消しゴムを投げてやった。


「は、初めてだね。東堂くんと隣」
「そ、そうだな!」
「あー、今日はいい天気だね」
「う、うむ!!」


ええぇ、会話弾まない。
私ってもしかして嫌われてる?東堂くんも無理に話しているように見えるし、何か目も合わせないし。


「あの、嫌なら無理に合わせなくても大丈夫だよ?ごめんね、気遣わせて」
「ち、違う!!そのようなことはない!!」
「…もしかして、私嫌われてる感じかな」


私は基本正直に言ってしまうタイプだ。言った後に私は気にしないからと付け足しすと、東堂くんはブンブン首を振った。


「そ、それだけは絶対にないのだよ!!!」


全否定をしてくれたところを見ると、嘘ではなさそうだ。良かった。ちょっと安心。嫌われてないと分かったら、特に緊張することもないだろう。


「東堂くんは自転車部のクライマーだっけ?」
「!!俺がクライマーだと知っていたのかね!!?」
「う、うん。東堂くん人気だしね。ああ、練習も何回か見たことあるよ」
「な、何!?おお俺は、その、見ていてくれたか!?」
「見た見た。格好良かったねぇ」
「ほほほほ本当か!!?」


東堂くんとは常にこんなにどもっているのか。でも会話は何とか出来るようになった。面白いな、東堂くん。


「と、ところで陰野さん」
「ん、何?」
「ああああの、そのだね、田中くんと仲が良いようだが、えー、付き合っているのかね?」
「…え?」


何を聞くかと思ったらそんなことかい。田中くんと私が?くはっ、面白い冗談だ。真っ赤になって何を聞くと思ったらそれか。


「ないない。田中くんとは友達だよ」
「そ、そうか!そうなのか!はっはっは!!」


ぱぁと嬉しそうに顔を綻ばせると東堂くんは高らかに笑いだした。本当によく分からない人だな。


「あっ、東堂くん」
「何だね……!?」


東堂くんの綺麗な髪に糸が乗っていた。綺麗だから逆に目立つなぁと思い、彼の頭に手を伸ばし、それを取ってやる。髪は思った以上にサラサラで指通りが良かった。うわっ、ちょっとドキッとした。


「糸、付いてたから」


へらっと笑うと、東堂くんの顔は林檎みたいに真っ赤になっていた。それはもう真っ赤。

あれ…?この反応って…、いやいやないよな。


「あー、ごめんね。嫌だったかな、」
「陰野さん!!」
「え、は、はい」


東堂くんは私の手をガシリと掴み、じっと私の瞳を見つめた。近くで見ると、目おっきいなぁ。


「今度、是非レースを見に来てくれないか」
「あ、え、うん」


やばい、何か恥ずかしい。しかも距離近くないですか?


「そして俺が優勝したら、俺と付き合ってくれないか!?」
「うん…って、え?」


私は言葉を上手く理解できないまま、適当に頷いてしまい、後で意味を知った。

私と付き合う?
東堂くんって私のこと好きだったの?
色々な疑問を浮かべ、彼の方を向くと、彼は真剣な表情であった。


私は自分の顔が真っ赤になるのを直に感じたのだった。


こんな恋愛の始め方もありだよね?


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