それは恋だよ
※ ねつ造してます。
ある日のこと。寮暮らしの兄、隼人くんが久しぶりに帰ってくることになった。自転車部の人達を連れてくるらしい。何回か会ったことあるけど、何だったけ。主将さんが福富さんで口が悪い人が荒北さんで美形が東堂さんだ。でも今日はもう1人いるって言ってた。
玄関の扉がガチャリと開く音がした。帰って来たのかと思ったけど動くの面倒くさい。リビングでぽけっと座っていると何人か声が聞こえた。
「悠人、久しぶりだな」
「む、お邪魔する」
「よォ、悠人。って東堂押すンじゃねーヨ!」
「わはは!この美形を覚えているかね弟くん!そう、俺が東堂尽八だ!」
「…こんにちは」
「あ、それと悠人は初めて会うと思うんだけど…」
「?」
隼人くんがそっと背中を押して出てきたのは女の人だった。ふんわりとしたワンピースが似合う瞳の綺麗な人。可愛いなぁ、と素直にそう思った。ドキドキ。
「えっと…、初めまして。自転車競技部でマネージャーを務めさせていただいてます、陰野日向です。新開悠人くん、でいいのかな?」
「うぇ…?あ、はい…」
「ふふ、よろしくね」
わあ、少女みたいな可愛い声にまたドキドキ。名前を呼ばれて、ついつい声が裏返ってしまう。恥ずかしくてちらりと彼女を見ると、美しく弧を描いて笑った。うわぁ、綺麗。
「こんなに大勢で押し掛けてごめんね?これ、ケーキなんだけど良かったら食べて」
「ヒュウ!気が利くね。流石だ日向」
「あ、こら。隼人くんは後でだよ」
差し出された箱を受けとる時、ちょっとだけ手が触れた。それだけで俺の体が全身硬直。隼人くんが横入りしてくれたおかげで何とかケーキを落とさずにすんだ。でも仲良さげな感じ羨ましいなって思う。
「じゃあ俺達部屋にいるから。悠人も暇だったら来なよ」
「えっ…う、うん」
「日向チャン、行こォ」
「荒北!日向ちゃんを押すな!痛いだろ!」
「アップルパイはあるか?」
ギャーギャーと騒がしく階段を上っていく隼人くんの友達。…ケーキ、持ってかれたけど。彼女はやっぱり好かれているのかな。あの濃いメンバーに囲まれてもニコニコしてた。周りの面々も優しい雰囲気。
隼人くんのあんな甘い顔も初めて見た。あの人といれる兄。いいな、羨ましいな、そんな感情がぐるぐる。兄は嫌いじゃないけど、あんまりいい思い出がない。
昔から隼人くんは自転車の才能があった。本当に速かった。周りからも期待されて、その期待に答えていた。俺はすごく憧れてたし、自慢の兄だった。でも、やはり兄弟となると比較されることが多い。隼人くんは出来るのに悠人は出来ないのか、どうして兄弟こうも違うのか。色々言われた。隼人くんは決してそんなこと言わなかったし、いい兄だけど、俺としてみたら劣等感が強くあった。俺に自転車をやらせたはいいけど、俺にはスプリンターとして才能がなかった。そこでまた比べられて、本当に嫌になる。
考えていても暗くなるし、テレビでも見て、時間を潰そう。リモコンのボタンを押すと、興味のない番組が流れる。チャンネルを変えても変えても、面白いものはやってないなぁ。ボーッと眺めていると、上から大きな声が聞こえる。荒北さんと東堂さんの声だ。それにしてもデカイな。
まあ、いいやと思い再び目をテレビに向けると階段から誰か下りてくる音がする。隼人くんかなとも思ったけど、それはトントン軽い音。誰だろう?
ちらりとそちらに目をやると、俺は驚いてリモコンのスイッチを切ってしまう。下りてきたのは隼人くんでも大きな声の人物でもない、陰野日向さんだった。ゆらゆらスカートの裾を揺らし、俺を見つけると、ニパッと笑顔になる。
「上、うるさいでしょう?」
「い、いえ…、別に」
「いつもあんなに騒がしくて参っちゃうよ」
話しかけられてまたびっくり。上手く言葉が出ない。女の人ってやっぱり何か違う。この人はもっと違う。何で自転車部の人達とこんなに仲が良いのだろう。
「あの、何で下に…?」
「ケーキ持ってきたの。隼人くん達は食べたから、悠人くん好きなの選んでね」
「あ…ありがとうございます。えっと、」
「日向で良いよ。いいえ。それにね、悠人くんとお話したいと思って」
ピシリ。しばらく固まる。
俺と話をしたいと思ってわざわざ来てくれた。何だか素直に嬉しかった。とてつもなく照れる。それと同時に不安に駆られる。隼人くんの話とかだったらやだなって思った。
えっと…、日向さんはケーキを出してくれ、俺の前に腰を落とす。真っ正面からだと直視出来ない。眩しい。キラキラ。
「私ね、隼人くんに弟くんがいるなんて知らなかったのよ。3年間も同じ部活なのに」
「そうなんですか…?他の人達はたまに家に来てました」
「そうなの!私にだけ教えてくれなくて…、悠人くんの話をたまたましてるとこを見つけて、それで教えてくれたの」
酷いよね〜、と呑気に話す彼女だが、明らかにそれは独占欲だ。俺に見せたくないんだよ。それだけ貴方が大切なんだ。
「やっぱり似てるね。隼人くんと悠人くん」
「…そう、ですか」
「うん。目元とか口元とかがそっくりだなぁって。悠人くんも自転車やってるんだっけ?」
弟、似てる、自転車、その単語が嫌いだった。この人も兄と比べるの?俺と兄を比較するの?自転車なんて遅いに決まってる。最速の男、箱根の直線鬼なんて呼ばれている隼人くんより劣っているなんて当たり前。
怖いな。次、何て言われるんだろう。
「でも、やっぱり違うね」
「えっ…?」
「似てるけど、よく見ると全然違うよ」
にこりと日向さんは笑う。
違うって初めて言われたかもしれない。今までは隼人くんに似てるね、そっくりだね、同じだね。何て言われてきた。それを理由に告白されたりすることもあった。隼人くんは理想が高いからって。
だけど、俺と隼人くんは違う人間だ。全てが同じわけじゃない。
「比べないんですか…?自転車にしても隼人くんはスプリンターとして才能があるけど、俺はない。弟なのに」
「どうして比べる必要があるの?」
キョトンと気の抜けた声でそう返答が帰って来た時は俺も全身の力が抜けた。
ああ、この人は俺が求めてたものを全部くれるんだ。一目見た瞬間、俺はきっと日向さんに恋をした。
「悠人くんは悠人くんだよ。誰かと比べることなんてない。1人の人間」
「でも、」
「ねえ、悠人くんはスプリンターをやるべきだと思っているかもしれないけど、違うよ。体つきとか見るとクライマーかな、きっと」
クライマー…、そんなこと考えたことなかった。俺は兄が素晴らしいスプリンターだから、きっとスプリンターになるべきなんだと思っていたから。そうか、同じじゃなくていいんだ。
「隼人くんも勿論素敵だけど、悠人くんには悠人くんの素敵なところがあるよ」
ふわり、微笑み、俺の髪に優しく触れた。器用に絡まる手が心地好くて、自然と彼女の腕をぎゅうって掴んでいた。求めるかのように、引き寄せて、何となく抱き締めているみたいになる。いい匂い。女の子だ。
「…わあ、悠人くんは甘え上手だね。可愛いな、もう」
「…可愛いは嬉しいですけど、日向さんの方が可愛い、可愛いです。キュンとします」
「ふふふ、悠人くん可愛いなぁ…、連れて帰りたいかも」
大歓迎だ。俺も連れて帰られたい。日向さんの匂いがいっぱいの部屋で、一緒にぎゅうってしてたい。ふわふわの笑顔を堪能したい。
会ったの初めてなのに、一目惚れして、恋をして、こんなにも大好きだなって思わせてくれる彼女は大物だ。自転車部の人をみんなお世話してるし、好かれてるし、すごい。
「俺、初めて会ったのに、日向さん大好きになりました」
「えぇ、嬉しいなあ」
俺が箱学に入っても、日向さんは卒業しちゃうし、難しい恋かもしれない。どうせ隼人くんとかも好きなんでしょ。分かるよ。
でも、俺頑張っちゃお。
たまには隼人くんに勝っちゃってもいいよな?
ずっと階段から俺達を見てるのバレバレですよ。自転車部の皆さん。
悠人くん可愛い可愛い可愛い
口調分からん。
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