触れてくれない彼の心情
「おめさんは本当に可愛いなぁ…」
厚い唇から漏れる甘い言葉に私はありがとうと頬を染める。それからまた続く甘い言葉の連鎖にとろけてしまいそうだ。
しかし、彼と私との距離は近くはない。ベットに座る彼と少し離れた場所に座る私。
こういう甘い言葉を言うのは腕の中やもっともっと近くの時ではないのか。
「好き、好きだよ日向。大好き」
でも、彼は口を閉ざすことがなかった。いつもそうだ。私と部屋で二人きりと時はずっと言っている。愛しそうに目を細め、不安そうに自分の手をぎゅっと握ってる。
好きだと言うのに、どうしてそんなに遠くにいるの?どうして私の手を握ってくれないの?
「あぁ、何でそんな可愛いんだ…全部、全部好きだ。愛してる」
「私も隼人くん大好きだよ」
だから触れてよ。抱き締めてよ。もう言葉だけじゃ足りないよ。私は我が儘になってしまったの。隼人くんのせいだよ。
私から動かないと。
隣に腰を降ろし、スッと手を伸ばすと彼はピクリと肩を跳ね上げた。
「私だって同じくらい好きなの」
垂れた瞳も優しい性格も自転車乗ってる真剣な顔も何もかも好き。その厚い唇でキスをして、がっしりした腕で包み込んで、私の不安を取り除いて。
ゴツゴツした手を目掛け、私の指を絡ませる。
「ねぇ、隼人くん。私は…!?」
パシンと乾いた音が静かな部屋に響いた。
私の手は彼に無残に払われたしまったらしい。
触れてくれないのも、抱き締めてくれないのも、言葉しかないのも、もしかして本当に好きではなかったの?どうして?どうして?
一度考え出すと疑惑がぐるぐる頭の中を循環する。
私、嫌われてるの?
目頭がカッと熱くなり、自然に涙が零れ落ちる。隼人くんの顔なんて見る余裕がなかった。
「っ、ごめんね…」
その場にいられなくなった私は部屋を出ようと立ち上がった。涙が止まる気配はまるでない。声を張り上げて泣きたい気持ちを抑え、私は扉へと向かった。
「!待って日向!」
腕を掴まれた。隼人くんの大きな手が私の腕を掴むと、バランスがとれなくなった私は彼と共にベットの上に倒れてしまった。
ドクドク。彼の心臓の音がこんなに近くで聞こえる。
「日向日向…、違うんだ。好きだ、大好きなんだ…泣かないでくれ…」
温かい。こんなに近くで触れたのは初めてだ。ぎゅっと抱き締められるのも初めて。ドキドキする。
「じゃあ、どうして触れてくれないの…?私は、隼人くんが大好きなのに、抱き締めてほしいのに…キスしてほしいのに…、我が儘だけど、全部全部してほしいの…」
濡れた瞳で彼を見つめると、彼の瞳は確かに揺れた。動揺したように揺れたのを私は見た。
「違うだ日向…、俺だって触れたい。抱き締めて、キスしたい…、でもそうしたら俺は止められない。汚い欲望が綺麗なおめさんを汚してしまうかもしれない…」
彼は震える手で私の背中をぎゅっと抱く。初めて触れた隼人くんの体は思っていたより大きかった。男の子なんだって実感した。
「隼人くん…」
「…はは、勘弁してくれよ。そんな可愛い顔されたら、ヤバいんだ、」
何だ、そういうことか。
隼人くんは馬鹿だ。大馬鹿だ。あああ、大好き。隼人くん、私だってそう思ってるんだよ?気付かなかった?
ゆっくり顔を近付け、ずっとずっと触れたかった厚い唇にキスをした。隼人くんは固まっていたけど、やがてそれを受け入れてくれる。
優しいキスは段々と濃厚なキスへと変わり、彼は乱暴に唇を重ね合わせた。
「ん、隼人、く…んっ、」
乱暴だけど優しいキス。
私は何度も何度も彼の名前を呼んだ。
「っはぁ…愛してるよ日向。止められないけど、ごめん」
…本当に大馬鹿。
「止めちゃ嫌だから」
隼人くんは妖艶に笑うと、またキスをしたのだ。
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