テニス | ナノ


▼ 置いてきぼりの約束





大きなテニス部の門にも教室にも校長先生がボケをする校庭にも挨拶はしなかった。何の心残りもなく私はこの四天宝寺から去って行く。薄情だと思う人もいると思う。笑って喜ぶ人もいると思う。



あぁ、私って四天宝寺にいらない存在だったんだ。



ビュウッと風に吹かれる髪。駅のホームで1人小さく笑っていた。新幹線を待つ私。きっと転校するなんて、誰も知らないんだよなぁ。

あの後、母に初めて涙を見せた。もう学校に行けない。テニス部に行きたくない。初めて見せる涙に母を困らせたかもしれない。それでも母は笑って、よく我慢したねと言ってくれた。転校先もすぐに用意してくれた。私は家族に恵まれているなと心から思った。


「あと5分か、」


新幹線が駅に着いた。
誰も来るわけないのに何故か期待している自分がいた。テニス部にだって、クラスの子にだって嫌われていたのに馬鹿みたいだよね。込み上げそうになる涙を無理矢理引っ込めた。






「日向さんっ!!」



その時、私の耳には確かに聞こえた。私の名前を呼ぶ、大好きな後輩の声。そして元気で明るい後輩の姿。いつも私がひとりぼっちで孤立しているのを気にせず話し掛けてくれる後輩。
こっちに向かって走っている。いつもヤル気なんてなさそうに目を伏せている彼も、笑顔が眩しい彼も苦しそうに顔を歪めている。

どうして、どうして?




「光くん、金ちゃん…、」



目の前にいる2人に私は必死に溢れ出そうになる涙を堪える。何でいるの、何で来たの。聞きたいことはたくさんあった。だけど声が出ない。何て言ったらいいか分からなかった。勝手にいなくなることをどう思ってるのかが怖い。
息を整える光くんと金ちゃんはじっと私に向き合った。開きかかる口元に私は耳を傾ける。



「転校、するんですか…」
「日向…、ワイ悪いことしたん?ごめんなさいするから行かんといて…?」


震える光くんの声。私にすがるようにぎゅっと抱きつく金ちゃん。どうしようどうしよう。泣いてしまう。私は金ちゃんの肩にそっと触れた。温かい。


「2人は何にも悪くないの。ごめんね…」
「それなら…!」


でも、と私は続ける。
一瞬心が揺らいだ。私のことをずっとずっと支えてくれた彼らの言葉に揺らいでしまう。でも、でもね…、ごめんね。



「私、もう、限界なんだ…」



震える声でそう呟くと。金ちゃんの手の力が緩まった。

そう。私はもう限界なんだ。テニス部の中で孤立して、学校でも孤立して、かつて仲間だと信じた彼らからは言葉の暴力を浴びせられて、もう1人のマネージャーからは暴力を受けたこともある。あの子はマネージャー、私は雑用として。毎日そんな扱いだった。私は体力的にも精神的にも、ダメになった。



「…全国大会、一緒に行くって約束したのに…、守れなくて、ごめんね、」
「ちゃう、ちゃいます…、日向さんは何も悪くない…」
「日向は何も悪いことしてへん…!せやからごめん言うの間違っとる!」



光くんは優しく私の手を握る。あ、冷たい。低体温だな、相変わらず。しみじみそんなことを考えていると、すぐ近くに光くんを感じた。1つ下には金ちゃんがいる。瞳がゆらゆら揺れていた。私がしてほしくない顔だ。


お願い、笑ってよ。


そんな願いを込めて、光くんの頬と金ちゃんの頬にスルリと触れる。すると2人は濡れた瞳で私を見つめた。安心してほしくて、私はゆっくりと目を細める。

そして笑った。
2人は驚いたいたように、目を見開いていた。





…間もなく発車します




アナウンスが流れると、光くんも金ちゃんも私もはっと顔を上げた。



「あっ…もう行かなきゃ、」



まだまだ伝えたいことがたくさんある。一緒に最後まで歩みたい。テニスをしている姿をもっともっと見ていたい。

ごめんね。本当にごめんね。



新幹線に乗り込む直前、私は振り返った。歪められた光くんの顔、泣きそうな金ちゃんの顔。大好きな大好きな2人の顔。いつも私の味方をしてくれる優しい2人。どんなに私が嫌われたって変わらず接してくれた2人。大好きなんだよ。




「光くんと、金ちゃんがいてくれて、良かった」





そうして私は旅立った。








(最後に見た2人は)
(やっぱり泣きそうな顔だった)

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