■ 越前リョーマのお姉さん2
辺りは人、人、人で溢れかえっていた。スポーツをする人たちは何故こんなに荷物が大きいのだろうかと思いながら、ラケットケースを器用に避けていく。人混みと熱気で頭がくらくらしそうであった。
日向はテニスの試合会場に足を運んでいた。可愛い弟の越前リョーマと約束した通り、彼の試合を見に来たのはいいのだが、試合会場が広すぎる。おまけに人が多い。弟の試合時間に間に合うのか不安になりつつも、目的の場所を目指した。もし迷ったりでもして見られなかったら拗ねてしまうかもしれない。自然と早足にもなる。
「お姉さん、1人?」
「えっ?」
そんな時、彼女の肩に手が置かれる。振り替えるとラケットケースを背負っている男がニコニコして立っていた。見た感じ、中学生であろう。弟よりは年上っぽい男を不思議に眺めた。ラケットを背負っているということは彼も試合に出場するのではないのか、何故声をかけてきたのか、同じように迷っているのだろうかと様々な疑問が浮かび上がる。
「良かったら俺の試合見ない?今からやるんだけど、お姉さん綺麗だし気に入っちゃってさ〜」
「ごめんなさいね。先約があるの」
「えぇ、そんなこと言わずにさ!」
「えっと…」
こうなってくると相手もしつこい。断っているものの、なかなか引き下がらない彼に彼女は困ったように口を閉ざした。早く弟のところへ行ってやらなければならないのだが、年下の相手にそう強く当たることも出来ない。ああ、もうすぐ始まってしまう。この子も今から試合なら時間がないのでは?と思考をぐるぐる回転させる。不意に彼のジャージを見た。
「(あれ…?この子の学校って確か、)」
君はもしかして…。声をかけようとした瞬間、後ろから腕を強く引かれた。あまりに突然のことであったので、体は自然と裏へと傾いてしまう。そんな彼女を受け止めたのは彼女より小さな体であった。いつものようにぎゅっと腕を抱き締めるのは、やはり大切な彼である。
「ねえ、なにしてんの」
いつもより幾分か低いトーンの声に日向は少し驚いていた。あんなに甘えた可愛い声を出しているのに、彼はこんな声も出るものなのかと。
リョーマは男と日向を引き剥がすと、触れられていた肩を勢いよくゴシゴシと擦っていた。痛いよと言えば力を緩めてくれるのは面白かったが黙っていよう。
仲のよい雰囲気を見せつけられ、男は拳を小さく握る。リョーマのジャージを確認すると、すぐにハッと気が付いた。そしてラケットケースを握り締め、ニヤリと口元を歪ませる。
「お姉さん。やっぱり試合見に来てよ」
「えっ?」
「そいつ、対戦相手だから」
挑発するかのように自分より小さなリョーマに目を向ける。こんな奴に負けない、負けるわけがないと言った自信に満ちた表情をしていた。
一方のリョーマも口角を上げさせ、相手を見据える。それはやはり自信の表れであった。帽子をクイッと上げると、ふっと笑い声を漏らす。簡単な挑発であったが、男はいとも簡単に乗せられてしまい、「ボコボコにしてやるからな…!」と憤って帰って行った。
「いいの?行っちゃったけど…」
「いいよ。アイツ姉さんのことナンパしてたし、何かムカつくから」
「えぇ、何かって、」
リョーマは腕から離れない。懸命にしがみつく姿はもはや愛しいほど可愛らしいのだ。自分もつくづく甘いなぁと感じ、彼女は息を漏らした。それを不安に思ったリョーマはそっと姉の顔をうかがう。にこりと笑うと、同じように目を細める。頭を撫でてやると嬉しそうにまた微笑む。まるでゴロゴロと喉を鳴らしている猫のよう。
「そう言えば、いつ試合始まるの?」
「もう始まるけど、姉さんいなかったから迷ったかと思って探してた」
「うっ、迷ってました…」
「そしたら変な男に捕まってるし、姉さんのこと触るしムカつく」
リョーマの顔は確実に怒りに満ち溢れている。こうなるといろいろややこしい。リョーマは昔にも何度か怒ることがあった。姉が男と親しく話したり、告白を受けたりすると必ず機嫌を損ねてしまう。彼女自身はきっとリョーマがどれだけ想っていて、どれだけ寂しいことなのか分かっていない。同じように想う気持ちはあるのだが、少し違うのだ。
「リョーマくん」
「…なに」
「試合頑張ってね。近くで見てる。けちょんけちょんにしちゃいなさい」
「!」
姉さんはリョーマくんを一番に応援しているよと告げれば何かが切れたようにリョーマはぎゅっと抱きついた。人目なんて気にしていられないくらい、嬉しくて恥ずかしくて、リョーマは何とも言えない気持ちになる。彼女もしっかりとそれを受け止めた。
「姉さん姉さんっ、絶対勝つから。だからちゃんと見ててよ!」
「うん。勿論!」
「他の奴なんか見てたら怒るからね!」
(ここで見ててよ!あ、俺の学校の先輩とかに挨拶しなくていいから!)
(えぇ、ダメなの?)
(っ、ダメ!!やだ!!)
(わ、分かったからそんな顔しないで〜!)
リクエスト、越前リョーマのお姉さんの続き。
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