■ 越前リョーマのお姉さん


夕焼けはコンクリートに反射してうっすらオレンジ色を纏っている。すっかり放課後となった今、青学テニス部はラケットを背負い、ワイワイと楽しそうに帰り道を歩いていた。テニス部はメンバーがメンバーなものでかなり目立つ部分がある。厳しい部活を終えたあとではあるが、流石と言うべきか、それなりにみんな元気そうで、中には軽快に走り回る人もいた。

このあとどうする?タカさんの家行きたいっす!…と弾んだ会話の中で越前リョーマだけはむっと無表情のままでいた。無表情と言うよりは何かをずっと考えているみたいで、口をぎゅっと閉ざしている。そんな彼の様子に気付いた大石はどことなく越前の隣に行き、遠慮がちにそれを覗きこんだ。


「越前、今からタカさんの家に行く話になってるんだけどどうだ?」
「えっ。俺は、別に…」


どっちの意味か分からない曖昧な返事をする越前に大石だけでなく手塚や不二も疑問を持つ。イエス、ノーとはっきり言う越前が言葉を濁らせるのは大変珍しいことで、不思議と感じずにはいられなかった。しかも先ほどから少しそわそわした様子で周りをキョロキョロする越前はどこからどう見ても誰が見ても可笑しい。何をそんなに気にしているのか、聞かずにはいられないのが本能である。


「越前、先ほどから何をそわそわしているんだ」
「っ、は?別にしてませんけど。部長の勘違いじゃないっスか?」
「…そうか」
「もしかして彼女か〜?このこの!」
「ちょっ、違いますから。頭触るの止めてくれませんか、桃先輩!」


桃城がガシガシ頭を撫でる手を越前は冷たく振り払う。相変わらずクールなのは変わりないが、やはりどこか落ち着きがない。何でもないと言いはる越前に部員一同(特に乾)がますます気になってしまう。それとなくタカさんの家に向かうと言う話で歩いていると、急に越前がピタリ歩みを止めた。


「んにゃ?どうしたオチビ〜?」
「俺、今日パスします」
「えっ?おい越前、」


大石が声をかけた時には越前は歩き出していた。あまりにすたすたと行くものだから何も聞くことが出来ず、ただ背中に背負う大きなラケットケースを眺めているしかない。しきりにテニス部を気にして裏を向き、「絶対に着いてくるな見るな」と言う氷点下な顔の越前。気にするなと言うことの方が難しいとニヤニヤ笑うレギュラー陣はひたすら不気味であることに越前は気が付いているのだろうか。




*



ユラユラとミディアムの髪を揺らす彼女は夕日をぼーっと眺めながら、足を進めていた。チェックのスカートが風に吹かれるたびに顔を覆ってしまう髪を手で軽くはらう。そして、ふぅと息を吐いた時、腕をぎゅうっと握られるのを感じた。彼女は振り返ると見知った顔だったらしく、少しホッとしている。


「びっくりした。もう、リョーマくん一声くらいかけてよ」
「だって、姉さんがいたから…」


腕をぎゅむっと握るその姿は先ほどのクールな感じとはまるで逆で愛らしくて、母性本能をくすぐられるような表情であった。越前にこんな顔が出来るのか、青学レギュラー陣はきっとそう言うに違いない。姉さんと呼ばれた彼女は越前リョーマの姉であるが、優しく微笑む顔はあまり似ていない。腕に掴まるリョーマを彼女はよしよしと撫でる。桃城の時は嫌がっていた彼であるが、彼女に撫でられるのは嫌いじゃない。いや、寧ろとても好き。


「今からどこ行くの」
「スーパー寄ろうかなぁって。ほら、今日は家に誰もいないってお父さん言ってたでしょう?だからご飯なんにもないんだよね」
「俺も、俺も行くっ」


一向に姉の腕を離そうとしないリョーマだが彼女は特に気にする様子もない。キラキラと猫目を輝かせるリョーマを可愛いなぁと感じる彼女はスクールバックを持ち直すとにこりと笑ってくれる。


「あれ?でもリョーマくん、今日は先輩とご飯食べるってお父さんが言ってたけど、」
「やだ。俺、姉さんと食べる。姉さんと食べたい」
「もう、リョーマくんってば…」


それでも可愛い可愛い弟の言うことを無下にすることなど優しい彼女に出来ない。自分より大きなラケットケースを背負う弟を見て、ふふふと小さく笑い声を漏らした。大きくなっても彼女にとっては大好きで、可愛くて、たった1人の弟なのだ。今でも不安そうにこちらを見上げるリョーマを見ると、あんなにすごい舞台でテニスをしているんだと疑う。だって、姉の前ではこんなに可愛いのだ。


「リョーマくん、部活は楽しい?」
「えっ?…まぁ、それなりにね。急に何で?」
「ううん。何となく」


楽しそうにテニスや部活をする姿、それだけでも彼女は嬉しかった。高校生である彼女はあまりそれを見ることが出来ないため、どんな風にテニスをするのかが分からなかった。試合を見に行ったりする機会もなかなか取れず、そこだけが彼女にとっては気ががりで不安だった。昔からリョーマと父親はテニスばかりの生活で、彼女は1人だけ違うことばかりしていたせいか、リョーマはとても寂しがりやだ。だから楽しいと言うことや部活に打ち込む姿はとても嬉しいのだ。


「今度、試合見たいな」
「!本当に?俺っ、姉さんが見ててくれるなら絶対勝つから!」


リョーマもまた姉が大好きであった。だから自分の好きなテニスを自分の大好きな姉に見てもらえることがこの上なく嬉しかった。ずっと掴んでいる腕を離すことなく力強く握ると、姉は優しく受け止めてくれる。どんな時でも優しい姉が大好きだ。テニスをしている姿を見てほしい、俺が勝って、姉が嬉しそうに笑う姿が見たい。リョーマは自然にラケットケースを握る手に力を込めた。


「じゃあ試合がある日、教えてね。リョーマくんのテニスしてる姿楽しみだなぁ」
「絶対来てよ。俺だけ応援してよね。絶対!」
「ふふっ、分かってる。さて、今日のご飯何食べたい?」
「姉さんの作るものなら何でもいい」


ざっくりだなぁと笑う彼女はリョーマに腕を握られたまま今日のメニューを考えることにした。大好きな姉と帰り道を共に出来たリョーマは満足そうに姉の腕をしっかり持って、歩幅を合わせる。

夕焼けに2人の影がゆっくりと消えていった。





(リョーマくんの好きな和食にしよっか)
(姉さん好き…!)

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