■ 東堂尽八と兄弟3



「日向ー!!こっちだぞ!そうそう!こっちだ!お兄ちゃんの活躍をしかとその目に焼き付けるのだぞ!」
「俺も見ててね日向ちゃーん」
「い、いかん!いかんぞ!隼人は見なくて良い!俺だけを見ていれば良いのだ!好きだぞ!愛してるぞ!」


外から大きな声が風に靡かれ教室まで届く。ふわりと髪を踊らせた東堂尽八の妹である日向は窓の外へと目を向けた。甘い言葉をかけてもらうことは女子として、ましてや東堂からの言葉として喜ぶべきところではあるが、妹としてはどうであろうか。隣にいるイケメンとして東堂と同じくらい人気のある新開隼人に何か言われても動じない彼女の心理はいかなるものなのか…。


隣の席に座る黒田雪成は頬杖をつきながら、そんな彼女の横顔をぼんやり眺めていた。
美形な兄と同じ美しい顔立ち。ただ瞳は柔らかく優しい色を帯びていた。自信家な東堂兄とは違って、妹は優しく、どこまでも謙虚で気遣いの出来る女だった。何故こんなにも違うのだろうか、黒田は不思議でならない。


「…お前よく耐えられるよな」
「ん〜、何が?」


ヒラヒラと笑顔で東堂に手を振る様子を見ると、甘い言葉を囁かれることに対して、不満もないらしい。何と仲の良い兄弟であろうか。


「いや…、兄弟にあそこまで言われると恥ずかしくね?あの溺愛っぷりはスゴすぎだろ」


まるで愛しい彼女にでも話しているかのように東堂は日向に接するのだ。学校ではそれは有名なことで皆慣れているようだが慣れてはいけないような気もする。黒田は未だに慣れることは出来ない。

彼女に淡い想いを抱く、大人数の内の1人だからだ。


「えぇ、恥ずかしくなんかないよ。お兄ちゃんが私のことを大切にしてくれるように、私も同じくらいお兄ちゃんのこと大切だから」


日向は手を振りながら、黒田からの疑問にスラスラ答える。それはあまりに強い意志が見えて、それ以上は何も聞けなかった。ふーんと気ごちなく返答する。

しばらくして外からキャアキャアと女子特有の高い声が聞こえてくる。東堂や新開は人気が高い。特に東堂はファンクラブまである。日向はそんな歓声を聞きながら、うわぁと感心したような声をあげた。


「お兄ちゃんも新開先輩もすごい人気だ。お兄ちゃんよく言ってるの。告白が耐えないって」
「まあ、顔良いもんな」
「むう、兄弟なのに私はそういうの一度もないんだよね…」


ボソリと放った言葉を黒田はしっかり聞いていた。そして頭の中でこの鈍感めとつっこんでおく。

一度もないと言うよりは、第三者によって阻止されるケースが多い。多いと言うよりそのケースしかない。誰によってとは言わなくても分かるだろうが、それは勿論のこと東堂兄弟である。兄だけでなく、姉もであった。彼女の幸せを望まないわけではないが、男ができるなど考えたこともないし、考えたくもない。兄である尽八の方は日向のことを好き(ラブの方)かと言うほどなので、それはもう酷い。


「(お前を好きな奴が東堂さんにしめられてるの見た時はゾッとしたわ…)」
「ユキちゃん?」
「…何でもねぇ。つかそのユキちゃん止めろって」
「だって可愛いんだもん。それに葦木場くんも呼んでるからいいじゃない」
「呼んだ?」
「うおっ!葦木場!?」


ひょこりと顔を覗かせたのは葦木場である。高い身長を屈ませ、黒田と日向の間に割って入った。後ろにはやれやれと溜め息を吐く泉田の姿も。


「急に声かけんなよな!ビビったー…、」
「ごめんねユキちゃん。2人が話してたから入れてもらおうかなぁって思って」
「こら葦木場。先生に呼ばれてるんじゃなかったのかい?」
「えー…でも日向ちゃんとお話したい。…いつも東堂さんが邪魔するからあんまり話せないんだもん」


ポツンと呟いた葦木場の言葉は泉田や黒田にはしっかりと届いていた。うんうんと強く頷くところを見ると東堂の過保護っぷりはどこまでもすごいらしいと見た。


「じゃあ用を済ましてからお話しようよ。私も葦木場くんと泉田くんとお話したいから」
「本当に?」
「本当だよ。嘘吐いたら針千本飲まなきゃいけないんだよ?」
「針千本…!絶対飲みたくないね!俺も嫌だ〜」
「ね?だから後でいっぱいお話出来るよ」
「うん!そうだね!分かった!」
「迷惑かけてごめんね?日向ちゃん」
「そんなことないよ!泉田くんも一緒にお話するんだよ!」
「あはは!うん、ありがとう。じゃあ後でね。あ、ユキ」


ぶんぶん勢い良く手を振る葦木場と軽く手を上げる泉田。しかし泉田は帰り際に何かを思い出したかのように黒田を呼んだ。噂話をするために顔を寄せる。黒田は何かと耳を傾けた。



「日向ちゃんと一番仲が良い男はユキだと思うよ。葦木場と僕はまた別でね」
「なっ…!は!?ちょっ、塔一郎!!」



慌てる黒田を見て、満足そうに笑うと「じゃあね」とぽやっとしていた葦木場を連れ、今度こそ教室から出ていった。黒田は顔を真っ赤にしながら、恨めしそうに去っていく2人の後ろ姿を見つめている。


「ユキちゃん顔赤いよ?大丈夫?体調悪い?」
「は!?な、何でもねぇよ!ちょっと暑いだけだ!」
「う、うん…?」


黒田のおでこに手を当て、心配そうにその瞳を見つめる。その行動に黒田はまた赤くなってしまう。気付かれたくなくて、腕で顔を覆うのだ。


「ゴホン…!つかさっきから言ってるけどユキちゃん止めろって」
「でも呼びやすいよ」
「俺の名前ユキじゃねぇんだけど…」


もはや名前覚えられてるのかと不安になる。葦木場があまりにユキちゃんユキちゃんと言うので、名前をユキだと思っているのでは?だとしたら葦木場シメる。黒田は心の中でメラメラ炎を燃やしていた。



「雪成くん、でしょう?」
「えっ…」
「覚えてるよ、とても。初めて名前を知った時、綺麗な名前だなって思ったの」



不意に自分の名前が彼女の透き通った声で呼ばれ、ドキリと心臓が跳ねた。綺麗だと、ふわりと笑う美しい顔にまたドキドキしてしまった。至近距離で目と目が合い、逸らせない。熱を帯びていく顔を隠したいのに、体が動いてくれない。


「クラスで一番始めに覚えた名前だよ」


いよいよ黒田は爆発しそうだった。この女、東堂尽八のように喋るわけでないのに何故こう言った恥ずかしいことをペラペラ話してしまうのだろう。


「(これって脈アリ…?そうでなくても塔一郎の言った通り俺が一番近い存在だよな?告白しちまおうか…、いや、でも待て…)」
「あの、ユキちゃんって呼んじゃダメかな?」
「へ?あ、あぁ…好きにしろよ」


ぱぁっと嬉しそうに綻ぶ彼女の笑顔に黒田はキュンと胸を打たれた。告白してしまおう、自分の気持ちを伝えてしまおう、そう考えた。自分の気持ちを知ってほしい。


「あ、あのさ!」


だが、そんなこと兄が許すはずなどなかった。彼女を誰より愛している兄。



「…何を話しているのだ。黒田」
「と、東堂さんっ…!?」
「お兄ちゃん?」



自他共に認める美形はにこりと笑っていたが、目が笑っていない。あの普段バカっぽいと言うか明るく怒らなさそうな東堂尽八が、怖い。


「日向、お兄ちゃんはお前に少し用があって来たのだ。一緒に来てはくれぬか?」
「そうなの?分かった。勿論いいよ」
「良い子だな。流石俺の日向だ!抱き締めてやる!」
「ふふ、苦しいよ〜」


東堂はぎゅむりと日向を抱き締めると、愛しそうに目を細めた。本当に兄弟なのかと言うほど、甘い空気を漂わせている。まるで恋人のようだ。


「じゃあユキちゃん。私ちょっと行ってくるね」
「お、おう…、後でな(怖っ!東堂さんめっちゃ睨んでるし!)」


東堂はジトーッと黒田を睨むと日向の手を握り、早足で教室から出ていった。「ユキちゃんとは何だ!?」「黒田くんのことだよ」「なっ、何でそんな親しげなのだ!名字で良いではないか!」などと言う会話がばっちり黒田に聞こえる。恐るべき東堂。




「一番の天敵は、東堂さんってことかよ…」




また超えるべきものが増えた黒田である。



東堂妹は2年の中では黒田くんと同じクラスで彼の想い人で葦木場くんとはぽやっとした同士の友達で泉田くんはそんなみんなのまとめ役。東堂尽八は超えるのは難しい壁である。

いろんな人との絡みも書きたいですな。

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