■ 東堂尽八と兄弟

「ねぇ、誰か買い物に行ってきてくれないかしら?」


黒髪を後ろで結び、美しい立ち振舞いで買い物袋を持ってくる着物の少し年の女性は旅館の女将のようだ。ようだ、と言うより旅館の女将である。

東堂という名の旅館は箱根では有名な温泉旅館であり、彼女はここの女将なのだ。聞きやすい声で買い物を頼んだ先には2人の男女がいた。


「私は今忙しいのだ。弟に頼むといいぞ、母さん」


美しい黒髪を揺らすのは一番上の姉である。大きくキリッとした瞳、鼻筋も綺麗に通っており、まさに美女だ。忙しいと言ってはいるが、彼女は雑誌を片手にゴロリとしているだけであった。


「俺は練習の疲れが残っている。雑誌を読んでいるだけの姉さんの方が適任だ」


一方、弟の方は日頃の部活の疲れだと言い、わざとらしく疲れた様子を見せる。姉と似たような瞳と鼻筋。だが、やはり男と言うこともあり、骨格などが少しばかりゴツゴツしている。美形には変わりない。


「何が疲れているだ。ここは体力のあるお前が行くべきである!」
「姉さんこそ忙しいと言いながらも雑誌を読んでいるだけではないか!」
「この時間に女に行かせるのか!この美形の私に!」
「まだ昼ではないか!それに美形なら俺もだ!」


古風な話し方で言い争いは続く。しかも随分と自信家で母も呆れる。東堂家は確かに皆が美形だ。母も父も兄弟も。しかし完全に姉と弟は父に似た。自信家な性格もこの大きな態度も。母の方が控えめで大人しい。


いや、しかしもう1人いた。

母親似の妹が。



「ただいま帰りました」
「あらあらあら!日向ちゃん、丁度いいところに!」
「お母さん、どうしたの?」


ガラリと扉を開け入ってきたのは小さな声だった。姉や弟に似て、とても整っている顔立ちだが、雰囲気が2人と違う。優しそうなやんわりした瞳だ。彼女は母親似の東堂尽八の1つ年下の妹、すなわち末っ子だ。


「買い物に行ってきてくれないかしら?この2人は忙しいって、全く」
「勿論いいよ」
「あら〜、助かるわ!流石日向ちゃん!お母さん似ね!じゃあ買ってきて欲しい物なんだけど、」
「「ちょっと待った!」」
「…何よ」


日向が袋を持って、再び出で行こうとすると、東堂兄弟が大きな声を出して、彼女を止めに入った。母親はまた始まったよと顔を歪める。


「日向が行くなら私が行こう!1人だと心配だ!」
「何を言ってるのだ!俺が行こうではないか!姉さんは忙しいのだろう。素直に任せておけば良い!」
「お前こそ疲れが残っているのではなかったか?ここは姉に譲るのが筋だ!」
「この時間は危険だと言ったのは姉さんではないか!」
「まだ昼だ。バカかお前は」
「何ィ!?」


先ほどとはまるで矛盾した会話をぎゃあぎゃあ繰り広げる2人を母は冷ややかな目で見ていた。彼女は困ったように、あわあわしている。


「なぁ、日向!姉さんと行きたいだろう?私は日向、お前と買い物に行きたいのだー!!」
「俺だって日向と行きたい!姉さんは前も行ったではないか!俺に譲ってくれ!」
「えっと…、私はどっちでもいいよ?1人でも行けるし…」
「「それはならん!」」
「あぅ…、」


いつまでも争いは収まらなため、母が痺れを切らしたのか早くしろと怒る。結局じゃんけんと言う公平なもので決まった。やれあとだしだ、やれ3回勝負だのと長かったが、何とか決まった。


「では行ってくる!」
「死ね尽八」
「お、お姉ちゃん、次は一緒にお洋服買いに行こうね」
「日向…!好きだ!」
「はいはい。お姉ちゃんうるさいわよ。行ってらっしゃい」


行くこととなったのは東堂尽八である。勝ち誇ったように日向の手を握り、わははと笑いながら出ていった。日向は何度も姉に手を振って尽八のあとを着いていく。ただの買い物なのだか。



「日向と買い物は久しぶりだな!」
「だって、お兄ちゃん部活忙しいじゃない」
「王者だからな!」
「学校でよく見るよ。よく仲間の人といるよね」
「声を掛けてくれればいいではないか!日向の声ならどこにだって聞こえるぞ!」


尽八は日向の手を握りながら話を続ける。会話でも分かるように彼はシスコンである。姉もだが、日向がものすごく大好きらしい。

2人と違って大人しく、控えめな日向。自分の意見を主張するわけもなく、にこやかに黙って聞いているタイプである。顔は兄弟皆、綺麗なのに彼女だけはそれを自慢しない。(姉達は姉達で逆に清々しくていいのだが)姉が美人系なら彼女は可愛い系になるだろう。2人が日向を大好きなように彼女もまた姉や兄が大好きなのである。


「…日向は、その、好きな男とかはいるのか?」
「えぇ、いないよ。お兄ちゃんみたいにモテないし、考えたことないしなあ」
「(日向のことを好きな男を排除しているなんて言えない…!)」
「そりゃあ男の友達はいるけど、そういうのはないかな」
「(男の友達…!?)」


日向はそんな彼の思いなど知るわけでもなく、変なのと首を傾げた。彼女がモテないわけはない。ただ東堂姉と弟の圧力がかかっていて、なかなか告白も出来ないだけだ。


「でもね、どんなに素敵な男の人がいても」


日向はくるりと兄の方を振り向く。ゆらり、髪が揺れた。



「私の中ではお兄ちゃんが一番素敵な男の人だよ」



ふわりとまるで天使のような、男なら誰でも落ちてしまいそうな素敵な笑顔を見せた。兄弟なのに好きになってしまいそうな笑顔。尽八はわなわなと震え、ガバリと彼女の小さな体を抱き締める。


「俺も、俺も日向以上の女子なんていない!」
「それは言い過ぎだぁ」





補足
東堂家の人間は多分みんな日向ちゃん大好きです。気遣い出来て、優しい末っ子ちゃんなのでお父さんとか激甘。お姉ちゃんは一緒に買い物に行くのが好きで妹を自慢したいタイプ。尽八は誰にもあげたくない独占タイプ。この3人は心配で心配で仕方なく、どこでも1人で行かせたくない。帰りが遅いと尽八は電話めっちゃすると思う。お母さんは勿論好きだけど、もう少し自由にしてあげなさいよと思っている。

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