財前と日向。

スタスタスタスタ。駅から随分と歩いただろう。手を引かれる日向は遠慮がちにチラリ前を見る。


「あ、あのっ…」


小さく控えめな声にピタリ、足が止まった。


「た、助けていただいて、ありがとうございます、」


くるりとこちらを向く相手に少し緊張しながら頭を下げる。ふわふわ揺れるスカートの裾をぎゅっと押さえ、顔色を伺うようにそっと見つめた。キラリとピアスが眩しい。


「…あの、この辺の人やないんスか?」


少し低い声は何かに期待しているようで、その目は何かを確かめているよう。穴が空きそうなくらい日向をじっと見つめていた。


「は、はい…。神奈川から来ました…」
「!何しに大阪に!?」
「えっと…!じ、実家を掃除に…」


急にぐいぐい迫る財前にしどろもどろ答える日向。帽子をぎゅうと握り深く被る。近くにある財前の顔を肌に感じながら、日向は恥ずかしそうに俯いてしまう。


「今からどこに!?」
「ええと…!あの、大阪の方からオススメをいただいた店を回ってみようかと…。美味しい甘味処を教えていただいたんです」


ほんわか笑う日向に可愛いなと思いながら、財前の確信は70%を越える。(絶対そうだ)と心の中で思うがなかなか聞くことが出来ない。あと一つ何か欲しい。
強くそう思ったのが通じたかのように風がぶわりと吹き荒れた。地面に落ちる葉は舞い上がり、ザアアと木を纏っている葉達は音を荒げる。
「あっ…!」と彼女の小さな悲鳴と共に身に付けていた帽子が空へと浮き出す。そのまま消えてしまいそうであった帽子を財前がパシッと掴んだ。柔らかい帽子はへなりと折れ曲がる。

さらり、さらり揺れる髪。
彼は確信した。





「…日陰さん?」
「えっ…?何で…」


燃える炎のような美しいルージュの瞳。
バチっと電流が流れたかのように互いの瞳が絡み合う。それが何秒だったか何分だったか分からないが財前は雷にでも打たれた感覚に陥った。これが運命だ、と。


「もしかして…あの、善財Pさんですか…?」


日向は驚いたようにぱちくり目を丸くさせる。互いに誰が誰であるか認識した。



「う、わ…ほんまに日陰さん…?」


存在しないものでも見ているかのように日向の顔に釘付けとなる。財前の熱い視線に日向は少し頬を染めた。初対面の人間にここまで接近され、どう反応していいか分からない。


「いや、もう何て言うか…」


彼女の頭に帽子を被せてやり、財前は顔を伏せてしまう。両手を日向の頬に添え、ふぅと息を吐いた。


「想像しとったより、何十倍もかわええとか…」


反則やと呟く彼の耳や頬は赤くなっていた。そんな彼の言葉と反応に日向も真っ赤になる。きゅっと口を紡んでいたが、やがて彼女はその口を開いた。


「わ、私は…想像していたより善財Pさん、ずっと素敵で、何だか…恥ずかしいです…」


財前の瞳を可愛らしい上目で覗き込む。

見た感じ、クールで感情を表に出すタイプではない。口調からしても毒を吐くイメージ。
そんな財前の顔はイメージとは異なる愛らしい朱色で、目が合った途端、照れ臭そうに目を反らすのだ。



「…勘弁して下さい…。そんなかわええこと言われたらキャラ保てへん…」


顔を手で覆い、赤い顔を財前は必死に隠す。


「まぁ、キャラ崩壊は想定内っちゅーことで…」


財前は日向の肩に手を置くと、すぅと深呼吸をした。日向は不思議そうにその光景を眺めていた。



すると財前は目を真剣な色に変えると突然、



「俺の嫁ェェェェェ!!!」
「えっ、えええ!!?」



ガバリと日向を抱き締め、我を忘れ、驚く彼女を気に止めずそう叫んだのであった。







(あ、俺の名前、財前光言います。年下なんで敬語使わんくてええですから)
(あっ…私は陰野日向です。えっと、そろそろ離してくれない、かな…?)
(嫌ッス。折角、嫁に会えたんスから、もうちょっと)
((はわわわ…恥ずかしすぎる!…というか嫁って?))


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