部室には切原、丸井、ジャッカルの3人がいた。
扉を勢いよく開けたので、ぐるりと全員がそちらを向く。ジャッカルは安心したように、丸井は心底嫌そうに日向の方を向く。
だが、今の日向にはそんなことはどうでも良いことである。
「切原くん…!」
切原は隅でうずくまり、苦しげに顔を歪ませていた。日向は一目散に切原の元へと駆け寄る。丸井が途中で文句を言っていたがジャッカルが止める。切原は日向に顔を向けるが、苦しくてそれどころではない。
日向は数珠を出し、切原の肩に視線を投げかける。
「離れなさい」
リーンと彼女の髪飾りが静かに音をたてた。
「離れなさい」
もう一度、日向が告げると、切原は更に苦しそうに唸り声を上げた。
ズルズルと切原の肩から黒いものが少量出てくる。
数珠を肩に近付けた時、
「いっ、!」
バチィッと電力が流れ、数珠がバラバラとなってしまった。弾かれた数珠は床へとバラバラに散らばり、彼女の手はぷくりと赤色に腫れ上がる。
"あ゙あ゙アぁぁア!私の…私のなの!彼は私のぉぉ!"女だ。おぞましい、青白い血まみれの女の顔が切原の肩からにゅるりと現れた。
「ヒィ!」と丸井は悲鳴を小さく漏らす。ジャッカルと柳は真っ青ではあるものの、前の一件もあり、それ程取り乱していない。
「もう一度言う。彼、切原赤也から今すぐ離れなさい」
ギラリ、彼女の片方だけ見えている瞳はガッチリと女を捕らえる。
"私の…わだし、の"「…どうやら言っても無駄のようだ。貴女は人を殺めすぎた」
印を組み、集中力を高める。それと同時に髪飾りは光を増していく。
「だから、消す」
ビシッと指を前に突き刺すと、女は五月蝿い悲鳴を上げ、切原の肩から徐々に離れていく。
半分ほど離れた時、女の腕が日向を目掛けてズズッと伸びてきた。それは印を組んでいる手をベタリと掴む。
「うっ…!」
痛みで即座に手を引っ込めた。よく見ると火傷のような手形がくっきり残っている。日向が火傷により印を組めないことを良いことに、女は切原の体内に入り込んでいった。
「いけない…!」
体内に入り込んだことにより、妙に焦りを出す日向は切原の肩に触れる。
意識を失いかけている切原を起こそうと懸命に声を掛け続けた。
「…急にどうした?それに先ほどまでの女は一体どこに、」
「女はっ、切原くんの身体を乗っ取ってしまう気…!今、彼の中にいる!意識を失ってしまったら切原君が危ない、の!」
柳は彼女の腫れ上がる手を気にしつつ、サラリと問うが、日向はそんな余裕はない。
「切原くん!気をしっかり持って…負けちゃダメだよ!」
肩を掴む手からは血が流れ、痛々しくて見ていられない。それでも日向は必死である。
「君は、!君はこのテニス部で一番になるって、一番になってやるって目標があるじゃない!今、こんな所で負けたらダメ!」
友人にだが、教えてもらった知識。いらないと思っていたが教えてもらえて良かったと彼女は思う。日向は泣きそうな顔だったか、それでも真っ直ぐな瞳をしていた。彼女のブラウンの瞳から一粒、涙が零れ落ち、切原の頬に落ちる。
(俺…は…ナンバー…ワンに…な、)
「あんた、に…言われ、なくても…分かってるっての…」
「切原くん…!」
日向の想いは届いたようで、切原の瞳には色が戻ってくる。意識を戻しつつある切原に対し、先ほどまで身体に埋まっていた女は意志とは関係なく切原の身体から追い出されていき、半分以上が露わになった。
そんな時、タイミング良く扉が開き幸村が少し息を乱しながら、部室へと入ってきた。
「日向!」
小さな瓶が宙を舞う
「…ありがとう!」
日向は落とさないよう慎重にそれをキャッチし、素早く蓋を開いた。
ビシャリ。
女目掛け、水を振りまくと、女は忽ち奇声を上げだした。
"あ゙あ゙アぁぁア!痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!"グググ、と切原の身体から完全に抜けたことを日向は見逃さない。ばらまかれた数珠はいつの間にか女を囲むように円となっていた。
数珠は女の逃げ場を無くすように光を放つ。
「 」
言葉を放った直後には女は音もなく消え去ってしまった。
切原はぐたりと倒れ込み、収まらない震えと自分との葛藤を繰り返していた。
日向はそんな切原を見て、皆の方へ振り返り、こう告げる。
「切原くんと2人にしてもらえませんか」