頭を支配している。
赤い瞳を持った、あの女が俺から離れてくれることはない。名前ではなく名字を呼ばれた時、とてつもなく胸が締め付けられた。
女なんてどいつもこいつも同じだ。
甘い声を出して、計算して擦り寄ってくる。醜い嫉妬と憎悪の渦を隠し持っている恐ろしい生き物。顔だけで判断し、本質を見ようともせず、自分の理想を押し付けるような奴ばかり。
「景吾〜、大丈夫ぅ?」
するりと俺の腕に絡み付き、甘い甘い声で愛美は俺の名を呼ぶ。
「あぁ…大丈夫だ。心配させて悪いな、愛美」
「ううん!だって〜、景吾のこと大事だもん!」
愛美の声は甘い薬のように俺の頭を操作する。惚れ薬を飲まされたみたいだ。
「…景吾さぁ、もしかして他の女の子のこと考えてるのぉ?愛美じゃなくて、他の子」
愛美の目が光った。
獲物を見つけた蛇のようで、少し怖い気がした。
何だ、寒気がする。
「…い、や。考えてねぇよ」
「…そうだよね!景吾は愛美でいっぱいだもんねぇ!」
愛美はそう言うと忍足に呼ばれ、そちらに走って行った。
そうだ。俺は愛美だけだ。俺達には愛美だけだ。
他の女とは違う。
愛美は俺達の応援をしてくれて、俺達のことを分かっていて、俺達のことを見てくれていて、練習のために……
…練習のために何をした?
テニスのために何をした?
愛美が来てから練習をした?
俺は、何をしていた?
考え出すと抱く疑問、浮かぶ不信感。
何だ何だ何だ。
今までの愛美が信じられない。
思い返すと愛美の行動は何一つ俺達のためではない。
話しっぱなしで練習などさせてくれない。コートにも入らせてくれない。ドリンクもタオルも用意せず、ベタベタベタベタとくっついているだけだった。
気持ち悪い。
その時、ふっと頭を過った。
俺の目を綺麗だと言った女の顔と過去に同じことを言っていた女が重なった。
赤い瞳の女。
『けいごくん!』
優しく笑う顔が俺の頭を蘇って鮮明に姿を表した。
日だまりのような、控えめに笑う女は俺の大切な宝物みたいな奴だった。
全てを思い出した。
思い出した途端、酷い吐き気が襲う。
愛美と名を呼び可愛がっていた女は化け猫のような醜い女だ。他の女とまるで変わらない女と同じ。
何故、あいつを愛していた。
分からない。
そして何故忘れていた。
大切なあいつを。
「日向…」
久々に口にした名前。
愛しい名前。
俺は何てことをしてしまったんだ。
脆く、弱いあいつを傷付けた。
他の人間よりずっと弱いあいつに酷いことを言った。
涙が出そうになった。
目頭が熱くなった。
痛め付けられているあいつを見ても、止めることなく、その様子を見ていただけ。
可愛らしい笑顔を俺が壊してしまった。
謝らなければ。
謝って、日向はまた笑顔を見せてくれるだろうか。
「日向、」
愛しい名前を何度も呼んだ。
頼む。
また、笑ってくれ。
名前を呼んでくれ。