「止めて…」



日向は手をふるふる震わせ、幸村の手を包み込む。

乱れた髪や服装を見ると、急いで来たことがよく分かる。



「もういいの…」



にこりと笑うと、スッと涙が片方の瞳から流れ落ちる。



「…泣かないで日向。メールに今から行くって書いてあってビックリしたんだから、」


優しく、愛しく、日向を抱き締める。
幸村が試合を減らしたのは、日向がメールでそう書いたからだ。彼女にバレてはいけないと急いだらしい。



「ちょっとちょっと!部長だけ狡いッスよ!」
「そうだぜ!幸村くんばっかいいとこ取り!」
「プリ、」




仁王、丸井、切原(プリガムレッド)は空いている所から日向に思い切り抱きついた。



「仁王くん!何と羨まし…失礼なことをしているんですか!」
「ブン太も止めろよ…」
「なに食わぬ顔をしているが、赤也、お前だ」



柳生、ジャッカル、柳はまるで保護者みたいである。これはこれでいつものことだ。真田は幸村に何も言えなかったとのことで。



一気に日向の周りはほかほかと温かくなった。それに安心してまた涙が流れる。






「あ、あの!」



不愉快な声の高さに、日向を囲んだまま、皆はそちらへと振り向いた。



「日向ちゃんの相手じゃなくて、愛美の相手もしてぇ!ほら、ぎゅーって!」


本人は笑っているつもりだが、全くそのようには見えない。微かに怒りを帯びている。それは勿論、日向に向かって。ドンッと日向は姫野により突き飛ばされ、細い足は地面へと崩れた。



「てめぇ!日向先輩に何してんだよ!」


姫野は近くにいた切原に手を振り払われる。


「元凶はお前じゃ。これ以上、日向ちゃんを傷付けるのはいただけんのぉ」
「当然、許すわけないだろぃ?」


手を振り払われたうえに自分に向かって暴言を吐かれるなど思ってもいなかった姫野の顔は何とも間抜け。日向の軽い体は幸村によりヒョイと引かれ、簡単に立ち上がる。


氷帝の芥川、日吉、樺地や宍戸は心配そうに日向を見つめていた。下手に手を出してしまうと、余計に姫野の怒りを買うこととなってしまう。何も出来ない愚かさがとても腹立たしく感じた。


酷く日向を睨み付ける姫野。
愛されているという感覚と自分自身を過大評価しているそのプライドはズタズタに脆く壊されてしまっていた。


一方、立海も怒りの色が伺えた。日向を傷付けられ、涙を流させ、弱い心に追い討ちをかけられた。大切な宝物に手を出された今、王者の怒りは沸点を越えてしまう。



今にも、何か起こりそうだった。




「…帰ろう、?」



日向の口から出た言葉に驚きを隠せない。


一番、悲しくて抑えきれない絶望を抱えているのは日向本人のはず。決して強くない、脆い彼女の心は悲しみの海に沈んでいるのに何故何もしないのか。誰にも分からなかった。




「け…跡部さん、」



一瞬だけ呼び掛けた名前を胸の奥底に押し込み、堪える。

日向に呼ばれた時、少しだけ跡部の肩が跳ね上がったように思えた。



「…な、んだ」



明らかに動揺している。
だが理由は分かるまい。



「部外者が、色々と迷惑をかけてすみません。これは氷帝の皆さんも立海の皆さんも悪くない。全て私の弱さが招いたことです、」



深々頭を下げ、精一杯の謝罪をする。そんな姿を見て、立海は困惑した表情を見せる。



「これで失礼します。本当にすみませんでした」



立海の皆を連れ、氷帝のテニスコートを出ようとした。


が、日向はくるりと振り向き、跡部をじっと見つめる。

跡部も彼女の瞳から目が離せられなくなる。







「綺麗な、蒼い目。まるで空みたいですね」



ふわりと笑ってそう言うと、今度こそテニスコートから去っていった。



跡部は一言も言葉を発することが出来ず、ただただ彼女の背中を見つめることしか出来なかった。











帰り道は、沈黙だ。

先頭にいる日向の背中からは今、彼女がどんな感情をしているかなど分からない。



「…日向、怒ってるのかい?」



幸村の言葉で日向の足はピタリと止まった。同時に立海の皆の足も止まる。幸村と同じように不安げな顔をしていた。



しかし振り向いた日向はというと、キョトンとした顔をしている。



「怒るなんて…!そんなとんでもない!私、怒ってなんかないよ!」



ブンブンと手を振り、否定を懸命に表す。


「えっ…でも俺達、勝手に行動して、余計に日向を傷付けちゃったし…それに、何かさっきから全く喋らないしさ、」
「ち、違うよ!」


心なしか、ほんのりと日向の頬は赤く染まっていた。



「私、なんかのために色々してくれて嬉しいの…だから、ちょっと恥ずかしくてね、どういう風に何を言ったらいいか分からなくなって…」



嬉しそうに緩めた頬は可愛らしいピンク色。

純粋であまりに彼女らしい言葉に一同、ポカンとしていたが、同じように頬を染め、そして笑った。



「何か先輩らしいッスね!」
「おいこら赤也。何知った風に言ってんだよ」
「いって!丸井先輩マジ痛いッスから!」
「止めろよお前ら」


切原は丸井にプロレス技をかけられ涙目になっている。丸井の技はかなり痛いらしい。ジャッカルは相変わらず。


「日向ちゃん可愛いナリ。ほっぺたピンク」
「に、仁王くん!女性の頬をベタベタ触るなどはしたないですよ!」
「と言う柳生も何でちゃっかり触っとるんじゃ」


仁王がピンク色の彼女の頬をペタリと触ると柳生は少し赤くなり仁王の手を叩く。柳生は柳生でちゃっかり触っていた。


「やはりお前には悲しい顔より笑顔が一番似合っているぞ」
「皆が何を話しているのかは分からんが、笑っていた方が良いだろう」


柳には頭を撫でられた。実は彼が一番気持ちよかったりする。真田は誰よりも話を理解していない。


「日向。自分なんか、なんて言わないで。俺は…否、俺達はお前が大切なんだから」


幸村が綺麗に笑うと、日向も自然と笑顔になった。




「ありがとう」




そう言って、また笑う。


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