「何や、1人で相手するなんて王者は余裕やなぁ」
「その減らず口が聞けないくらいボロボロにしてあげるから安心してね」
幸村の挑発的態度に忍足はポーカーフェイスを少し歪めた。一方、幸村は余裕の笑み。肩のジャージも落とさせないつもりだ。
「…もしかしてえらい舐められとるんか、俺。ジャージ羽織って余裕やないか」
「何勘違いしてるのか知らないけど、もしかしてじゃなくて舐めてるよ。このジャージも落とせないね」
幸村の挑発に怒りを露にしないのは流石だが、瞳は嘘は吐けない。怒りの色がよく分かる。
「愛美に気に入られてるからってあんま調子乗らん方がええで?立海なんかにやらんわ」
「あはは、とても面白い勘違いしてるんだね。間違ってもあんなのいらないよ。うちには可愛い天使がいるから」
幸村が本格的に魔王と化してきたもので立海はハラハラしっぱなしだ。忍足は姫野に関しては怒っていたが、このままではキリがないので試合を開始した。
「ふふ、どこから奪ってやろうかな」
幸村は楽しそうな笑顔を見せていた。
試合は幸村の圧勝。
「君、練習不足だね。筋力が衰えている。毎日毎日、その女にうつつを抜かして練習しないような奴に負けるわけないだろう?」
忍足は地面に倒れ、幸村をキッと睨む。それに幸村は最高の笑顔を浮かべてこう言った。
「最も、選手の練習の邪魔をする奴もどうかと思うけど」
汗一つかいていない爽やかな顔で幸村は再びコートに戻る。
「跡部は、少しくらい楽しませてくれるよね?」
パチン
コートに入った跡部は氷帝コールに続いて、指を盛大に鳴らした。
「勝つのは俺だ!」
「せいぜい、恥をかかないように頑張ることだ」
神の子vs王様の試合は始まった。
「こんな球では俺に勝つことなんて出来ないよ」
神の子は強い。
跡部は額に汗をじんわり浮かべるが、幸村の顔を見れば一目瞭然。ジャージも落とせず、あの跡部が苦戦している。
「氷帝は練習をきちんとしている一部以外、随分と弱くなったんじゃないかい?姫野愛美のせいで」
「うる、せぇ!愛美のことを悪く言うんじゃねぇよ!」
姫野は隅で悲しげに、正確には悲しげなフリをしていた。よくも騙されるものだと幸村は冷たい目を向ける。
「立海は毎日厳しい練習をしている。王者と呼ばれるのは練習あってこそ。こんな氷帝では我が立海に勝つことなど出来ないよ」
スパンと打った打球はコーナーへと鋭く落ちる。
跡部は負けた。
「氷帝の弱点はあの女だ。練習の邪魔をするあの女」
「愛美は、関係ねぇ。愛美を泣かすのは許さねぇ、」
クスンクスンと泣き真似をする彼女を忍足が支えていた。どうやら立海に助けを求めていた姫野だが、立海は全く目を向けない。
「俺も許さないよ」
幸村の周りだけ温度が下がったみたいに冷たくなった。
ギラリと幸村は跡部を見る。
「よく俺にそんなことが言えたものだ。泣かせたのはそっちが先だ」
「はっ…何言ってやがる、」
「この前、氷帝に来た陰野日向って子、片方の赤い目が綺麗な女の子。知ってるだろ」
跡部は少しだけ肩を揺らした。それがどういう反応なのか分からない。
「…いたな、そんな雌猫。あいつ泣いてたのか。だがな、自業自得だ」
幸村は跡部の胸ぐらを掴む。
あの幸村がここまで感情を剥き出しにすることが珍しく、跡部も他の皆も動けない。
「俺の大切な子を泣かせといて自業自得?跡部、ふざけるのもいい加減にしなよ。どんな気持ちであいつがお前に声をかけたか、知らないと言われた時、どんな気持ちだったか、考えてみろ」
跡部は言葉を詰まらせる。
日向の傷付いた表情と歪んだ赤い瞳が跡部の頭の中をぐるぐる駆け巡らせた。
「俺、は、」
「これ以上あいつを傷付けるなら、もう近付くな。俺は日向を泣かせた跡部、お前を許せない」
跡部は頭を片手で押さえ、ヨロヨロと足をふらつかせる。幸村に胸ぐらを掴まれているので、倒れずに済んでいるが。
「あいつは心から信頼する人間が少ない。知らない奴に声をかけるなんて普通はしない。跡部、お前を信頼している人間だと思っているから話しかけた。日向が人を間違えるわけない。人一倍、思いやりがある優しい子だから。なのにお前達は、!」
「っ、幸村くん!」
幸村は我に返ったように声の方向へと顔を向ける。
「日向…」
「止めて…幸村くん…」