「(幸村くん、悲しい顔してた…私がさせたんだよね…)」
日向は苦し気に手のひらをじっと見つめる。
振り払った感覚がまだ残っていて、余計に彼女を苦しませた。
ふらりふらりと歩みを進める日向は誰かにぶつかってしまいそうで、見ていられない。
ドンッ
そしてやはりそれは起こる。
誰かにぶつかってしまい、彼女はよろけてしまう。
が、肩を支えられた。
「あっ…ごめんなさい…」
パッと顔を上げ、支えてくれた手から離れる。
「お前、」
見知った顔の彼。
あの時の悲しみと辛さと恐怖が鮮明に蘇ってきた。
震えを抑えるのに必死な彼女を見て、彼は不安そうにそれを見つめる。恐る恐る彼女の肩に触れ、大丈夫だと何度も言った。
「この前は、悪かった」
落ち着いた日向を見て、彼はペコリと頭を下げた。
「いえ…えっと、」
「ん、ああ、俺は宍戸亮。お前は日向だっけ?名前しか覚えてねぇや」
帽子がトレードマークな宍戸を日向はよく覚えていた。
宍戸は氷帝のテニス部だが、少し違ったのだ。
「名前で構いません。貴方は、私のことを庇ってくれました…。私の方こそ、雰囲気を悪くしてしまってごめんなさい…」
「はっ!?何でお前が謝んだよ!何も悪くねぇんだろ」
頭上げろって、と宍戸は慌てたように上げさせ、罰が悪そうに帽子を直す。
「…愛美が嘘吐いてるんだろ。分かってる。あいつら、可笑しいんだよ…」
宍戸は拳を握る。
悔しそうに、唇を噛む。
日向は不思議だった。
宍戸の物言いは日吉や芥川と同じ立場みたいで、姫野に依存している他のメンバーとは違ったからだ。
「最初は愛美…否、姫野を信じてた」
その視線に気付いてか、宍戸はポツポツ語り始める。
姫野愛美について。
「忍足が推薦したし、多分大丈夫なんだと思ってた。俺もみんなも不思議と惹かれていって…ジローや若や樺地だけは違ったけどな。でも聞いちまったんだ、あいつの言葉」
日向は黙って宍戸の話を聞いていた。悔しそうに宍戸が顔を歪めるもので、彼女も同じ気持ちになった。
「姫野が女子に呼び出しくらった時に俺、丁度いてよ、あいつの言葉聞いて目が覚めた」
思い出すだけで腹が立つと宍戸は肩に提げていたラケットに目を向ける。
『はあ?サポートしてない?そんなのするわけないじゃない!手が荒れちゃうし、愛美は応援だけしてればいいのよ』
『テニス部のみんなはね、愛美の虜なの!』
『あれは私のモノ!ぜーんぶ愛美のなんだから』
まるで彼等は所有物だとでもいう言い方。皮を捲れば醜い素顔がよく見えた。
「よく考えてみたら、あいつマネージャーの癖に何にもしねぇんだ。応援どころか練習の邪魔ばっかで」
「…」
「跡部とか忍足は最初は普通だった。でも姫野が来てから可笑しくなった。忍足は特に酷かったな」
宍戸は一通り話終えると日向の頭をグシャグシャ慣れない手つきで撫でる。
突然のことで日向は少し驚いていた。
「まぁ、あれだ…跡部はさ、忘れたわけじゃねぇと思う。姫野が何かしたんだよ。わかんねえけど、」
頬をピンクに染めて必死に言うもので日向は思わず笑ってしまう。
「なっ…!笑うなよ!」
「ふふっ、ごめんなさい。優しいなぁって思って、」
宍戸はまた赤くなった。
純情な彼と鈍い日向では彼には刺激が強いらしい。
「…ま、まぁ、要するにあんま気にすんなってこと。跡部なんて頭の可笑しい奴だし」
ニカッと明るく笑ってくれるので、日向もちょっとだけ気持ちが明るくなった気がする。
「…そういえば、わざわざ神奈川までどうしたんですか?」
「ん?あっ、立海に用あんだった!」
しまったーと宍戸は頭を抱える。
「立海ですか?」
「ジローと来たんだけどよ、急に次の土曜日に練習試合やるらしくてさ。それで色々な。あいつはぐれやがったな…」
日向はドキリとした。
急に練習試合など、少しばかり可笑しい気がしてならない。
自分の気のせいかもしれないが、妙に胸騒ぎがする。
「(気のせい、だよね)」
自分のために何かしてくれるはずなんてない。
それは大きな間違い。