氷帝でのことから1日後。


日向はいつものように教室に向かう。

だが、様子が違った。


分からない程度だが、ほんのり赤い目。きっと泣いたのだろう。表情はどことなく沈んでいて、悲しそうだ。



ガラリと教室の扉を開けると、無人だった。否、一人いた。自分の席に座ると、横にいた人物が彼女に声をかける。



「おはようさん。」



仁王は日向の顔を見て、悲しげに笑う。日向は余計に悲しくなり、笑っておはようと言った。



「日向ちゃん。あの後、泣いたんか?目、赤いぜよ」


仁王は日向の赤くなる目に触れる。優しく撫でてやると、グッと引き寄せ抱き締めた。



「…日向ちゃんのそんな顔、見とうない」
「仁王、くん」


日向はじっと静かに仁王の腕の中にいた。優しい言葉をかけられると、どうしたら良いか分からず、泣いてしまいそう。温かい仁王の胸を涙で濡らしてしまいそうで、怖かった。



「…ありがとう。でも、大丈夫だよ。私、全然気にしてないから平気」


腕の中から顔を出し、仁王を見上げる。にこりと笑う彼女は誰が見ても大丈夫なんかではない。


「俺は、日向ちゃんの味方じゃよ。氷帝と何があったかは知らんが頼って欲しいナリ」


日向ちゃんの王子様じゃからな、と仁王は彼女の頭を撫でてやる。人の感情に鋭い彼はこれ以上は聞いてはいけないということを察したのだろう。



「…あの、仁王くん…」
「ん、何じゃ?」
「…昨日のことは、誰にも言わないで欲しいの、」


仁王は一瞬迷った。
二人の秘密にしておくのもアリだが、今回は事が大きすぎる。テニス部には話しておこうとしていた。

だが、日向は話してほしくないと、本気でそれを望んでいた。



「…分かった」



断れなかった。
強い瞳だったから、何より彼女の意志だったから。



「じゃが一人、ましてや女の子の日向ちゃんじゃあどうしようもならん時もある。そういう時は必ず俺を頼ってくれんか?」


不安げな仁王は彼女のことを本気で心配している。抱き締める力が強い。


「うん…」


果たしてそれは本心なのか。誰にも分かるまい。






「オーッス仁王…って!てめぇ朝練サボって何してんだよぉぉぉ!」



能天気な彼の明るい声に少し救われたのかもしれない。日向が心なしにホッと一息吐いたような気がした。


「何じゃブンちゃん。俺と日向ちゃんは愛を育んでいる最中じゃけん、邪魔せんでくれんかのぉ?」


仁王はわざと日向を自分に寄せ、まるで丸井に見せ付けるかのようにニヤリと笑った。


「なっ…日向を離せよ!このサボリ魔!幸村くんに言ってやるからな!」


丸井は仁王から日向を奪うと、今度は自分の胸に閉じ込める。ぎゅっと力強く。


「げっ…それだけは勘弁ぜよ」



ベッと舌を出し、仁王は本気で嫌だという顔になった。それに丸井は勝ったという感じの得意気な顔に。


その状況が可笑しくて三人は、ぷっと笑いあった。
丸井がやって来てくれたおかげで、シリアスが雰囲気はなかったかのよう。



「丸井くん」
「お?何だ?」


日向はもそもそと体を動かし、丸井に目を向ける。



「ありがとう。」



儚げに、笑った。


丸井は突然の日向からの(ここ重要)お礼と笑顔にボッと顔を赤く染めあげる。



「な、何かよくわかんねえけど、いいってことよ!あー日向マジ可愛い(ちゅーしたい)」
「ブンちゃん引っ付きすぎぜよ。日向ちゃん返しんしゃい。俺もぎゅーする(絶対阻止するぜよ)」


二人に挟まれて、日向は少し苦しそうだが、嬉しそうでもあった。
体温が、二人の体温が安心する。そっと目を瞑って、そっと二人の手に触れる。


たちまち丸井と仁王は固まってしまうが、彼女の可愛らしい顔に、喧嘩を諦め、手を重ね合わせた。





(大切な人が出来てしまうのは、とっても怖い…)




(失った時の辛さは、もう…嫌、だよ)


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