「ごめんね、日吉くん…ちょっと服濡らしちゃったかも、」
「いいですよ、このくらい」
日向はグスンと赤くなった鼻を啜った。暫く日吉の胸の中でうずくまっていた彼女は自分が今何をしているのかを把握し、恥ずかしくなったのか頬まで赤くしていた。
「本当にごめんなさい…わ、私ってば日吉君にずっと抱き付いててっ、」
「だからいいって言ったじゃないですか。俺から言ったことですし、気にしないで下さい」
彼女の赤い顔を見ているとこっちまで恥ずかしくなると、日吉はふいとそっぽを向く。だが、その間に残る涙の跡をジャージの袖で拭ってくれたりと、日吉は優しかった。
「日吉くんは優しいね」
「…それは」
(貴方だけですよ)
「何か言った?」
「…何でもないですこっち見ないで下さい」
「んぎゃ、」
日吉は日向の顔を手のひらでわし掴む。日向は苦しそうにモゴモゴしていた。
「(言えるわけないだろう。そんな台詞)」
染まっていく赤い顔を隠すため、日吉は自らの手で顔を覆った。
「…下剋上するものが増えたな」
「ん?」
「俺は尊敬だけで終わらせるつもりはありませんから」
「うん…?」
日向が可愛らしく首を傾げると、日吉は見るなと再び日向を押さえる。
「ひ、日吉くん、苦しい〜…」
「ふん、自業自得です」
「ええぇ!…あ、」
突然、日向の動きが止まった。それと同時に一つの方向へ視線が向いた。
姫野愛美だ。
取り巻くように見事な美形達に囲まれている。
先ほどのこともあり、日向は少なからずとも姫野に恐怖心を抱いていた。そんな彼女に気付いてか日吉は日向の肩を優しく抱く。自分が守らなければ。しかし今ここに芥川や樺地はいない。部が悪すぎる。
「…あ〜!若いたぁ!ずっと探してたんだよ?…あれ?日向ちゃんもいたんだ…」
日吉を見つけると嬉しそうに、日向を見つけると怯えたような表情に。わざとだ。姫野はわざとこういった行為をしている。
「どうしたんだ愛美?」
「何かされたんですか?」
「向日さん、鳳。それは違う。この人が、」
「若〜、愛美とっても怖かったの」
赤いおかっぱ頭の向日岳人と長身の銀髪の鳳長太郎は姫野にそっと寄り添う。日吉は言葉を続けようとするが、それは姫野によって阻止されてしまった。
「何や。お前、愛美に何かしたんか?」
忍足侑士。
彼の瞳が一番鋭かった。眼鏡の奥の瞳は何を考えているのか分からない。日向の顔を怪しむように覗き込むと、日向は一歩後ろに下がる。
怖い。怖い怖い怖い。
自分の弱さに嫌になり、すぐに助けを求めようとする自分が嫌い。日向は泣かまいと、唇を噛み締めた。
「何やってんだおめぇら」
妖艶な声にハッと日向は顔を上げる。
「何の騒ぎだ、アーン?」
幸村が王子様と言われるなら、彼は王様だ。
スラッとした鼻筋に綺麗な肌、ブルーの瞳に右目の下の泣き黒子。
「景吾、く、ん…?」
日向は目を見開いて、夢でも見ているような感覚を覚えた。