すたすた歩いていく彼に日向はただ続いて行く。


二人の間は終始無言。


初対面で名も知らない人とこの空間は日向にとって、あまりに気まずすぎた。



「あああのっ…!」



勇気を振り絞って声を出すと、男はピタリと静止する。くるりと振り返った男の顔は端麗で、格好いいと言うより綺麗と言った方が正しいだろう。



「…手当て、します」

「へっ…?あ、ありがとうございます…」



いつの間にかテニスコートの方まで歩いてきたようで、彼は日向を近くのベンチに座らせ、救急セットを持ってくる。

慎重に彼女の頬に触れ、丁寧に手当てをしてくれた。



「俺は日吉若と言います。貴方より年下ですから、敬語とか止めて下さいね、陰野日向さん」
「…私の名前、知ってるんですか?」
「敬語になってますよ」
「あっ…えっと、ごめんね。癖で」



困ったように笑う日向に日吉は「全く、」と溜め息を吐くが、不思議と嫌そうな顔はしていなかった。

しかしそれより日向は名前を知っていることの方が気になった。名乗っていないし、自分は名前が知れ渡るほどの能力は何もない。



「陰野神社の一人娘。代々受け継ぐ力が備わっている、今生きている唯一の陰野家の人間、ですよね」
「…そこまで、知ってるんだ…」



彼女の瞳が揺れた。
これは動揺している瞳だ。自分が知られたくないことを他人が知っている。これだけで彼女を酷く混乱させた。立海の、自分の力を受け入れてくれた彼等は良いのだが、日吉に至ってはまるで面識がない。どう思われるかが恐怖そのものだった。


気味悪がられる。力もこの赤い瞳も。


次の言葉が聞きたくなくて、日向はぎゅっと目を閉じる。








「俺、貴方を尊敬しています」

「…へっ?」



予想を遥かに上回った日吉の言葉に思わず間の抜けた声を出してしまう日向。



「去年のお清めの儀式を見たあの時からずっと話したいと思っていました。霊は見えるんですか?今ここにいますか?普段何をしているんですか?日向さんとお呼びしても構いませんか!」


クールな日吉があまりに熱くマシンガントークをするもので、日向は頷くしか出来なかった。


「…はっ。すみません。少し感情が高ぶってしまって」
「う、ううん。そんな風に思ってくれる人なんて初めて。凄く、嬉しい。ちょっと、恥ずかしいけど…」


照れたように笑う日向の顔は可憐な花のようだった。日吉も思わず頬を染めてしまう。



「ゴホン…それはそうと、あの姫野には気を付けて下さい。あの人は意味不明です」


先輩という言葉が抜けているのは置いておいて、意味不明とはどういうことなのか。日向は首を捻る。


「あの人、急にマネージャーになったんです。俺と芥川さんと樺地以外みんなあの人の虜ですよ。ああいうタイプが一番嫌いだったはずなのに、まるで惚れ薬でも飲まされたみたいに構ってばかり。練習だってろくにしない」


下剋上しがいがないと日吉は言うが内心かなり心配をしているようだ。


何故三人は普通なのかが疑問だ。三人の共通点は先に部活にいたということだ。そして姫野が現れたというわけで。

日向は考える。



「あっ、」



もしかしたら、と日向は何か思い付いたようだ。



「日吉くん達は、先にレギュラーの人達に会ってるよね」
「はい。俺達は早めにいましたから。芥川さんは珍しく早くいたんですよね」
「それだよ」


日吉はちょいと首を傾げる。
日向はひらめいたようだが、日吉はよく分からず、むすっと拗ねた顔になる。



「信じてくれるかは自由です。今から言うことは憶測ですが、姫野さんは異世界の人間。幾つか存在しているパラレルワールドの中からこの世界を選んだ。何らかの力を得て、簡単には惚れ薬のような物です。日吉くん達が変化が何もないのは仲間に先に会ったから、だと私は思います。それ以外の方々は姫野さんと接触を先にしてしまった」


淡々と説明をする日向の話を日吉は静かに聞いていた。

話を終えた日向は不安そうに日吉を見つめる。
自分は可笑しな奴だと思われていないか、また気持ち悪いと言われるのか、と怖くなる。



しかし日吉は何故が瞳がキラキラ輝いていた。


「異世界の人間と言うことは普通の人間ではないと言うことですね!?日向さんはそんなことまで分かるとは…やはり凄いです」



日吉はオカルトマニアだった。


初めての連続で日向はポカンとするしかなかった。




「あはは…!日吉くんってば、本当に変わってるよ〜…」


日向は涙が出るくらい大笑いをした。今度は日吉がポカンとする。


「…笑いすぎですよ」
「ふふっ、ごめんね、だって…」


日吉はむにっと日向の頬を伸ばす。日向は笑いながらも「いひゃいれす」と口にする。先ほどまで泣きそうだった心が一気に楽になった。



だが言われた言葉は忘れられない。




「(この世界の人間じゃないなんて、存在まで否定されるなんてね…)」

「…ほら、」
「えっ…?」
「泣きたいの我慢しないで下さい。胸くらいなら貸してあげてもいいですけど」
「っ、」




出そうになる涙は彼の胸の中に隠してしまおう。


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