手を引かれ、日向はテニスコートまで辿り着いた。
「あの、芥川くん…私部外者ですし、入っちゃいけないと思いますよ…」
「大丈夫!…今みんないないし、また逃げないように見ててね!」
氷帝の大きなテニスコートには一体何人いるんだというくらいの部員が沢山いた。芥川が入って来るのを見ると、皆嬉しそうに笑っているのが確認できる。
「樺ちゃーん!一緒に試合やろー!」
芥川の声に一人、大柄の男が近付いてくる。一見無表情だが、芥川を見ると、少しだけ驚いた表情になり、分かりにくいが確かに笑っていた。
「言い忘れてたけど、準レギュと平部員はみんな普通なの。レギュラーも俺とあと二人は普通だC。で、その一人がこの樺ちゃんだよ〜!」
「……ウス。樺地、です」
「あっ…立海大付属の陰野日向です」
樺地はペコリと頭を下げる。年下らしいが、身長や礼儀などからして、とても見えないと彼女は思う。
「よーし!試合するぞー!」
芥川は腕をブンブン回し、やる気満々といった様子。コートに入りワクワク胸を高鳴らせていた。
「…陰野、さん」
樺地はコートに入る寸前、日向へと視線を移す。無表情で怖がられやすい樺地だが、日向にはとてもそうは思えなかった。
「芥川さんを…助けてくれて…ありがとう、ございます」
それだけ言い残すと、樺地は早く早くと騒ぐ芥川の元へと急いで向かった。
「ありがとう、だって…」
ベンチに残された彼女はポツリ、そう呟くと、嬉しそうに微笑んだ。
ありがとうは特別な言葉。
自分が言われることがとてつもなく嬉しかったのだ。
日向は暫く芥川と樺地の試合を眺めていた。途中、平部員や準レギュラーの人達は何度もお礼を言ったり、たわいもない話をしてくれたりした。彼等は彼女を歓迎しているのだ。
それにしても、芥川と樺地はテニスが上手かった。芥川は楽しそうに樺地は冷静にプレーする。対照的な二人のテニスは何とも面白い。
「(みんな優しい人達ばかりなのに、一体何があったんだろう…)」
今のところ良い雰囲気のテニス部。芥川にあんな悲しい顔をさせた原因は何だ。考えても考えても分からない。
ガチャリ
その時、部員全員が静かになった。
開かれた扉を複雑そうに見つめては、悲しげに顔を歪ませる者達。一体何だと日向は扉の方へと目を向ける。
アハハ!と甲高い、耳障りな声が聞こえてくる。一人の女が数人の男に囲まれ、騒がしくテニスコートへと足を踏み入れる。
日向は女を見たその瞬間、大きく瞳を開いた。
「(何かが、違うような…)」
自分が一瞬感じたことのあるモノと同じ感覚がして、訳が分からなくなる彼女は目眩を感じた。見ていると引き寄せられそうな引力のある彼女の瞳がとても怖く感じる。
「あっ!ジローちゃん部活来てくれたのー?愛美、すっごく心配したんだから!」
芥川の姿を見つけた女はテニスの最中にも関わらず、ドスドスとコートに入り、ぎゅうっと芥川に抱き付いた。芥川は女を睨み付け、力ずくで振り払っている。瞳を怒りの色に変え、あんなに感情を露にする芥川など珍しい。しかし、自分を愛美と名乗る女は嫌がられていることに全く気付いておらず、にゅるりと腕に絡み付く。それを先ほどまで女を取り囲んでいた者達が止めるという永遠ループ。
「…あら?」
こちらに気付いた女の視線がバッチリ日向を捕らえた。鋭い瞳は下から上まで彼女を見定めるようにして見ている。正直、怖い。
「…あなた誰?テニス部は女の子の見学は禁止のはずなんだけど〜」
何でいるんだという目をしていた。可愛らしく言っているつもりだが日向には恐怖そのものだ。
「日向ちゃんは俺が誘ったの。確か部員が誘うならいいはずだC」
芥川はするりと女から逃げ出し、日向を裏からきゅっと抱き締める。
一瞬、女の眉が動いた。
「…そっかぁ!私、姫野愛美って言うの!よろしく〜!」
「あっ…陰野、日向です…っ、」
握手を求められ、おずおず握り返してみるものの、その力は痛かった。爪の跡が日向の皮膚に残る。
「…愛美、相手は女やで。気ぃつけや」
「大丈夫だよ!侑士ってば心配しすぎなの!」
侑士と呼ばれる眼鏡を掛けた男は日向を睨み付け、姫野愛美の肩を抱く。
何となく、日向は芥川が何故来たがらないか分かってしまったような気がする。
コートに来ても、全く練習をしない一部のメンバーを見て。
そして、
「…日向ちゃん、ちょっと話したいことがあるんだけど良いかな?」
原因は彼女にあることも。