「どうしてですか…?」
テニスの話をしている芥川は本当に楽しそうだった。テニスが好きで好きでたまらない、そんな顔をしていた。それなのにどうして。
「(どうしてそんなに悲しい顔をしているの…?)」
芥川が頑なに部活に行くことを拒むのにはきっと何か訳があるはずだ。そうとしか考えられない。
「何か行きたくない理由があるんですか、?」
日向は顔を伏せている芥川をそっと除きこんだ。
彼の表情を見て、日向は驚いた。
「(何で…)」
太陽みたいなキラキラした彼の顔は強ばっていて、何かに怯えているよう。どうやら酷く、深刻な問題らしい。
「(何が彼をこんな悲しい顔に…?)」
芥川の笑顔が見たい。
彼女はそう思う。
優しい彼女がこんなに悲しい顔をした子羊を放っておけるわけないのだ。
「…部活のみんながね、怖いの」
ポツリ、芥川は呟いた。
「仲間さん、ですよね…?」
「うん…仲間だよ。でもみんな変だC…」
膝を丸め、顔を埋める芥川。
「テニスの練習だって全然しなくなっちゃった…みんなして"アイツ"に構うんだ…まるで、人が変わっちゃったみたいに…」
涙声になる芥川は目から大粒の涙を溢しそうになるのをぐっと堪えていた。
「おれ、今のテニス部なんて嫌いっ…!行きたくない…大好きなテニスが、楽しくない!」
ぶわっと彼の目から涙が溢れ落ちてきた。ぼろぼろと溢れんばかりの大量の涙。芥川のふわふわした頭を日向は優しく撫で続ける。
しかし日向の口から出た言葉は意外なものだった。
「部活、行きましょう」
「えっ…?」
泣いてぐちゃぐちゃになった芥川の顔が日向を見上げる。それは驚きと、絶望のような顔。
「行きたくない気持ちは分かります…でも、それは逃げなんです」
「逃げ…?」
ツゥーと彼の涙が頬を伝わり、ポタリと手のひらに落ちる。
「私も芥川さんと同じ立場なら、きっと逃げを選んでいました。…でも、弱虫な私には背中を押してくれる人がいました。私が誤った選択をしようとした時、止めてくれる人です」
藍色のウェーブを揺らした、いつも彼女が間違いを犯しそうになった時に現れる神の子を頭に浮かべる。勿論、他の仲間の顔もしっかり。
「今、芥川さんに背中を押してくれる人がいないなら、私が押します。弱虫で臆病ですけど…正しい道へと導きます、導いてみせます…!」
ふわりふわりと風が吹く。
にこりと笑う彼女の髪がゆらゆら揺らいでいた。
その時、前髪が靡き、赤い瞳が現れる。
芥川の瞳と絡み合う。
「君の目…カッコEー!」
「えっ、」
泣いていたことが嘘のように、芥川はキラキラと先ほどと同じような笑顔を見せた。
日向も日向でどういった反応をしたらいいか分からず、ぱちぱち目を瞬かせるだけだ。
「初めて…言われました」
しかし嬉しそうなのは確か。
日向は気味悪がられていた瞳を格好いいだなんて心底変わってる、と思う。(まあ、立海の皆は思っていないようだが)
照れたようにはにかむ彼女の腕を掴み、芥川はくいっと持ち上げる。意外にも力は強かったらしく、座っていた日向をいとも簡単に立ち上がらせた。
「俺…行く!」
ラケットのバックを背中に、芥川はきっと日向を見つめた。
覚悟を決めた顔だ。
日向は安心したように可愛らしく、ふにゃりと笑う。
「よし!行こっ!」
「えっ、あの、何で手を握っているのですか、芥川さん」
「やだな〜、日向ちゃんも一緒に行くに決まってるC!あ、芥川さんは止めてよね〜!ジローでいいよ〜?」
「私もですか!?あ、芥川、くん…!」
「ジローって言ったのに〜…ま、名前はまた今度!レッツゴー!」
「ええええぇ…!」
迷える子羊と共に、いざ戦場へ。