氷帝学園の敷地は思った以上に広かった。


庭園を見れば何種類あるか数えられないほどの花があり、歩くのにどれだけ時間がかかるか分からないくらいの道のり。

見たことのない花も沢山あって、日向はその美しさに魅了されていた。




現在、庭園を見学しているのだが、立海とは比べ物にならないほどの広さ。
美しさなら幸村か日向が育てる庭園も負けてはいないが、氷帝とはスケールが違う。



「ここは植物園か何か…?」



先の見えない真っ直ぐの一本道を見つめ、小さく溜め息を漏らした。




「(それにしても、薔薇が多いなぁ…)」



薔薇、薔薇、薔薇。
辺り一面、気味が悪いくらい真っ赤な薔薇が咲き乱れている。




「(まるで、)」



立海の制服をヒラリ揺らしながら、日向は少し物思いにふける。

クスリと微笑し、歩みを進めていった。


伸び伸びとする彼女。
時間的にも今は部活動に励む時間。故に生徒は誰もいない。


見上げると、心地良い日差しが彼女の白い肌に反射する。



コツリ、一歩を踏み出した時だった。




「きゃっ…!」



ぐらりと傾いた日向の身体はそのまま地面に叩き付けられてしまう。うつ伏せに寝そべるように転んでしまった彼女は実に痛そうであった。幸運にも下は柔らかい芝生であったので頬に軽い傷で済んだのだが。


どうやら何かに足を躓いてしまったらしい。


「いたた…」


下へ下へ、日向は視線を落としていく。



「えっ…?」





すやすやと眠る金色の羊。



「…人?」



日向が躓いたのは人だった。


可愛らしい容姿で金色の髪をした、まるで羊のような人。氷帝の制服を着ているので、ここの生徒であろう。


日向はゆっくりと眠る彼に近付いていく。



「あ、あの…ここで寝てたら、風邪を引いてしまいますよ…?」


遠慮がちに彼に触れ、軽く体を揺すってみた。



「ん〜…むにゃ、」
「ひ、!?」



すると彼はあろうことか寝惚けて日向の腰に巻き付いてきたではないか。日向は頭を太ももに乗せてきた彼に驚いて悲鳴を小さくあげる。


「あああのっ…!起きて下さい!は、離して下さい、」
「むうう…痛いC…」


ゆさゆさと先ほどよりも強く体を揺さぶると、羊は目を開いた。まだまだ眠そうな目をキョロキョロと動かし、やがて日向を映した。


「んん?君、だれ〜?」


何故か腰に巻き付いたまま彼はキョトンした表情で尋ねる。


「えっ…あ、あの、陰野日向、です。立海の3年生で」
「Aー!君って立海の生徒なの!?あー!本当だ!制服!」


ゆさゆさ。
先ほどとは逆に日向が激しく揺すられる。


「立海の丸井くんって知っているー!?マジカッコEんだよ!俺、丸井くんが憧れのプレーヤーなんだー!」


まさにマシンガントーク。
彼の目はとてもキラキラしていた。


「そ、そうなんですか…うん、あの、とりあえず離して頂けませんか…?」
「あっ、ごめんねー?俺、芥川慈郎!しくよろー!」


へへっと笑う顔は憎めない。
とりあえず離してはくれたが、芥川の興奮は収まりそうにない。


「あの、丸井くんは知ってます。テニス部の丸井くん、ですよね…?」
「知ってるのー!?」
「は、はい。同じクラスでして…」
「マジマジすっげぇ!」


騒がしい彼は何故だか話しやすい。無邪気な芥川に日向も自然と笑顔になる。




その時、ふと芥川の横にあるラケット用のバックが目に入ったら。




「…芥川さん、部活は行かないんですか?」



彼女がそう問いかけると、笑顔だった芥川の顔が曇りだした。


本来なら今は部活の時間。氷帝テニス部はかなり強豪といっても過言ではない。何もない今日が休みなはずはない。










「…行きたくない」





そう告げた彼の瞳には一切の明るい光はなかった。


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