放課後。


仁王とお雪が二人。

あまり数がいても危ないらしく、幸村は部活に行った。仁王は今日だけ特別に休み。休んだ分の練習メニューはきっちりやらされると思うが。



「"本当に少ししか繋げません。早く日向ちゃんを助けて下さい"」
「お前さんは何者じゃ?」
「"私はお付きのお雪です。彼女は大切なご主人様。だから貴方は許せません"」
「おー怖いのぅ」



怖いと言っているが、きっと仁王が今一番怖いと感じているだろう。助けられなかったらどうしよう、あいつがもういなかったら。様々な負の感情が仁王の頭を支配していくようだった。



「"日向ちゃんはきっと大丈夫です。じゃあ、いきます!"」



お雪が力を込めると、境界への入り口が渦を巻いて開き始めた。



仁王は覚悟を決め、中へと入り込んだ。













暗い暗い闇。



「何処にいるんじゃ、」



日向の姿を懸命に探す仁王。

キョロキョロ辺りを見回しても彼女らしい人物は見当たらない。



「(まさか、いや…)」



仁王の中では、最悪のパターンが浮かぶ。いけないと分かっていても離れない想像。


仁王は焦りを見せ、急いで彼女を見付けることに全神経をかけた。




「あれ、か…?」



壁に吸い込まれるように沈んでいく人影が見える。微かに顔や手は出ているが、このままではヤバいと仁王でも判断出来るくらいの状態だった。

放っておけば放っておくほど日向の身体は見えなくなる。



「っ、ダメじゃ!」




パシッと仁王は日向の腕を掴む。グッと力を入れ、彼女を此方へと引っ張った。

日向は目をうっすら開けてはいるが、焦点がまるで合っていない。多分、仁王の存在に気が付いていないのだろう。


「くっ…!何ちゅう力じゃ…こんなの聞いてないぜよ…」


吸い込む力は意外にも強く、テニス部で鍛えられた仁王ですら厳しいものがある。





「私、は…要らない、」




ポツリポツリ、日向は呟いていた。悲しい現実を彼女は言う。それは仁王に酷く突き刺さった。



「っ、違う!要らんくない!おまんは要らんくない!」

「誰も、悲しまない…私が、いなくても、泣いて、心配してくれる、家族なんて、もう、いない…」



仁王は顔を悲しそうに歪ませた。コート上の詐欺師と呼ばれた彼が感情を露にする。



「テニス部の奴らは悲しむ!俺も、こんな後味悪い別れは嫌じゃ!だから、そんな悲しいこと、言わんでくれ…」



仁王の目にはじんわり雫が溜まっていた。

仁王は自分が言ったことを悔やんだ。そして思った以上に自分が日向のことを気にしていたことが分かった。全ては勘違いなのだ。





「俺っ…大嫌いとか言って、すまん…」





ポタ、と涙が目から零れ落ちた。



それは空気を伝って日向の手のひらに優しくひたり、当たる。



「…に、お、くん、?」



虚ろだった瞳に少し色が宿った。独特の赤い瞳が姿を現す。



「陰野!」



吸い込む力が緩んだ。

仁王はそれを見逃すことはなく、力を込め、一気に彼女を引っ張り出す。


閉まりかけた境界とあちらの世界との唯一の扉へと走った。飛び込むと、扉はどんどん小さくなり、やがては跡形もなく消えたのだ。




「間に合った、?」




光が仁王と日向をキラキラ照らしていた。


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