「ゲホッ、ゲホッ…!」
酷い窒息が俺を襲う。まるで、随分長く水の中に閉じ込められていたようだった。目をうっすら開けると、眩しく少しクラクラする。暗闇にいたからか、目が慣れん。
じゃが、戻って来たんだと実感する。
あいつは、おらん。
後で、と言っておったが、どうも可笑しい。にこりと笑った顔が俺の頭の中を独占する。大嫌いな奴の顔が俺を。嗚呼、鬱陶しい!何でじゃ。
「仁王くん!」
その声は頭の中にいた奴を一瞬にして消す。
「や、ぎゅ」
柳生やテニス部の仲間がいつも切らすはずない息をゼェゼェと切らせ、立っていた。
「貴方って人は…!私にどれだけ心配をかければ気が済むのですか!」
柳生が声を張り上げる。温厚な柳生がこんな怒るのは珍しい。…涙声じゃったけど。
「全く…俺まで動かすなんて。ふふ、覚えておきなよ、仁王?」
…幸村は相変わらず怖いのぅ。じゃが、いつもの恐ろしい笑みじゃなく、優しい笑顔。
「じ、んばい…かけてんじゃ、ねぇよ!お前の昼飯食ったの、謝るからっ、俺っ、!」
「俺もっ、仁王先輩の、変装道具、壊しちゃって!謝ります!だから、消えたりしないで下さいっ、」
ブンちゃんや赤也は馬鹿みたいに泣いとった。お前さん等はそんなことしとったんか。
「仁王。俺で良かったら話くらい聞くぜ?」
「たるんどるぞ仁王!連絡もなしに消えたりなど俺は許さん!」
「お前が、戻って来る確率は100%だった。俺は信じたぞ、仁王」
ジャッカルは優しい。自分の方がよっぽど大変なくせにのぅ。真田の声は耳に響くが、今は悪い気はせん。参謀は流石じゃ。ふっと笑った姿に物凄く安心する。
「兎に角!もう二度とこんな真似しないで下さい!」
ビシッと指を指す柳生があまりに変わらない日常で、俺はつい笑ってしまった。
「に、仁王くん!私は真面目に言っているのですよ!本当に貴方は…!」
「はは、すまんすまん。分かっとるきに」
温かい。テニス部の仲間と一緒におると、落ち着く。
「あ、仁王はいなかった分の練習メニューをきっちりこなしてもらうからね」
「ゆ、幸村。これには深い訳があって…」
「え?」
「…プリッ」
優しい幸村はどこ行った。今の「え?」はかなり利いたぜよ。
「だっせー!仁王」
「御愁傷様ッス!」
「さっきまでわんわん泣いてた馬鹿共、五月蝿いぜよ」
「なっ!誰が馬鹿だゴラァァァ!」
「そうッスよ!先輩なんか宇宙人のくせに」
誰が宇宙人じゃ。
「おいブン太、折角仁王も見つかったんだし落ち着けよ」
「赤也!お前も静かにせんか!」
ジャッカルと真田は五月蝿い二人を止める。苦労人じゃなぁ。
「皆、お前が見つかって嬉しいのだろう。騒がしいが今日は大目に見ることだな。原因はお前でもある」
「うっ…そうじゃな」
参謀には敵わん。どんな一言でも納得してしまうとこがある。
「まぁ、とりあえず良かったよ。仁王、」
幸村の言葉に皆の視線が俺へと集中する。じっと見られ、何かくすぐったい。
『おかえり(なさい)!』
やんわりと笑う仲間達に俺は出てくる涙を懸命に隠す。
「た、だいま」
また日常に戻れるんだ。
片隅に、彼女の存在。
俺は、忘れていた。