「(…最近あの女ばっかりじゃ)」
陰野日向。
テニス部の奴等みんなこの女のことばっかで五月蝿い。
あんな女のどこがいい。
女っちゅうんは面倒な生き物なだけで、テニス部レギュラー、整った容姿…俺達の肩書きしか見とらん。終いには身体だけでもいいと意味の分からんことを抜かす。あいつらは頭が可笑しいんじゃなか?俺は好きでもない奴とそんなことしん。
テニス部の奴等だって女が嫌いだった。顔が良いから寄って集ってくる女が大嫌いだったはず。
なのに一人の女にこうも執着している。幸村は知らんが、赤也とブンちゃんはただ助けられただけじゃろ?それだけで何故あそこまで懐く。毎日毎日クラスに来て、一緒に飯を食おう、一緒に帰ろう、テニス部に遊びに来いだの一体何なんじゃ。
みんな可笑しい。
まるで俺の居場所が無くなったみたいで、ポッカリ空いた穴にあの女がいつの間にかいるような感覚がした。
俺はあまり人と深く関わらない。一定の距離を保ち、広く浅い付き合いをしてきた。それは俺が弱いから。深く関わることが怖い。裏切られたらと考えてしまい、一線を越えられずにいた。普段クールで自由奔放と言われているが、それは違う。
『仁王君ってクールだし、何かミステリアスって感じで超カッコよくない!?』
『分かるぅ!近寄りがたいあの雰囲気がたまんない!』
またか。
俺が通る度に女子のそんな声が聞こえてくる。あいつらは何も分かっとらん。本当の俺ん知らんくせに勝手にベラベラ語るな。
でもテニス部は、テニス部の仲間は違う。
俺が心を許せる唯一の場所で、信頼している唯一の仲間。
癖の猫背で廊下を歩きながら、そんなことを頭の中で巡らせていた。
今、無性にパートナーである柳生に会いたくなった。もうすぐ部活じゃけど、今がええ。柳生は俺を一番理解している。俺も柳生を理解しているつもり。だからダブルスを組もうと思った。
「あ、」
資料室に柳生がいた。真面目な奴じゃから、資料かなんかを頼まれたんじゃろうな、きっと。部活もちいと遅れるかのお?
「やぎゅ、!」
口にしかけた名前をぐっと飲み込み、俺はとっさに隠れた。
柳生は一人じゃなかった。
隣に俺の大嫌いな奴がいた。
「あ、あの…ごめんなさい。柳生くんに、また手伝ってもらって…その…」
「い、いえ!お気になさらないで下さい。紳士たる者、この位当然です」
二人の会話に耳を傾ける。
柳生は何を話しとるんじゃ?柳生も、あの女がええんか?
「でも部活もそろそろ始まるし…柳生くんのことパートナーの人待ってると思うよ、」
本当は一緒にいてほしいんじゃろ。そうやって気を遣うふりして、好かれようって作戦か?
「大丈夫ですよ。お気遣いありがとうございます」
大丈夫って何じゃ…
柳生は部活より、その女を優先するんか?俺は?何で、何でじゃ?
「今は、貴方の方が大切ですから」
その瞬間、俺は金槌で頭を打たれたような感覚に陥った。
俺は逃げ出した。
柳生の口からそれ以上聞きたくなかった。
「何で…」
俺の居場所をどんどん奪っていくんじゃ。
そこは俺の場所。
おまんの場所じゃない。
あの女は、俺から大切なもんを全部奪っていく。
俺は…一人になってしまうんか?
俺は…俺は…
オレハヒトリボッチ
ふわっと闇が俺を包んだ。
そこから俺の意識はない。