吉田は最後の最後まで、自分の教室に行くことを嫌がった。日向の腕に巻き付いて騒ぎわめいた時にはどうしようかと焦った。結局は時間になるという理由で渋々と吉田はクラスに行ったみたいだ。
柴崎は日向の手を取り、教室の前に貼ってある紙を眺める。それはもう輝かしい笑顔でウキウキと。
「あ、そういえば席は出席番号順じゃないみたいよ」
「そうなんだ…」
「何でもテニス部の隣になりたい子が多くてね、くじ引きになったらしいの」
「絢音ちゃんも?」
「え、私?私は別に。彼氏が五月蝿くてね。それに日向と近くならいいかなってね」
わしゃわしゃと柴崎は日向の頭を撫でる。
柴崎の彼氏は嫉妬深い。サッカー部で割とイケメンで柴崎にベタベタの男。因みに吉田の彼氏はバスケ部のイケイケな感じの男。
「私も、絢音ちゃんの近くになれたら嬉しいな…」
「もう!可愛いんだから。じゃあ席見ましょう」
紙に目を向ける2人。
注意書きに『文句は受け付けない。もう席替えもしない』と書いてあった。何ともまあ、弱い教師達だ。
「あっ!日向、間挟んでだけど隣よ!近いわね!」
「ほ、本当に?わぁ、嬉しい!」
隣同士というわけではなかったみたいだが、近くになれたことに柴崎も日向も本当に嬉しそうだった。柴崎なんかクールな顔が緩みまくっている。
「ただ、また大変なのに囲まれちゃったわね」
「えっ?」
「隣と前の席がテニス部なんて…まぁ、私が隣にいるから大丈夫かしら」
柴崎の言葉で日向はもう一度紙を見直した。
そこにはハッキリ書いてある。
丸井ブン太と仁王雅治の名前がしっかりと。
・
教室に入ると柴崎が「席に着きましょう」とぽけっとしていた日向を引っ張る。柴崎とは隣といえば隣だが間を挟むとなると遠く感じてしまうものである。
カタンと音をたて、椅子を引くと前に座っていた赤い彼がぐるりと勢い良くこちらを向いた。
「お、日向!同じクラスとかマジついてる!一年間シクヨロ!」
「う、うん。えっと…シクヨロ、です。丸井くん」
日向は丸井の真似をしてみるが、恥ずかしくなったのか顔を赤くして「可笑しかったかな…?」と笑う。
「〜〜っ!」
丸井は丸井であまりに可愛いことをする彼女に心を打たれていた。
「ど、どうしたの?丸井くん、どっか痛い?」
日向はうずくまり、彼女の可愛さに悶えていることに微塵も気付いてはいない。
「ジャッカルくんが丸井くんはお腹空いてると体調が悪くなるって言ってたけど、もしかしてお腹空いてる?」
「(…ジャッカルの奴!何日向に吹き込んでんだよ!後で殴る!)」
「ガムならあるけど、良かったらどうぞ」
「…えっ?マジ?」
丸井は怒りの目をキラキラ輝かせた目に変わる。それは餌を楽しみに待つ犬のようで可愛らしいなと日向は思う。
「グリーンアップル。丸井くん、好きなんだよね。私もこの味好きで…」
「いつも入ってるんだ」と日向は鞄の中を漁り、緑色の包みに入っていたグリーンアップルのガムを渡した。
「っ、サンキュー!マジ日向最高すぎんだろぃ!」
「ま、丸井くん…!」
丸井は勢い余って日向に抱き付いた。ガタッと椅子から立ち上がり、正面から。丸井からこんなことされるのは初めてで、流石に日向も驚いた。
それよりも日向は女子からの視線が心配だった。ファンの子達が!と思ったが、それは違ったようだ。
何だか生暖かい目で日向と丸井を見るだけだった。
理由は簡単で、
吉田・柴崎のお陰で日向なら…という者達が増え、今のクラスではそちら側のファンが多い。故に心配なしというわけだ。
「あのっ、丸井くん…!先生来るからっ、離れて、」
「ん?…あ、ああ!わりぃ、わりぃ!」
丸井は自分の行動を理解した途端、ぽっと頬を染め、少し名惜しそうに離れる。
そして教師がやって来て、長いホームルームが始まった。淡々とする話は非常につまらなく、大半の生徒は下を向いて、現実とはおさらばしている。
くあぁ、と欠伸をする日向に急に丸井が後ろを振り向く。
「なぁ!席替えってもうねぇんだろぃ?日向と一年間前後とかマジラッキーだよなぁ!」
「そ、そんなことないよ…私と前後でラッキーなんて丸井くん変わってるよ」
「いやいや、テニス部に自慢出来るくらいラッキーだぜ!赤也とかうるせーだろうし、幸村くんは…考えただけでも恐ろしい…」
丸井は顔を真っ青にしる。幸村のあの笑みを思い浮かべただけでも恐ろしい。
「あっ…丸井くん、先生見てるよ?」
「うわっ、やべ!」
丸井は慌てて前を向いた。先生もそれに満足げ。
丸井が前を向いて、ひとまずホッとした日向は見ていた柴崎に苦笑いをする。
すると、ふっと横から視線を感じた。
何か鋭い視線を。
日向が普段感じ取るモノとは違う、人間からの視線に日向は戸惑った。
窓側の席へとゆっくりゆっくり顔を向ける。
「…っ」
銀色の頭の彼がこちらをギロリと見ていた。いや、見ていたというより睨んでいた。
仁王雅治。
その瞳は酷く冷めきっていて、敵を見るようなそんな瞳。
日向は怖くなった。
彼の目は彼女が苦手とする目で、まるで要らないと言われているような感覚に陥る。
震えだす身体を抑え、視線が別に行くことを願う。
しばらくして、仁王は何事もなかったかのように窓の外へと視線を移した。
ドッと安堵感を覚えた日向は窓の外を眺める仁王をちらりと遠慮がちに見る。
「(私は…彼に何かしてしまったのだろうか)」
「(…こんな女、俺は嫌いじゃ)」
また、波乱の予感。